100お題 第3話 お題「ありがちなおはなし」
腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト
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こちらよりお題を頂戴しました。
お題:「ありがちなおはなし」
2023年6月20日0:00~2023年6月22日23:59(体調不良につき24時間延長)
「ホームルームを始めるぞ。みんな席に着け」
ジャージ姿、角刈りの大男が教室へと入ってくる。二年A組、担任の大田原がそう告げると生徒たちは皆やや不満げではあったが言われたように着席する。朝補習を終えての休み時間であった。学友との話が盛り上がっていた者も多かったが実際予鈴は鳴ったのだから仕方ない。
「まずは中間考査と学祭の連絡事項からだ。中間考査二週間前になった。部活動、したい者も多いと思うがいつも通り中間考査二週間前から部活動は休止期間だ。自主練、などといってこっそりやらないように。管理の問題があるからな」
そこまで大田原が話したところでどたどたどたとけたたましい物音が廊下の方から聞こえてきた。それとほぼ同時に教室の引き戸がバーン! と大きな音を立てて開き、スライディングで一人の男子生徒が教室内へと滑り込んできた。びりびりとした振動が床を伝う。大田原の胸に掛けているホイッスルも揺れた。
「ギリギリセーフ!」
滑り込んできた男子生徒が球審のように左右に手を広げてポーズを取る。
「アウトだ、山内」
そう言うと教壇から降りて大田原は出入り口に入ってきた山内に向き合う。険しい瞳が山内を見下ろしている。
「朝補習はともかく、ホームルームに間に合っていないのだから完全に遅刻だぞ」
しかし、山内と呼ばれた生徒は動じない。彼は悪びれずに説明する。
「しかし先生! おばあさんが横断歩道を渡るのに荷物が多くて困っていたから手助けしていたから遅刻したんです!」
「流石に今時それは通らんぞ」
大田原は山内にかぶりを振った。
「だったらそのおばあさんとやらに証言してもらうところだろう。できるか?」
山内は答える。
「大体こういうとき、そのおばあさんが学校の関係者ということがあるじゃないですか! 理事長だとか、校長のお母さんだとか!」
山内の言葉に、大田原は頭が痛そうに眉間を指で押さえた。
「……くだらん言い訳は後で聞く。席に着け」
「えー、本当なのになぁ」
まったく残念そうに聞こえないあっけらかんとした口調で言いながらも、指示通り自分の席へと向かっていく。大田原はやや気疲れしたように嘆息すると再び担任日誌を開き、話を再開した。
「でだ。学祭についての連絡事項──」
教室は静けさを取り戻し、朝のホームルームは継続された。
一限目。片手にチョーク、片手にテキストを持ち大田原が解説する。
「この下人の『にきび』だがこれは現代と同じ、若者の特徴と言うことで……」
説明しながら大田原は黒板に「にきび」と書いた。
「老婆と下人が老人と若者という対比関係にあると考えられている」
今度は老婆、下人、と書きその間に矢印を書いて「対比」とチョークで記す。
「物語の最後では下人が冒頭の考えを改めて、老婆の身ぐるみを剥いで去って行くわけだが死を考えていた下人が『生きる』ことに考えを切り替えたことがわかるな。その一方で老婆は自身が『老い』の象徴であると同時に死体から髪の毛を抜いていたと言うことでまさしく『死』を強く感じさせる存在だ。全体的に陰鬱な作風ではあるが主題はまさしく『生きろ』。こういうと陳腐、ありがちなおはなしではあるが現代の作品にも通じるテーマと言えるだろう」
大田原の長い解説に船をこいでいるものもいるが古典となった作品に通じるテーマが現代に通じるものだというのは意外と皆興味を引かれたようだ。大田原は解説を続ける。
「たとえば文学作品なら『夏の庭 The Friends』『君の膵臓をたべたい』『バトル・ロワイヤル』、映像作品なら『おくりびと』『仮面ライダーアマゾンズ』、他に『100日後に死ぬワニ』『ぼくらの』と言ったサブカルチャーにも通じるテーマだ。芥川も晩年は自殺未遂を繰り返していたが生きることへの渇望は根底にあったのかもしれない」
大田原は若者にも分かるかもしれない、といくつかの作品を呈示したが実際にはジェネレーションギャップがあったようで頭上に疑問を浮かべている生徒たちが多かった。しかし、分かる者には分かるチョイスだったようで、自分たちの時代の作品と羅生門の共通点に思いを巡らす者たちもいた。
そのときだ。こんこん、とノックの音が引き戸に響く。
「大田原先生」
女性事務職員がそっと引き戸を開けて顔を出した。
「大田原先生。A組の山内くんという生徒にお世話になったとお客さんが職員室に来ています」
「なに?」
思わず大田原が怪訝な顔をする。大田原が山内の方を見ると、彼はにやにや笑いながら小さくピースサインを出していた。
「大田原先生のお母様だそうです」
大田原の目が大きく見開かれる。母が直接職場に来ているとなるとなにか一大事かもしれない。
「校長先生から許可が出ていますので先生、もしよかったら……」
事務職員の言葉に、大田原はううむとうなって教室を一瞥する。生徒たちの期待に満ちた眼差しが彼へと向いている。
「……しばらく自習しておけ」
大田原は釈然としない思いを抱えながら持っていたテキストを教壇に置いた。
「山内、一応お前も来い」
そう言うと大田原は山内と共に事務職員の後を追った。
「山内、悪かったな。お前が嘘の言い訳をしていると決めつけてしまって」
歩きながら大田原は山内に謝罪した。
「いいんです、だってお約束の言い訳みたいな話ですからね。先生のお母さん、お年を召していらっしゃるけど気品のある方ですね」
山内は怒った様子もなく答える。
「……山内。お前、俺の母だと知っていたんだよな。なぜ言わなかった」
「だって、ありがちな言い訳みたいなおはなしだと思いましたから」
山内はそう言って笑う。
「都会で頑張る息子、尋ねてくる年老いた母。その尋ねてきた母を交差点の横断で助ける知人」
「……そっちが、か?」
高校生なのにどこか悟ったような彼の言葉に大田原は珍しく厳しい仏頂面を崩してなんともいえない笑みを口元に浮かべた。
「まだなにかありがちなおはなしが続くかもしれませんよ」
山内はそう言って意味ありげに笑った。
「ごめんなさいねぇ、授業中に」
応接室には大田原が久しぶりに見る母親の姿があった。ずいぶんと若い時分苦労をさせたせいか、その姿は大分小さく見えた。
「母さん。用件を早めに」
そう言って大田原は小さいテーブルを挟んで母親の向かいに自らも座った。時分の体重でわずかに沈むソファのクッション。突然やってきた母にわずかな胸騒ぎを覚えながら。
「あのね」
母親が口を開いた。
「父さんが胃がんになったの」
その言葉ひとつ、大田原の頭を真っ白にさせるには十分だった。だが、それだけでは終わらない。
「お母さんたちね、大作には言い出せなかったんだけど……少し前に作業場から火が出て。工場は全焼してしまったの」
続いてまた背後から金槌で殴られたような衝撃が大田原を襲った。
父を蝕む病魔、工場の全焼。よもや、借金なども……? 大田原の背に冷たい汗が流れた。
父はどうなっているのか。大田原は聞くのが怖くて、こう切り出すのがせいぜいだった。
大田原は万感の思いで尋ねた。
思えば、工場を継ぐかどうかで大きな喧嘩を両親としたこともある。
大田原の父親は昔気質の職人社長だった。戦後焼け跡の中からバラック小屋を建て復興を手助けした祖父、そしてその祖父の仕事と遺産から町工場を作り高度経済成長に貢献した父。親子二代の家業は当然、一人息子の大田原大作にも期待されていた。
しかし、大田原の代にはすでに経済成長の時期は過ぎてしまっていた。いくつもの大田原家の取引先が不況から廃業し、あるいは業務継承を諦め、子、孫の代で違う仕事へと切り替えていった。
大田原家はこう考えると不器用だった、といえるかもしれない。ものづくりは次々と拠点の場を人件費の安い海外に移転していく中でかたくなに生産拠点を国内、大田原家の、町工場にこだわった。老朽化が進み、改装も繰り返したが近所の悪童たちにより「オンボロ工場」「おばけ屋敷」などと落書きされたこともあった。
加えて、平成の大不況である。元から自転車操業で回している中小企業は相当苦しいはずだ。そこに父の胃がん、工場の大火事。
大田原大作は家族のことは好きだったが正直町工場はもう時代にそぐわないと思っていた。大企業が大量生産する時代だし、国内生産は金がかかる。どうしても価格競争では勝負できない。家族に半分反対されながらも奨学金で大学に行き、こうして教職に就いた。
収入は安定していると言われる教職だがサービス残業を考えると時給換算ではどうしても割には合わない。土日も部活動で拘束される。
それでも大田原にとっては自分の力で得た仕事と居場所だった。家族に甘えたくなく、時分で道を選び、あの町工場から、家族から離れようとした。そして授業と生徒たちは今の生きがいだった。
今の生活と、家族の財産。大田原の心は揺れ動いた。
「……お袋、もしかして俺に教師を辞めて工場を継いでほしいと言いに……?」
大田原は断腸の思いでそう、尋ねた。
「いいえ。どうしてそう思うのかしら」
思ったよりあっけらかんと大田原の母は尋ねた。
「……え。だって、父さんががんだって……それに工場も火事になったんだろ?」
大田原はありがちなはなし、という山内の言葉を噛みしめていた。きっと山内はすでに母から聞いて知っていたのだろう、と。であれば、きっと教師を続けるかやめるか、家業を継ぐかどうかという話だと思ったのだ。
「父さんはね、ステージⅠAの胃がんだったから内視鏡で全部取り切れたのよ。もう数年は再発に気をつけて経過観察する必要があるけど」
母の言葉は大田原に肩すかしをさせるには十分だった。
「え……。じゃ、じゃあ工場は……?」
「工場? 工場はね、燃えちゃったけど保険に入ってて満額下りたのよ。そのお金で株を買ったらたまたまビギナーズラックで大分増えちゃって。父さんの治療費と建て直しを考慮してもプラスになったわよ」
大田原の顎が地面に着きそうな勢いで半開きになった。さっきまでの回想シーンと苦悩は何だったのか、と。
「じゃあなぜ今日俺の職場に……?」
大田原は至極当然の疑問を母にぶつけた。母は横を指さした。大田原が視線を向けると、大きな風呂敷包みがそこに見えた。確かに、これは運ぶのは大変だったに違いない。山内が手伝ったのはこれか、と大田原は母の方へと向き直った。
「……中身は?」
「おはぎよ。あんたの好きだった近所の和菓子屋さんのところの。株でプラスになったからね。五十個買ってきたからあんたの学級の生徒さんも一人一個食べられると思って」
「五十……!」
思わず大田原は絶句する。この少子化の時代、一クラス何人と思っているのだろうこの母親は。胃がんだの火事だの人騒がせと思いつつ、大量のおはぎという新たな頭痛の種が降ってわいた。
「よっ、大作。元気してるか」
そこへさらに大田原の母の後ろから、遅れてやってきた大田原の父が顔を出した。
「父さん?!」
「父さんの会社、倒産しちゃった。なんてな」
父の言葉に大田原は大いに脱力した。
「一度は言ってみたかったんだよな。こういうときでもなきゃ言えないし。ま、燃えただけで会社は無事なんだけどな」
年相応に老いてはいるけれどものんきな父の姿にわなわなと大田原は震える。
「ん? どうした、大作」
「こンの馬鹿親父ー!」
大田原の生徒指導で鍛えた拳がうなった。父めがけて。
「あなたー?!」
「な、何をするきさまー?!」
「うるさい! 心配させやがって!」
「お、大田原先生?! 暴力は駄目ですよ……!」
「俺にわび続けろ親父ぃ!」
「ぬわーーーー!!」
騒ぎを聞きつけてあわてて止めに入った教頭を巻き込んで応接室の喧噪は続いた。
「うーん、昭和な親子喧嘩。ありがちなおはなしかな」
廊下で全部筒抜けの状態で聞いていた山内はにんまりと笑った。大田原家に大事ないことと、自分の担任が教師を辞めなくて良さそうなことを微笑ましいと思いながら。
了
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