100お題 番外編その3  夏お題「イチゴ味した夏の冬」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

https://hirarira.com/


こちらよりお題を頂戴しました。

四季・イベントお題

お題:「イチゴ味した夏の冬」

本来の執筆目標2023年8月14日0:00~8月20日23:59

※夏コミ前なのでワンライ、48時間ではなく1週間で書いております

※前回の作品が8月17日に完成し、そのまま製作期間がずれ込んで8月28日に完成しました。


 長崎県、八月の平均気温摂氏三十二度。本州ほど気温は暑くならないとはいえ、大波止港をはじめとした波止場からの湿気をはらんだ海風が肌にまとわりつく。そこに頭上から降り注ぐ太陽、中島川沿いの石畳、石橋の上の空気の層は熱で暖められて蜃気楼が揺らめく。

「あっち、マジであぢぃ……カっちゃんお茶ねぇの」

「わっり、さっきので終わりだわ。マー坊、はよ自販機探そ」

 二人の坊主の少年がそう言って空気の層が揺らめく中島川沿いを上流から下流側、すなわち海側あるいは市街地側へと歩いて行く。

「ポカリ、ポカリにしよ。お茶だったら塩分ないし」

「コカコーラの自販機の方が多かけんアクエリの方が早よ見つかるかもしれん」

「そうやね、どっちでんよかけん買い足さんと」

 カっちゃんは首にかけたタオルで汗を拭い、また歩を進める。マー坊もまた、鞄からすっかりぬるくなり始めた保冷剤を取り出して肌に当てる。起伏の多い長崎市内である。自転車の普及率は低いし、そもそも大人になっても自転車に乗れない者すらいる。二人もまた例に漏れずそうであった。 

 ふと、中島川沿いに等間隔に並んだ柳の木のふもとに二人は人影を見かける。彼らと同じくらいの少年である。坊主頭でタンクトップに薄汚れた半ズボンをはいている。柳の木の陰で橋の欄干を背に倒れ込んでいた。

「マー坊、あれ!」

 カっちゃんが指さすとマー坊もすぐに気付く。

「熱中症じゃなかと?! 急ご!」

 二人はすぐに少年の元に駆け寄った。

「おい、大丈夫?! しっかりせんね!」

 カっちゃんが声をかけて少年の背に腕を差し入れて抱え起こす。その体躯は彼らと同年代と思えないほど細かった。

「かっる。おい、マー坊。もう飲みもんなかよね」

「うん、ごめん、なか。ねぇ、君! 分かっかな? 目、開く?」

 マー坊が声をかけるとうっすらと少年が目を開ける。睫が長い。ぼんやりとした視線のまま、少年は口を開いた。

「た、食べ物……」

 少年がそう言ったのでカっちゃんとマー坊は目を見合わせた。

「なんだ、熱中症じゃなくて腹の減って動けんとね。でもそいならここが中島川沿いでよかった! マー坊、おいがお金出すけん三人分チリンチリンアイス買ってきてくれんね!」

 カっちゃんがそう提案する。チリンチリンアイスとは何のことはない、アイスクリームの移動販売のことだ。昔懐かしいリアカー型の屋台とパラソル、そして鈴の「チリンチリン」と言う音で客寄せをする流し売りだ。流し売りと行っても停留する定位置が決まっており、ここ中島川沿いの眼鏡橋付近ではほぼ決まった時間になると屋台を停めて数時間、アイスクリームを売っていた。

「おっけ、チリンチリンアイス買ってくっけん。味は?」

「なんでんよか! ひとまずこの子になんか食べもんば!」

「分かった、待っとかんね」

 そう言うとマー坊はカっちゃんからくしゃくしゃの千円札を受け取るとチリンチリンアイスの屋台へと向かった。


「おばちゃん、アイス三つ!」

 白髪のパンチパーマの中にわずかに黒い髪の毛の混じった高齢の女性がチリンチリンアイスの屋台のところから顔を出す。顔に刻まれたしわは深い。

「ありがとう、味は何にするね。バニラ、チョコ、イチゴのあるばい」

「じゃあ全部一つずつ!」

「あいよ。ちょっと待っててね」

 そういうと老婆は慣れた手つきでアイスクリームをすくい始める。アイスを詰めているのはアイスクリームチェーン店などのワッフルコーンではなく、昔懐かしのフレアートップコーンだ。

「三つ用意できっけど持ちきるね?」

「問題なか! 心配してくれてありがとうね」

 そんなやりとりを交わしながら、マー坊はお金を渡すと三つのアイスクリームと引き換えてカっちゃんと少年の元へと戻る。

「カっちゃん、お待たせ。どいか一個カっちゃんの分、どいか一個はその男の子に」

 マー坊が両手に持った三つのアイスクリームを差し出すとカっちゃんはしばし考える。

「うーん……じゃあおいがバニラ、マー坊がチョコ、こん子がイチゴでどうね?」

「おいはそいで良かよ! 溶けんうちに早よ食お食お!」

「おう。ねぇ、君。ひとまずアイスでよか?」

 カっちゃんは少年へアイスを差し出す。少年はおぼつかない様子で少しアイスに口を近づけると、少しずつ食べ始める。

「つ、冷たか……けどすごく美味しか……! なんね、これ……?!」

 少年が驚きに声を上げる。逆に二人は呆れかえる。

「なんね、アイスば知らんわけはないやろう」

「こいがアイスね……。初めて食べたばい。まるで夏の冬、ったいね……」

 カっちゃんの問いに少年は答える。マー坊は少年の境遇に同情の表情になる。

「さては家のしつけが厳しくてアイスば食べさしてもらっとらんかったとね? そいはあんまりばい……こがん美味しかもんば夏に食えんのは」

 マー坊がからからと笑う。カっちゃんもアイスクリームを食べさせてもらえなかったであろう少年に同情的だった。

「夏はやっぱりアイスばい」

「そうやね、かき氷は一度だけ食ったことあるんやけど」

「一度だけ? よほど厳しかおうちばいね」

 そんな話をしながら、三人はアイスクリームを平らげる。元気になった少年はきょろきょろと周囲を見渡す。

「ごめん、ここどこ……?」

「どこって……。ほら、見てみんね。そこに眼鏡橋のあるけん中島川ったいね」

「長崎……? でも、なんか街並みのえらい新しか……」

「そうやろか? おいらが生まれてからはずっとこんなもんやと思っとっけどね。ね、マー坊」

「今、昭和何年……?」

「昭和……? 昭和はもう終わっとっよ! 今は平成、平成三十年! 来年また新しい元号に変わっとよ。つうか、ニュース見とらんと?」

「……そう……じゃあ、戦争はもう終わったとね……」

 少年が変なことを口にしたのでマー坊とカっちゃんは顔を見合わせる。

「戦争なんて大分昔の話したい」

「じゃ、じゃあ……。冬は来んやったと?」

「冬……? いんや、毎年来とってけど」

「ううん、おいらが言われとったんはあがんひどか爆弾ば使われたら向こう何年も冬が来るっちゅーて言われとったけんさ」

「爆弾……? ああ、原爆のことか。なんかひどかったらしかね」

 カっちゃんはそう言って笑う。

「うちらお陰で毎年八月九日は学校に行かんばいかんったいね。夏休みのもったいなか」

 マー坊もそれに同調する。すると少年は少しだけ寂しそうに笑った。

「学校行けるのがうらやましかよ。おいはまともに学校通っとらんけん」

 またマー坊とカっちゃんは顔を見合わせた。どうやら少年の家のしつけが厳しいとかそういう話じゃないようなことは二人にも理解できた。

「もしかして君……戦争の直後からこの時代に移動してきたと?」

 SF小説や映画の知識からマー坊は尋ねる。

「……そうかもしれん、おいがおったのは昭和の戦時中やったけん……」

 少年の言葉に二人は黙り込む。真偽のほどを確かめるすべはないが、少なくとも今までの少年の不思議な言動には合点がいく。

「さっきは毎年八月九日は学校に行かんばいかんったい、なんて言ってごめん……! 君は大変な思いばしたとに……!」

「お、おいも……! おいも原爆のひどさは資料館で見て知っとったとに茶化すみたいなこと言ってごめん!」

 マー坊とカっちゃんは頭を下げるが少年はふっと微笑む。

「ううん、よかっさ。こうして長崎も今は平和んなって核の冬じゃなくて夏の冬なんてものも普通にみんながこうして体験できる、いい時代になったったいね」

 そこまで言うと少年の身体は少しずつ、まるで光の粒になるようにゆっくりと薄れていく。

「もしかして……幽霊やったと……?!」

 昼間から幽霊が出る、と言う認識がなかったのでマー坊は少年の変わりゆく姿に動揺して身をこわばらせた。

「うん、思い出した。おい、あの原爆で死んだったい。なんでか、こうしてずっと先の未来に幽霊になって出てきたと、不思議かね」

 そう言って少年は少しずつ消えていく。

「アイスクリーム、美味しかったよ。ありがとうね、イチゴ味した夏の冬ったいね。こがんすごかものが今はあるなんてうらやましか」

 少年は笑うがカっちゃんとマー坊は泣きそうになっていた。

「おいたちが必ずこれからも平和な世界にすっけん! 天国で見とって!」

「お、おいも頑張っけん! もうつらい思いをさせる人が出らんように!」

「頼んだばい。アイスクリーム、ありがとうね」

 そう言って、夏の空に少年だった光の粒は立ち上って消えていく。青い空に入道雲だけが残されていた。


「どがんやったね。お出かけは」

「えらい暑うして。そうだ、友達とチリンチリンアイスば食べてきたよ。三人で」

 カっちゃんは祖母にそう伝えた。少年のことを、思い出しながら。そういってちゃぶ台の前の座布団に腰掛けた。汗ばんだ肌がわずかに座布団の布に張り付いた。

「待っとかんね」

 祖母は一旦台所に引っ込むとお盆にスイカと冷えた麦茶を乗せて出てきた。

「アイスば食べてきた後やろうけどよかったら食べんね。今はいろいろあるけど昔は甘かもんはスイカくらいしかなかったとよ」

 祖母はそういうとちゃぶ台に麦茶のグラスとスイカの皿を置いた。

「そういや戦争の少し後亡くなったばあちゃんの兄ちゃんの写真、出てきたとよ。見る?」

 それはカっちゃんにとっては今までに聞いたことのある存在だった。

「見る見る! 見せて見せて」

 端に皺がより、すっかり変色した白黒写真。祖母はカっちゃんにそれを手渡した。

「あっ?!」

「どがんしたとね、そがん驚いて」


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る