100お題 第5話 お題「マスクに隠した劣情」
腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト
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こちらよりお題を頂戴しました。
お題:「マスクに隠した劣情」
2023年6月30日0:00~2023年7月1日23:59
「私、綺麗?」
マスクで口元を隠した長い黒髪の女が二人の男子高校生に話しかけた。夕焼けが夕闇に変わるほどの微妙な明暗。街灯もまだ点灯しておらず、女の顔も少し見づらい程度の明るさであった。
突然知らない大人に話しかけて高校生たちは戸惑う。
「さ、さぁ……」
「マスクしてるしちょっと……」
高校生たちが距離感をはかりかねて曖昧にそう答えると、女はそう、とうなずく。
「これなら、どう?」
女がゆっくりとマスクを外した。すると女の口は肉食動物のように耳元まで裂けていた。
「うわぁぁぁぁ?!」
「ぱ、パワードパワードパワード!」
男子高校生たちは口々に叫んで息を切らして走って逃げ出す。女はくくくっ、と笑った。
「パワードじゃなくてポマードじゃないかしら? どっちみち、私には効かないけどね」
そう言うと女は静かにまたマスクの紐を耳にかけてマスクを付け直した。
昭和、平成初期の怪奇と言われる口裂け女もまた、今の時代に生き残っていた。妖怪や都市伝説は人々から忘れ去られない限り、人々からの記憶や恐れ、忌避感、嫌悪感といった負の感情を存在する力の源泉として生き続ける。
特に今はインターネットのアーカイブや動画共有サイトの当時ものの動画などで若い人間にも知名度と恐怖を広げることができる。このデジタル化された情報時代において口頭伝承だけではなしえなかった存在の力を口裂け女も得ることができるようになっていた。
口裂け女は次のターゲットを発見した。トレンチコートを着た男性だ。男の方が素顔、耳元まで裂けた口への反応がよいことを経験的に女は知っていた。マスク美人効果だろうか。
女は男の後ろまで近づき、尋ねる。
「私、綺麗?」
男が振り返った。
「ん、なんです?」
「私、綺麗?」
女は繰り返した。
「綺麗じゃないですか?」
男は紋切り型にそう答えた。マスクの下で女はほくそ笑んだ。
「これでもぉ?」
女はマスクを外した。耳元まで裂けた口がにやり、と笑った。
ところが、男の反応はほかとは少し異なっていた。
「お、お仲間でしたか!」
「え?」
あっけにとられる女に、男はトレンチコートの前を開いた。ミケランジェロのダビデ像だった。言い方を変えれば、全裸である。
「ちょ、ちょっとあなた?!」
逆に口裂け女が驚かされる羽目になる。怖がらせるのも忘れて女は動揺する。
「俺、また何かやっちゃいましたかね?」
男が尋ねる。
「は、裸じゃない?! 何してるのよ!」
「何って……○○○をボロン! してるだけだが?」
「そ、それは人前で露出してはいけないものなのよ! は、早くしまいなさい!」
男は頭を掻いた。
「しまえと言われて即しまうようなら露出狂はやってないんだよなぁ……」
「そ、そうだろうけど!」
口裂け女がいくら驚かす側の怪異だとは言え、自分が驚かされる側になることは考慮に入っていない。ましてや、セクハラにや性犯罪に類いする行いを受けたことは当然ながら今まで皆無だった。流石に男性の性器を見ただけで動揺するほど生娘的に反応したわけではないが。
……どちらかというと口裂け女としては共感性羞恥に近い感じだったか。
「俺は○○○をボロン! し、君は耳元まで裂けた口元をボロン! する。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!」
「違うのよ!」
一緒にされて口裂け女は耳元まで裂けた口を尖らせて憤慨する。だが男は続けた。
「俺にはわかるぜ。あんた、驚かすのが好きなんじゃない……見せたがりなんだな?」
「え……?」
男の指摘に口裂け女の目が点になる。
「本当はあんた、自分の耳元まで裂けた口も好きなんだ。それをおおっぴらに見せびらかせないから、いつしか見せることが快感になってしまった」
「ち、違う! 私はそんなんじゃ……見せたがりじゃ……」
男の指摘に大きく動揺し口裂け女は後ずさる。男は口裂け女ににじり寄る。
「俺にはわかるぜ、あんたのマスクに隠した劣情」
「い、いや……」
「仲間じゃないか。一緒に本当の自分を曝け出して回ろうぜ」
「助けてー! 誰かー! ポマードポマードポマード!!」
口裂け女は抜けそうになる腰を必死に鼓舞して逃げ出す。
「あ、待ってくださいお嬢さん!」
「来ないでー!」
逃げる口裂け女。追う露出狂。弾む心臓、痛む脇腹、荒い呼吸。この日、初めて口裂け女は敗北を、そして路上で驚かされる恐怖を知った。もうこんなことはやめよう、そう固く誓ったのだった。
「──というのが父さんと母さんの馴れ初めだ」
「聞きとうなかったわそんな馴れ初め」
「ふふっ。あの頃の私は若かったわ」
「若いとかそういう次元じゃなくない?!」
了
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