100お題 第4話  お題「ほんとどうしようもない」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

https://hirarira.com/


こちらよりお題を頂戴しました。

お題:「ほんとどうしようもない」

2023年6月24日0:00~2023年6月25日23:59


 もう、どうしようもない。ほんとどうしようもない。

 冒険にトラブルはつきものだ。それゆえに、そのリスクマネージメントが重要になってくる。……のだが。

 俺はため息をつきながら、薄暗く湿っぽい落とし穴の底から地上を見上げた。青い空が深く掘られた土の壁の先に見える。落とし穴の深さは大の大人4人分くらいある。

 幸い、落とし穴の底に罠はなかったので落下の軽い打ち身で済んだが土壁のため登ることは不可能だ。爪を立ててもボロボロ崩れそうな弱い地盤。石壁のようには行かない。


 徹底的なコストカットこそが要。必要最低限を残し、無駄を削ぎ落とす。その上で利益を最大限に。最小の資本で最大のリターン。それが王国冒険者一の計算能力を持つ冒険コンサルタント、すなわち俺のコンセプトだ。

 今回、旅に出るに当たって俺は依頼主からの報奨金から得られる利益幅を少しでも大きくできるように依頼された冒険者集団からの依頼を受けて、マネージさせてもらった。

 まず、持ち物だ。準備は最小限。手荷物が多ければ多いほど体力の消耗は激しい。持って行って使わない荷物があればそこに「無駄」が存在すると言うことだ。

 荷物は一人につき麻袋一つ。同じアイテムを複数人が持って行くことは「無駄」だ。有事の際に使うアイテムは最小限に。危険に陥らないことが何よりのリスクマネージメントだ。


 次にギルドの有償サービスの見直しだ。ギルドは組合のことだ。依頼主から怪物退治やアイテム収集、洞窟の地図の作成など依頼をギルドが受け、こうして俺たち冒険者に斡旋している組織だ。そこで発生する依頼を受けるための手数料はどうしようもないからここは大人しく払おう。どうせ手付金自体は依頼者からもらえるのだから。

 薬草や鉤付き投げロープといった冒険必須アイテムを含んだ初心者お助けセットなどの冒険ギルドが関連職人組織と提携して売りつけようというアイテム類。これはコストカット!

 ギルドの保険も加入するとパーティの人数分保険料がかかるからやめておく。そのために僧侶をパーティに入れるのだ。解毒、回復、解呪、何でもござれだ。これで保険の加入も不要だ。

 最後にメンバーの選定だ。旅の人数が多くなればなるほど一人あたりの取り分は減る。すなわち、最低限の人数で旅をするのがよい。

 自分を数に入れないでどこまで人数を減らせるか考慮していく。

 戦うために戦士は必須だ、まず一人。

 回復、解毒のスペシャリスト、僧侶を入れて二人目。

 最後に地図の製作、テントの設営など屋外活動の専門家、レンジャーを入れて三人目。

 最後にこの私冒険コンサルタントが入り四人での冒険! これがもっともハイリターン。

 解錠や宝箱のチェックをするしか能がない盗賊はコストカット! アイテムの管理や動植物の鑑定と、学問ばっかりの頭でっかち学者様のアルケミストも不要! 呪文攻撃が得意な魔法使いは魔力が切れるまでしか役に立てないのでコスパが悪いので人員整理!

 ……こんなところか。


 ……しかし、実際はどうだ。冒険者たちからの事前申告に偽りがあったせいでこのていたらくだ!

 戦士は戦いのプロと聞いていたのに物理攻撃が効きにくい相手への対抗手段を用意していないぼんくらだった!

 僧侶は魔力がなくなったあとに魔力を回復する手段を持ち合わせていなかったため、魔力が切れてから完全なお荷物に!

 レンジャーは戦いはからっきし! 本当に屋外活動しかできないつぶしのきかないやつだった。 

 依頼主からの依頼通り、洞窟の奥深く、宝箱から魔法のアイテムを入手するところまでは俺たちは完璧だった。

 しかし、宝箱には罠が仕掛けてあった。僧侶がここで巨大な岩石が崩落してきて冒険から脱落。俺たちは宝を握って三人で帰路についた。

 洞窟からの帰り、全身が水晶でできた魔法生物の巨人、クリスタル・ゴーレムに遭遇した。攻撃魔法が効かないこの怪物に戦士はいたく苦労した。俺は戦士をおとりにして逃げようと提案し、レンジャーと二人で逃走した。

 しかし、このレンジャーはこともあろうか帰り道に毒サソリに刺されてしまった! 毒消し草は戦士が持っていたし、解毒できる僧侶はすでに挽肉になっている。俺は泣きつくレンジャーから魔法のアイテムを強奪し、走った。

 無事俺は一人で洞窟を出た! これで依頼の報奨金は独り占め、と思っていたところでこうやって落とし穴に落ちてしまったわけだ。

 俺はまた落とし穴の入り口を見上げた。初心者お助けセットをケチっていなければ、鉤付き投げロープがあったかもしれないが今更後の祭りだ。ひとまず、今この場で使えるもので脱出方法を考えなければならない。

 俺は手持ちのアイテムを麻袋から取り出し、落とし穴の底、地べたの上に並べ始めた。

 薬草。金貨。読むだけで火炎系の攻撃魔法が発動する魔法の巻物。解錠用の針金。地図の描かれた羊皮紙。水袋。包帯。


 ……待てよ! 俺は閃いた。可燃性の荷物をこの攻撃魔法の巻物で燃やして狼煙を上げれば、誰か気付いてくれるんじゃないか?! 煙が立ち上がれば、救助される可能性が高まる!

 そうと決まれば、早速燃やして狼煙を炊こう! 俺は燃やせる荷物を一カ所にまとめて、少し離れて巻物を開く。古代語を詠唱した後、最後の言葉を紡ぎ出す。

「燃えよ、ファイアボール!」

 火の玉がいずこともなく立ち上がり、狙ったとおり燃やせる荷物へ命中する! 荷物はごうごうと燃え始め、煙を放つ!

「やった!」

 思わず俺は喜びのあまり大きな声を出していた。


「ごほっ、ぐほ、うぇぇっ、けむい!」

 当たり前だが落とし穴の底にも煙が充満し始めた。

 燃やしたものによっては有毒ガスの発生の可能性などもある、と今更ながら気付いた。

俺は何でその可能性に至らなかったのか。俺はメンバーに加えなかったアルケミストの存在を考えた。科学の申し子、アルケミストであれば物質と自然科学に詳しく、物質を燃焼させるときの安全性にも詳しいはずだ。俺はコストカットした部分を少しだけ悔やんだ。

 幸い、けむいだけで済んだ。俺は煙から逃れるように落とし穴の端にうずくまり、救助を待った。


 ……体感、一時間くらい経っただろうか。火が消えてもまだ煙の匂いは穴の底に充満している。助けはまだ来ていない。

「くっそ……」

 思わず悪態が口をついて出る。貴重な冒険コンサルタントだぞ俺は。俺がこんなところで餓死するのは王国の損失だぞ。来い、誰かさっさと来い! 俺を救助しろ!

 そう考えていた矢先。

「おい! 誰かいるのか?!」

 不意に落とし穴の入り口の方から声がした。見上げると、髭のぼうぼう生えたまるでドワーフのようなオッサンが俺のことを見下ろしている。

「落ちたのか?! 無事か?」

 男は俺を気遣いつつ、高い穴の入り口から大声で呼でくれた。俺はすぐさま立ち上がり、叫んだ。

「おーい、助けてくれー!」

 ついに救助が来た! 俺は自分の幸運と持ち物だけでやりくりした自分の才能に感謝した。これで生きて帰ればまた立て直せる。違うギルドのコンサルタントになり、俺はまた生計を立てていける!

「あんたー、王国ギルドの保険は加入しているか?」

「……は?」

 男が叫んだ言葉に、俺は思わず間抜けな声を出していた。……そういえばあったな、そんな制度。リターンを考えたら不要だと思ってコストカットした部分だ。

「保険に加入していたら今すぐ救出できる! 保険証書を見せとくれ!」

 穴の入り口から男たちはそう言った。

「いや、持ってない! とにかく助けてくれ! 金なら出す!」

「あー……」

 男は困ったようにひげを触った。

「すまん! 王国ギルドの保険制度が形骸化するのでワシみたいなギルド正職員や王国兵士については保険未加入の者は助けられんのだ」

 男はそんなことを言い出した。俺の背に冷や汗が流れる。俺は叫んだ。

「そんなこと言わないでくれ! 金なら出す、頼む!」

「申し訳ない、ギルドも財政が厳しくてな、保険制度での収入は貴重な運営資金になっとるのだ。最近なにかとギルドのサービスを値切る輩が多くてな、困っとるのだよ」

 俺は絶望した。なぜなら、この冒険ルートはまだほとんど冒険者が入っていないルートだからだ。少しでも利益幅が大きくなるように、前人未踏のルートを選んでいたのだった。

 なるほど、地獄の沙汰も金次第、と言うやつだな。……真にコストカットされたのは、俺だったか。

「すまんねー! 規則で保険に加入していない冒険者を助けるわけにはいかんのだー! ま、他の一般冒険者が通りがかったら助けてくれるはずだ! じゃあな!」

 遠ざかっていく声に、俺は歯がみした。なぜかって、このルートは開拓者がほとんどいないのだ。それを見越して俺たちはここに来たのだから。最小の資本で最大のリターンを得るために。だから、きっと来ない。誰も来ない。

 もう、どうしようもない。ほんとどうしようもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る