100お題 第6話  お題「○○を□□とするならば」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

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こちらよりお題を頂戴しました。

お題:「○○を□□とするならば」

2023年7月3日0:00~7月9日23:59

※夏コミ前なのでワンライ、48時間ではなく1週間で書いております


 石巻が殺されるに足るほどの悪人だったかというと、おおよそそうではないだろう。

 しかし、藤原辰巳にとって石巻は排除すべき存在だった。


 石巻と藤原は小学校からの付き合いだった。その関係がこうしてお互いに五十を過ぎても続いているのはひとえに集落が狭かったこともあるがウマが合ったこともあるだろう。見慣れたそれぞれの坊主頭がいつしか七三分けになり、最終的に白髪交じりになり、禿げ上がり、顔に苦労の数だけ皺が刻まれる変化をお互いに見届けてきた。

「辰巳か。会う予定は明後日だったじゃないか」

 面会の約束をした二日早くノンアポで訪れた藤原をさほど気にした様子もなく、石巻は彼を別荘に向かい入れた。山浦地区の山の中の一軒家である。

「虫取りは明後日行こうという約束だったろう。早めたのは何か理由があるのかい」

「いや、虫取りはまた改めて明後日来るよ。ほら、虫取り網は持ってきていないだろう」

 そう言って藤原は石巻に手ぶらの両手をアピールする。うなずいて石巻は藤原を玄関のだから招き入れた。

「五十を超えてカブトムシやクワガタに精を出しているのは俺たちだけかもな」

「そうでもないぞ石巻君。孫のために捕まえに行くやつもいるらしい。この辺は都会と違って普通に取れるからな」

 廊下を歩きながら二人は家の奥、石巻の書斎へと向かう。藤原にとってもしょっちゅう来る場所だから勝手もわかっている。

 石巻の書斎に入ると相変わらず散らかっていて手狭になっている。

 石巻は中学生がそのまま大人になったような男だった。大人になって得た財力をそのまま遊びに回していた。ゴルフのような社会人として年齢相応の趣味もあれば、子供の頃存分に遊べなかった鬱憤を晴らすかのように昭和の喫茶店に置いてあったスペースインベーダーの筐体を買ったり、年甲斐もなくファミリーコンピュータでのゲームに精を出したり。石巻の妻は理解がないのでもっぱら藤原が付き合わされるのだけれど。

「コーヒーでも淹れようか」

 部屋こそ散らかっているが石巻はまめな男だった。コーヒーはハンドドリップでいつも淹れてくれるし、軽食くらいなら出来合いのものではなく彼自身が調理していつも藤原に出してくれていた。 

「いや、ひとまずいい」

 そう言って藤原は少し思案し、口を開く。

「石巻くん、考え直さないか」

「……また、その話か」

 石巻はうんざりしたように言った。彼は窓の外を見た。ここ、石巻の別荘は山の中の開けた崖の上に立っている、地域の集落から離れた一軒家だ。時折石巻はここに来ては数日間滞在する。二日後に藤原と会う予定を立てている石巻が二日前からこの別荘にいるであろうことは藤原の予想であり、賭けであった。

 石巻は妻との間はすでに冷え切っていて、金にものを言わせて若い女をここに連れ込んでいるという噂もあった。そういう部分も、今の藤原にとって軽蔑の対象だった。

「もうすでに中華系のソーラー事業がここら一帯に入ることは決定事項なんだよ。なんせ所有者は私なんだから」

「やめておけ。ソーラーパネル、太陽光発電など日本の国土に見合わない。この山々の木々を切り倒せば土砂崩れが起きる可能性は高まるし、一度大きな台風が来ればそれだけで太陽光パネルは駄目になるんだぞ」

「それは買ったやつの都合だろう。シナの連中がどうなるかは俺は知ったこっちゃない。この山をまとまった金に換えられるチャンスなんだぞ」

 そう言って石巻はタバコを取ろうとして藤原に背を向けた。背を向けたまま、言った。

「……いつまでも博物館の学芸員のフリなどしているものじゃないぞ」

 そのときしかないと思い、藤原は卓上にあったガラス製の灰皿を手に掴んだ。もう、すべてが手遅れだった。藤原は石巻の後頭部めがけて、それを振り下ろす。

 そのとき、返り血が飛び散って部屋を汚した。何言かうめいて石巻は床に倒れた。走馬灯のように石巻との思い出が少年時代から今に至るまで流れていく。しばし、藤原はその場に立ち尽くしていた。物言わぬ、石巻と共に。


 藤原は石巻の死体をどう処分すべきか考えた。しかし、幸いにしてここは山の中の一軒家、崖の上だ。転落死に偽装するのが一番だと考えていた。

 しかし、警察も当然馬鹿ではない。屋内の現場検証をしてここで血痕が出れば当然他殺を疑うであろう。早速藤原は飛び散った血しぶきの後始末にかかった。

「……床はともかく、血が飛んだものは直接処分した方がいいな」

 散らかった部屋である。石巻の死体を中心として、周囲の彼の私物は血で汚れている。藤原はゴミ袋を準備し、まとめて血のついた石巻の私物をまるごと突っ込んだ。どうせ、藤原や石巻と違って警察や石巻の妻ははここにある、私物を把握しているなんてことはあり得ないのだから。


 石巻の車がオートマ車であることに藤原は感謝した。しかし。

 ギアをドライブに入れて勝手に崖下に落ちるのを待っても、車は少し進んだものの、途中で落ち葉や木の枝に引っかかってそれ以上進まなくなる。

 藤原は焦った。せっかく大変な思いをして石巻の死体を運転席に押し込んでシートベルトも装着したのにこれでは勝手に崖下に転落してはくれないだろう。

 再度藤原は運転席のドアを開き、一旦ドアの指紋を拭き取る。その後、石巻の足を握って強くアクセルを踏ませた。

 そのまま前進する車。藤原は一緒に車と落ちないように気をつけながら車の横を共に並んで歩きながら一緒に崖の方へと進んでいく。

 石巻の死体は車とともに崖下に転落して行った。

 藤原は屋敷に帰り、自分が指紋をつけたであろう部分を念入りに拭き取って回った。最初から殺す気だったのならば手袋をつけていったのだが、などという反省を今更したところで仕方ない。

 目的はすでに果たされたのだから。


 妻からの通報を受け、警察が石巻の別荘へと捜査に入り、崖下の車と遺体を発見したのは奇しくも二日後だった。

「新畑さん、お疲れさまです!」

 部下の古泉がドアを開けると、一人の刑事が眠そうに目をこすった。強行盗犯係の刑事、新畑はパトカーから降りて大きく背伸びをする。

「……古泉君、今何時?」

「はい、十時です新畑さん!」

「四時間もかかっちゃったよ、もう……」

 そういうと新畑はきょろきょろと周囲を見渡す。

「森の中の一軒家。か、な、り、豪華な家だねぇ」

「はい。亡くなったのは石巻一二三さん、五十四歳。実業家だそうです」

「お金持ち?」

「おそらく」

「死因は?」

「まだ調査中ですがぐちゃぐちゃですからね。転落死じゃないでしょうか」

「ああー……そう。じゃあ僕帰っていいかな」

 そう言うとまた新畑はパトカーの後部座席に乗り込もうとする。

「ちょっと! 新畑さん! 帰らないでくださいよ!」

 古泉はパトカーのドアを開けて新畑の腕を掴み引っ張り出す。

「ただの転落事故なら適当にいいよ、適当に」

 そう言って新畑は後部座席にこもろうとする。

「一応ちゃんと見てみましょうよ! 他殺かもしれないですし!」

「めんどくさいよ……。古泉君、調査よろしく」

「どうせまた帰るまで四時間かかるんですよ! せっかくなら田舎体験しましょう! 田舎!」

「……ナチュラルに地方を見下してないかい古泉君」

 

 新畑と古泉は鑑識による現場見聞に加わった。

「見てよ、古泉君。ぐっちゃぐちゃだよ、ぐっちゃぐちゃ」

「うわ、やめてくださいよ! 僕、死体嫌いなんですよ?!」

「君、何年刑事してるの。こんなのハンバーグと一緒だよ」

「本当にやめてくださいよ?! ハンバーグ、食べられなくなっちゃうじゃないですか?!」

 適当に古泉を茶化した後、改めて新畑は現場を見渡した。タイヤ痕からしても、あの高さから落ちたことは紛れもない事実だろう。問題は、どんな状況からそれが行われたか、だ。

「古泉君。採取はできそう?」

「厳しいかもしれません。この季節に屋外で二日……は経ってそうですね、これ。アルコールや睡眠薬を調べるには血液が取れるかどうか」

「いや、いいよ。ありがとう」

 鑑識が写真を撮っているのを脇目に、新畑は改めて崖の上を見上げた。そして、車内に顔を突っ込んでゆっくりと見渡した。

 かろうじて原型がとどまっているといえるだろうか。少なくとも、車の方は。新畑は肉片に触れないように気をつけながらパーキングブレーキを確認した。

「やっぱり、ブレーキとアクセルを間違えてですかね。多いですもんね」

 古泉が言うと新畑は首を振る。

「ごらん、古泉君。ドライブに入ってる」

 古泉も新畑を習ってのぞき込む。

「なるほど、じゃあやっぱり踏み間違いですかね」

 そういう古泉に新畑は首を振る。

「もし、仏さんがドライブに入れて踏み込んだなら、まっすぐ崖に向かって運転したことになるね」

 新畑は崖の上を指さす。駐車スペースの構造上、それはいささか不自然だった。

「じゃ、じゃあお酒に酔ってとか……?」

「飲酒運転もなくはないだろうけどね。それは鑑識の人たちが調べてくれる。あとは車内にないかどうかだよ」

「何がです?」

「第、三者の指紋──」


「新畑さん、新畑さん」

 古泉は新畑に浮かれた様子で話しかけた。今度は鑑識と一緒に石巻の別荘の中の現場検証だった。古泉は新畑と一緒に石巻の書斎の中にいた。

「なに、古泉君」

 うんざりした様子で新畑は答える。

「見てくださいよ、このファミリーコンピュータのソフトの山。お宝ですよ!」

「もう、君は……」

「バンゲリングベイ、スペランカー、ジャンボ尾崎のホールインワン!」

 そこまで古泉がわくわくしているのが新畑には世代とはいえ、わからない。

 その一方で。

「……古泉君。これ、ファミコンと言ったね?」

「ええ、ファミコンです」

「ファミコンなら本体があるでしょ。テレビにつないで遊ぶための」

「そういえば見当たりませんね新畑さん。……あ、コンセントだけある!」

 そういうと古泉はテレビの近くに縛って置いてあるファミコンのACアダプタを発見する。そんな古泉の様子を見て新畑は何か気づいたように部屋の中を見渡していた。


「仏さん、結構まめに調理するタイプだったみたいね。見てよ、この冷蔵庫。卵、牛乳、チーズ、ハム、野菜。台所の調理器具も男が一人で来て使う分には少し揃いすぎてる」

 新畑と古泉は別荘の台所を見聞していた。いささか、豪華な台所である。カウンターキッチンの洒落た構造。ある程度調理にこだわったものでないとこうした構造にしないだろうというのは設計の素人の二人にもわかった。

「奥さんが使う分じゃないですかね?」

「普通はそうかもしれない……だけどだよ? 奥さん、自分でここの確認に来ず旦那の安否確認を警察にさせて、おまけに遺体が見つかってもここに出てこない……そんな奥さんがこんなまめな調理を彼にするかな……おそらく、石巻さんは自分で調理をするタイプじゃないかな」

 新畑の言葉に、古泉はうなずく。

「冷蔵庫の中のストック、一人分にしては多いですね」

「おまけにごらん。足が早いものがいくつかある。牛乳、豆腐」

「誰か客が来る予定だったのかもね……おや」

 車の音に気付き、二人は別荘の外に出た。


 怪しまれぬよう、藤原は約束の日時に再度別荘をこうして訪れていた。すっかり警察が入り込んでいるがそれ自体には驚かない。山浦地区は小さな村落である、警察沙汰になれば全員にそれがすぐ伝わる。ましてや、一番の金持ち、石巻が死んだのだから。

「こんにちは。警察の者です。新畑と言います……お話を伺っても?」

 新畑は車から降りてきた藤原に一礼をして警察手帳を見せる。ここまでは想定範囲内だ、と思い藤原は緊張や動揺を極力表に出さないようにして答えた。

「藤原辰巳です。彼とは小学校からの同級生で」

「よろしくお願いします。ご職業は」

「学芸員です。山浦自然史博物館の」

「藤原辰巳さん。あー、藤原先生とお呼びした方が?」

「どちらでも結構です」

 藤原と新畑はそんなやりとりをする。

「山浦自然史博物館。まだ行ってはいないのですがきっと立派なところなのでしょうね」

「いえ、田舎の小さな展示物を置いている公共施設ですよ。……それで、石巻に何かあったのですか」

 白々しいと思いつつ、村の噂程度で確証を得たというのも逆に不自然だろうと藤原は訪ねる。

「石巻さん、お亡くなりになりました」

「石巻が亡くなった?! どうして?」

 藤原はできるだけオーバーリアクションにならない程度に驚いて見せた。

「はい。どうやら車ごと崖から落ちたことは間違いないようです、はい」

「落ちたってことは転落死ですか?」

 新畑がゆっくりと口を開く。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」

 藤原はぎくり、とした。

「何か彼の死に不審なところが?」

「私は刑事です。専門は……殺人その他です」

 藤原の背を冷たい汗が流れる。おかしい、これはどう見ても事故死だ。なぜそう思うのだろうか。

「藤原先生、よかったら中に」

 そう言って新畑は藤原を石巻の別荘の中に招き入れた。


「この部屋、見てください。おかしいとおもいませんか?」

 新畑は藤原に石巻の書斎を見せて尋ねる。

「別に私にはなんとも……散らかってはいますがそれが何か?」

 それは当然の疑問であった。少なくとも藤原からすればいくつもの石巻の私物を処分したが警察は元の状態を知りようがないのだ。

「えー、どうやら石巻さん、かなり多趣味でいらっしゃったようです。この書斎だけ見ても相当いろんなものがあります。その上でほとんど埃をかぶっていない」

「それが何か?」

「最近もずっと触れていたんです、いろんなものに」

「やつが多趣味だったのはそうだけど、それが何か事件と関係が……?」

 新畑の意図がわからず、藤原も尋ねる。

「私、石巻さんのこの本棚も見てみました。ずぼらですが本に関してはちゃあんと一巻から順番に並べておられたようです、はい」

 煙に巻くような新畑の言葉に藤原は自分が犯人であることも棚に上げて苛々していた。

「だからなんです」

「いいですか」

 新畑が両手を広げて話し始める。

「テレビもゲームソフトもコンセントもあるのにゲーム機がない! ゴルフの優勝トロフィーはあるのにゴルフクラブがない! ドラゴンボールの三十巻だけない! おそらく、読みかけだったのでしょう。そして……タバコがあるのに灰皿がない」

 ぎくり、と藤原は息を呑んだ。なんと勘のいいやつだろう、と。

「お・そ・ら・く、十中八九、犯行現場はここでしょう。犯人は石巻さんを殴り殺した! 返り血が飛んだので処分したんでしょう、いろいろと。そうでなければこんな妙ななくなり方はしません!」

「要らなくなって処分したのかも」

「ドラゴンボールの三十巻だけ?」

「それは──」

「ゴルフにしても、彼が今後予定を入れていたかどうかはわかります。鑑識にはこの部屋の調査もしてもらっています。おそらく、どんなに拭き取ったつもりでも血液反応が全く出ないと言うことはないでしょう」

 二人が話していると、古泉が部屋に入り込んできた。

「新畑さん、出ました。生活反応ありだそうです」

「生活反応?」

 思わず、藤原は尋ねた。

「生活反応です。普通、人が生きているうちに怪我をすると死んでからついた傷と区別ができるんです」

 んふふ、と新畑は笑う。

「仏さん、ぐちゃぐちゃでしたがその傷の中に生活反応がありまして。検視しないとわかりませんがおそらくあるでしょう、頭蓋骨の陥没も」

 警察は見抜いている、と藤原の焦りは高まった。

「石巻さんは、殺されたんです。その後、車の運転席に乗せられて、エンジンをかけられてオートマの車ごと崖下に転落させられた。犯人にね」

 改めて新畑は石巻の書斎を見渡した。

「灰皿がないのは不自然ですし凶器はガラス製の灰皿かもしれません。あとで鑑識に頭部の打撲痕、陥没部にガラスの破片が含まれていないか確認してもらいましょう。車のガラスと違うガラスが検出されれば怪しいです」


 新畑と藤原は別荘のリビングに移動していた。遺品である一人がけのソファに互いに二人、向かい合って座って。

「失礼ですが……石巻さんとは親しかったんですか?」

「ええ、この山浦地区で一緒に育った数少ない旧友ですから」

 それは藤原の偽りのない本心だった。

「この事件を殺人事件とするならばかなり偶発的なものでしょう」

「どうして?」

「石巻さん、車で崖下に転落してたんです」

「ですね。それがどうして」

「犯人がもしきちんと計算して事故を偽装するならそんな雑なことはしないでしょう」

「だからどうして」

「車のギア、ドライブに入っていたんです」

「ああ……」

「んふふ、崖に向かって真正面にドライブで踏み込むことは自殺志願者以外にはないでしょう。百歩譲って事故を偽装するならギアをリバースに入れて間違ってバックして転落した、ならまだ話が通ったかもしれません」

 話題を変えようと藤原は尋ねる。

「酔っ払っておられたとか?」

「遺体から採血をすればアルコールの有無はわかります。だがその可能性は乏しいでしょう。同じく、睡眠薬も検査でわかります。」

「自殺かもしれないじゃないですか」

「石巻さんは所有している山林の交渉を進めておられたそうです。これから莫大な金額が入るような取引をしている方が自殺しようと言うことは普通ないでしょう」

 それは十分道理に叶う推理であった。


「偶発的と言ったのはアルコールや睡眠薬で偽装もしていなかったので犯人にとっては計画的殺人じゃない……とまではいえないかもしれませんが」

 そう言って新畑は話し始める。

「犯人がもう少し計画的であったならばこのようにすぐ足がつく犯行はしないでしょう」

 冷蔵庫の方を指さす。

「冷蔵庫の中に豆腐と牛乳がありました。近々石巻さんは人と会う予定があったようです」

「それは私です」

 ここぞとばかりに藤原は答えた。

「今日、彼と虫取りに行く予定だったんです」

 新畑はうなずく。

「外部犯ではないんですか」

 藤原の質問に新畑は答える。

「物取りの犯行にしては金目のものがたくさん残っています、はい。それに」

「それに?」

「果たして強盗がわざわざ、偽装するでしょうか。書斎で石巻さんを殴り殺しておいてそれを車へと遺体を移動して崖下に転落させるなんてことを! 私が強盗ならまずやりません!」

 新畑は力説する。

「これは彼と顔見知りの犯行です。なおかつ、かなり親しい人の犯行です」

 間違いない、と藤原は確信した。この刑事は自分を疑っている。

「なぜそう思うんです?」

「石巻さんは書斎で殺された」

「それが何か?」

「犯人と書斎に一緒に入れるような間柄だったことになりますね」

 それは確かにそうかもしれない。

「さっき部下を麓の集落に聞き取りに行かせました。皆さんこうお答えになりました! 『石巻さん、時々女を連れ込んでいる以外はあそこに出入りするのは藤原先生だけだ』ってね」

 藤原はもうこの刑事と全面対決しないとならぬと確信した。

「あなたの推理を正解とするならば、私が犯人と言うことですね?」

「そうかもしれません」

「はぐらかさないでください」

 少し藤原の語気が荒くなる。

「生活反応が出たからと言って、それは生前に付いたという傷に過ぎないでしょう。それをもって他殺、ましてや私を犯人にすることはできないと思います」

「そうですね。おっしゃるとおりです」

「仮に私がここに来たのが初めてじゃなかったからと言ってそれで私を犯人にするには無理があります」

 新畑は人差し指を立ててつぶやく。

「……靴です」

 藤原は思わず自分の靴を見た。二日前に履いていた靴は既に処分し、新しい靴を履いている。

「私が真新しい靴を履いているからと言って私を犯人扱いするのは無理がありますよ」

 藤原は靴にも返り血が飛んでいたことは気づいていた。だからあの靴は処分したのだ。

「いいえ。石巻さんの靴です」

 新畑はそう言った。

「石巻の靴?」

「今、鑑識が石巻さんの靴を調べています。手袋をつけていても強くアクセルを踏むだけの力をかけていたら指の跡か、もしアクセルを踏むのに直接石巻さんの足ごとアクセルを踏んでいたら靴の痕跡が残るはずです。今、鑑識が調べています。なんせ死体にはアクセルは踏めませんからね……うふふ」

「ああ……」

 と思わず藤原はうめいた。

「この事件は突発的なものです。であれば最初から殺す気で手袋をして来て、念入りな犯行はしていなかったんでしょう。指紋は犯人が拭き取ったはず。車体からもドアノブからも不自然なほど指紋は出ませんでした……石巻さん本人のものも含めて」

 指紋を拭き取ったことで逆に疑念を抱かせてしまったと言うことか。それとも、この新畑という刑事の勘がいいのか。

「当たり前ですが、死体にはアクセルは踏めない以上誰かが死体の足をアクセルに乗せ、そこを強く押す必要があった!」

「……!」

 新畑は転落偽装も見抜いていることに気付いて冷たい汗が藤原の背を伝った。

「それは誰でも使えるテクニックです」

「いいえ、藤原先生。調べられるんです」

 そう言って新畑はひときわ強い眼力で語り始めた。

「申し訳ないですがさっき部下が取らせてもらいました。あなたの指紋。ドアノブから」

「……っ!」

「私は一番最初から、あなたを疑っていました」

「まさか!」

「最初にお会いしたときあなた、『石巻が亡くなった? どうして』と尋ねられました」

 藤原はピンとこなかった。

「普通、知人が亡くなったとき最初に聞くのはほぼほぼ『いつ?』です。でもあなたは『どうして』とおっしゃられた」

「……もしかしたら言ったかもしれません。それが何か?」

「そこでぴんと来たんです。この人、石巻さんがいつ亡くなっているかをすでに知っているんじゃないかと。そして無意識のうちにちゃんと自分の犯行が成立して警察が事故死と認識しているかどうかが気になってしまった……!」

 新畑の言葉に藤原は肩を落とした。

「……完敗です」

 殺人を偽装できる器ではなかった、ということかと藤原は自嘲した。しかし、目的自体は果たしたのだが。

「ところで、うかがっても?」

「何をです?」

「なぜ、あなたは石巻さんをお殺しになったんです?」

「石巻さんが死なないとこの事業は白紙にならないと思ったんです」

 藤原は話し始めた。

「この一帯は天然記念物、ヤマウラノタテハの産卵地です」

「ヤマウラノタテハ?」

「全国でここ一帯にしか生息していない蝶なんです」

 少しだけ藤原は饒舌になる。

「あいつは中国のソーラーパネル事業にこの山々を売り渡す気だった。木は切り倒され、生息系は乱れてしまう。するとヤマウラノタテハも生きることが難しくなってしまう。それは環境保全の面で多大な損失なんです」

「……そうですか」

 新畑はそれだけしか言わない。

「……軽蔑しますか?」

 藤原は尋ねた。

「さぁ」

 新畑は答える。

「私は自然科学の専門家ではないし、同じく土地開発の専門家ではありません。そこの善悪ははかりかねます」

 短く目をつむり、残念そうに口を開く。

「ですが」

 少し小さくため息をつく。

「人が人を裁くことはできません。人を裁けるのは法律のみです。あなたの価値基準を持って石巻さんをお裁きになられたことは……」

「……軽蔑しますか」

 新畑は答えなかった。

「……行きましょうか」

 新畑は軽く手を上げた。藤原は軽くうなずく。


 石巻の別荘から出発したパトカーのサイレンの音は次第に遠ざかって小さくなっていくのだった。


<了>

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