100お題 第7話 お題「焼却炉でみた夢」
腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト
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こちらよりお題を頂戴しました。
お題:「焼却炉でみた夢」
2023年7月17日0:00~7月23日23:59
※夏コミ前なのでワンライ、48時間ではなく1週間で書いております
我が人類に火を与えた罪により、鷲に啄まれる責め苦を受け続けて三万年。そして、そこからまた一万余年。確かに人類は主神の言うように火を持ったことで武器を作り、戦争を起こすようになった。とはいえ、それを持ってしても人類を全否定はできないだろう。何せ、我々神だって争い合うことはあるのだから。
我は目の前の屋台を見つめた。
「店主、なんだこれは」
我が尋ねると店主は怪訝な顔をする。
「兄ちゃん、たこ焼きを知らねぇのかよ」
「タコヤキ」
「とりあえず買ってくってみてくれよ。味は保証するって!」
我は言われるままにあらかじめ手に入れておいたこの国の通貨を男に手渡した。
「まいどあり! ちと待ってな。今から焼くからな」
「ほう、注文を受けてから焼き始めるのか」
「そうさ! 焼きたてが一番美味いからな!」
そう言って我はしばし目の前で小麦の粉を水か牛の乳で溶いたと思われる種が奇妙な複数の穴の開いた鉄板で焼かれるのを見つめていた。やがて男は鉄の串で器用にくるり、くるりと次々に小麦粉の球を回転させ表面の焼き色を均一に整えていく。
「慣れたもんだな」
「あたぼうよ! この火、鉄板の前に立ってもう十年さね」
確かに屋台の中の熱気はこちらが感じるより熱い。ヘパイストスから我が人類に委ねた火はこうしてタコヤキなるものを焼くのにも使われている。
やがて男は何やらソースのようなものをタコヤキにかける。ソースの焦げる香ばしい匂いが漂い始める。その後男は緑色の粉と褐色の小さな破片をタコヤキに振りかけていく。先程のソースが焦げるのとはまた違った、言うなれば磯のような芳しい食欲を誘う香りが鼻をくすぐる。
「なんでぇ、青のりとかつおぶしも珍しいのかよ」
「アオノリ、カツオブシ」
「なるほど! 兄ちゃんさては外人さんだな! それなら知らないのも無理はねぇ」
男は勝手に納得して鼻歌を歌いながら作業を続けていく。確かに、外人……異国の者という認識は間違ってはいないのだろう。
「さ、できあがりだ! 熱いうちに食ってくれ!」
男は我に焼きたてのタコヤキを手渡す。箱の中には十個のタコヤキが並ぶ。先程見なかった白いソースもかけてある。これは見覚えがある。マヨネーズではないだろうか。
我は小さい指くらいの大きさの添えられた竹串でタコヤキを口に運ぶ。ふわっとした小麦の感触、歯を入れると口の中でほぐれとろっとした中身が口内にあふれ出す。思わず、やけどをしそうだ。
「はふっ、はふっ! 美味いな!」
「そうだろうそうだろう!」
噛みしめると弾力のある芯のようなものがタコヤキの中心には入っていて噛めば噛むほどソースや他の薬味と一体になって口内に旨味の渦を引き起こしていく。
「うん、店主。これは文句なしに美味い」
「だろ? 残さず食ってくれよな」
「うむ、ありがとう。それでは失礼する」
我はタコヤキを食いつつ、男に礼を言ってその場を離れた。
我、ギリシャ神が一柱、プロメテウスはこうして発展した現代を見ることができて満足なり。ヘパイストスの火種がなければ今頃こうしてタコヤキもヤキソバも食えていなかっただろう。
我は今、その身を人間に変えてこうして極東の国、ヤポーニア……日本と言うところを訪れている。
世界中でさまざまな国、民族が火を信仰しているのは我も知っていた。この極東の国の特徴は火と同時に太陽も信仰しており、自らを「日の出ずる国」と自称していたことだ。なのでギリシャの地から遠いが一度来てみたかったのだ。我が人類に与えた火がこの国ではどのように息づいているかを。
我は最初に上陸した都市から東の方へと歩を進めた。近代文明は馬やロバなどより圧倒的に速い鉄の車を走らせていた。車輪、電気。火に始まった人類の道具はこうして進化を止めず近年では電波とインターネットという、目に見えない思念のようなものまで制御できるようになっているようだ。
この国の一番の古都に火にまつわる祭りがあると聞き、我はそこへと向かった。なんでも、オショライサンという死者の霊をハーデースの元へと送り届ける伝統行事とのことだ。ドイツのフンケンフォイアーもそうだが人々はこうして発展した文明を持っても火に信仰を持ち続けているらしい。それは人類に火をもたらした我としては苦労の甲斐もあったというものだ。
さて、キョウトのこの祭りは今は信仰だけではなく観光産業としても栄えているようでこの八月の行事のために多くの民草がこの古都を訪れている。火を見るためだけに皆来たのかと思うが我もその構成要員には違いない。
夏も半分過ぎ、陽が落ちるのも少し早くなったとはいえ冬に比べると二十時という時間帯はうっすら暗いという程度だ。もっとも、光の溢れる街中と違い、山の方は当然相対的には暗くなっている。その山の中腹にこの国の文字で書かれた火文字が浮かび上がる。思わず、我も他の民草と同時に歓声を上げていた。
この時代では火は獣から身を守るためだけのものでもなければ、調理をするためだけのものではない。工業的に火を使って産業を隆盛させていた時代から今は電気というものが主体となっている。しかし。
「綺麗だなぁ」
隣にいた童がそう、声を上げた。
そう、火というものが人間に制御できるようになってから火そのものが人間にとって畏怖だけでなく安心の対象になり、楽しみのためにたき火をするものもいると聞く。今日足を運んだキャンプショップとやらではランタンやスウェーデントーチといった、屋外での宿泊に火そのものを愉しむ文化の存在を知った。
確かに人間は聡い。獣を追い払い、肉を焼く、湯を沸かすことしか知らなかった時代から二百万年。これだけの文明を築き、ヘパイストスの火種を見事に活用している。
我は山に描かれ、数分おきに移り変わる火文字を見てしばし、感慨に耽っていた。
さて、我は当然ながら古都だけでは満足できず今の日本の首都たる街も訪れることとした。トウキョウと言うその街は「東」にある「京」、すなわち古都と対比的に名付けられた場所のようだ。
こうして私が世界巡礼をする以前、大きな戦があったと聞く。これだけ文明が発達した後だ、火矢や投石機だけでは当然済まなかった。空を飛ぶ鉄の車が火薬から作られた「爆弾」なるものを投下し、海を越えて国々が争い、多くの死者が出たとのことだ。トウキョウも一度は滅びかけたが復興し、世界有数の大きな街になっているという。
主神が火を得たことで人類を滅ぼさんと画策したのが昨日のことのように思える。しかし、過ちを認めないやつがあろうか。現に主神は何人孕ませ何人の男女を悲劇に巻き込んだというのか。主神とはいえ横暴が過ぎる。自らの過ちを棚に上げて神などと名乗るのもずいぶんな話だ。
我はデンシャの窓から夜景を眺めた。人々の営み、家々の明かり。もう火を直接明かりに使っている人間は数えるほどしかいないだろう。しかし、家々の食卓ではシチュウやスープを煮込み、肉や魚を焼くのに未だに火が使われている。
今日中にトウキョウまで無理して行くことはせず、我はトウキョウのお膝元であるサイタマに宿を取ることとして途中下車した。名も知らぬ駅で降り、住宅街を歩く。この街にも多くの人々が住んでいるようだ。
すっかりとっぷり更けた闇の中を歩いて行く。二十四時間営業と書かれた小売店が何軒も歩いて行く途中に見えた。この国の人間は勤勉なのか、はたまた不眠症なのか。夜くらい、寝てもいいのにとは思う。火を焚かずとも今は襲ってくる獣もさしていないだろうに。
と、我は電気の明かりの届かない暗がりに火の明るさを認め、不審に思った。この国では明かりの主体はすでに電気になっている。理由なく火が見られるのはおかしい。
どうやらそこは学舎の一角のようだった。我は火元に近づく。男が下卑た笑みを浮かべて火を恍惚と見ていた。
「おまえ、何をしている」
「?!」
声をかけると、そこには無精ひげを生やした、上下繋がった衣服を着た男がいた。トーガと違って袖は長く、下布も他のこの時代の衣服同様に足の形に沿ったものだ。不審なのは全身煤けていることだ。
「火……」
我がぼそっとつぶやくと、男は逃げようとした。乱心者と見て我はすぐに追いかけ、捕まえる。
「貴様、放火を働いたな」
「離せ外人野郎!」
男は我に逆らおうとしたが見た目の体格はともかく、人間が我にかなうはずもない。地面にうつ伏せに組み敷き、我は男の荷物を取り上げた。それは着火剤と何らかの油のようだった。男は紙を束にしたものを地面に置き、油をまき、火をつけたのだった。次第に火は大きくなり、我の膝くらいの高さまで燃え上がった。
「人間、なぜこのようなことをする」
我が尋ねるとその男は応えた。
「放火に理由なんかあるかよ。俺は火が好きなんだ」
「ほう、火が好きと言ったな」
我はほくそ笑んでいたに違いない。
「じゃあ、好きなだけ火を味わわせてやろう」
我は強く念じた。
「火よ、我の元に」
途端、燃えさかっていた火は一瞬にして小さな種火まで縮んだかと思うと我の元へとふわりと浮いてきた。
「な?!」
信じられない者を見たかのように男の顔が驚愕に歪む。
「これはお前がつけた火だったな」
我は確認する。
「火が好きとも言った。我は忘れておらぬ」
「離せ! 離してくれ!」
我は男を引きずり、学び舎の端にある今は使われていない竈へと運ぶ。以前、この竈はこの学び舎のゴミを焼くのに使われていたようだ。であれば、ゴミを焼くのにこれほど相応しい場所はない。
我は男を易々と持ち上げ、竈に放り込む。男は悟って青ざめたようだった。
「出してくれ! 焼却炉なんていやだ!」
「ほう、ショウキャクロというのか」
「さ、殺人は犯罪だぞ」
自分が火を放とうとしていたことなども忘れたように男は命乞いをした。
「痴れ者。我に人の世の法など関係ない」
我は先程の火の玉を竈の中に投げ込んでやった。
「熱い! 熱い! 助けてくれ! 許してくれ!」
男は言うが我はそんな痴れ者の言葉など聞く気はない。
「我は人間に火を与えた罪で三万年苦しんだ。お前は死なないがその熱さ、苦しさを存分に味わってもらう。そうだな、百年程度でいいだろう」
「嫌だぁ! 嫌だぁ! 出してくれぇ!」
「お前のようなののせいで我はとばっちりを受けたからな。せいぜいショウキャクロでみる夢を愉しむがいい」
我はそう言って男の断末魔を聞きながら学舎に背を向けて歩き出した。男は燃え尽きてもまた翌日あのショウキャクロの中でよみがえり、再び焼かれる苦しみを味わう。百年も苦しめばもう火を冒涜しようなどとは思わないはずだ。
結局、この時代にも火を悪用する人間はまだいたのは残念に思う。だがそれはほんの一部分であることが今回の旅でも分かった。それは大きな収穫だった。
我はトウキョウでの観光を終えたら北に行ってみようと思う。ホッカイドウなる大地は未だ自然の多いところと聞く。夏は野外で火を焚き、肉を食う楽しみを持つ人間が未だいる中でも、この国でも指折りの野外宿泊地がホッカイドウにはあるという。
我は荷物をまとめた。まだ見ぬ人間の文化、営みが見られよう。まったく、人間は、火は面白い。
<了>
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