100お題 第2話  お題「個性。」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

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こちらよりお題を頂戴しました。

お題:「個性。」

2023年6月14日0:00~2023年6月15日23:59


 どんがらがっしゃーん、と派手な音を立てて階段を転げ落ちてきた幼馴染み、伊藤喜利耶の元に俺は慌てて駆け寄る。長い黒髪がうつ伏せに倒れ込んだ彼女の周囲に広がって貞子みたいになっている。

「キリヤ、大丈夫か?!」

 俺が声をかけると痛てて、と喜利耶は頭を痛そうに押さえながら起き上がった。

「あ、あははは……大丈夫だいじょぶ。花瓶は無事?」

 喜利耶は髪をかき分けて視界を確保し、きょろきょろと周囲を見渡し、視線の先に破損を免れた花瓶を確認する。

「おっしゃ! セーフ!」

 ガッツポーズを取る喜利耶に俺はめまいを覚えながら喜利耶にも花瓶にも大事なかったことに安堵の胸を撫で下ろす。音の発生源、周囲にぶちまけられた喜利耶の鞄の中身を俺は気にしながら喜利耶を抱え起こす。

「ほら、一緒に拾うから片付けるぞ」

「かたじけない……放課後にクレープの褒美を取らせて進ぜよう」

「いいから! 周り集まってきてるし!」

 流石に派手な音を立てただけあって、隣の教室や下の踊り場からも他の生徒たちが集まってくる。集まってきてなんだ、喜利耶か、と安心したように確認して去って行く。

「良純氏。今の花瓶救出劇は今度の生徒会役員選挙の得票につながるかな?」

 なんだよ、下心丸出しじゃねぇか、と俺は思ったが口には出さない。

「俺以外誰も見てなかったから票にはならねぇ。安心しろ」

「なるほど? じゃあ良純氏から一票ゲット!」

「ポジティブだな、おい?!」

 喜利耶の思考に呆れるべきか賞賛すべきか。そう思っていたところで予鈴が鳴る。

「む? 良純氏、教室まで競争だ!」

「あ、待て?! ……ええいっ、たく、もうっ……!」

 器用に鞄の中身を拾い集めて素早く起き上がり、長い黒髪と短いスカートをひらひらさせてダッシュする喜利耶。俺も慌てて彼女の背中を追った。


「今日のホームルームではあまり伝達事項はない。強いて言えば……」

 担任の大久保は体育教師どころか反社対策部門の警官くらいいかつくて威圧感がある。スポーツ刈りで厳しい彫りの深い顔、身長も百八十どころか百九十はあると俺はみている。数人くらいは殺していても驚かない風貌だ。

 しかし、大久保はそんな外見には似つかわしくなく日誌を開きながらやや目を泳がせながら言った。

「最近学生を相手にカツアゲが横行しているらしい。特に夕方の駅付近。気をつけるように」

 それ、強いて言えばどころか優先順位高いんじゃねぇか……? と思いながら俺は担任のあまり気のない注意喚起を聞いていた。


「川良。ちょっといいか」

 ホームルームが終わり、用を足しにいこうと廊下へ出たところで大久保に声をかけられる。俺も高校生としては背の高い方だが頭一つ高い大久保の見下ろす視線に一瞬気圧される。

「……なんすか」

 精一杯の虚勢を張り、俺は尋ねる。

「……お前のことだ。大体察すると思うが」

 そう言ったところで俺はわざわざ大久保がもっと大々的にすべき注意喚起を手身近に終わらせた理由を察する。

「……きりや」

 俺が小声でささやくと、大久保は俺の目を見てうなずく。大久保はその外見に似つかわしくなく、小心者のように周囲をきょろきょろと伺う。

「やつのことだ。きっと犯人を探しに、いや、犯人を退治しにいくだろう」

「……そうっすね」

「喜利耶から目を離すな」

「なぜ俺」

 担任からの過大な要求に彼は悲しそうに首を振る。

「……警察も喜利耶のことはお手上げだそうだ」

「国家機関がお手上げなのに俺には荷が重いんですが」

 幼馴染みと言うだけで、国家の犬すら尻尾を巻いて逃げる喜利耶の手綱を握れとは

「大丈夫だ、いざとなったら骨は拾ってやる」

「待ってください、これ世界観、学園もののはずですよね?!」

 逃げるように去って行く大久保。そして案の定、廊下に立ち尽くす俺のところに嵐を呼ぶ幼馴染みはやってくる。

「良純氏! 聞いたか? 夕方の駅付近、カツアゲが横行しているらしい。生徒会役員選挙に向けてポイントを稼ぐチャンスだ! スタミナを温存しておくんだな!」

「……ソシャゲの周回イベントじゃないんだぞ」

 俺は喜利耶の提案に大きなため息をついた。


 かくして! 私、喜利耶と良純氏は夕方の駅で待機している! うむ、暗がりが多くて犯罪にはうってつけだな! かくいう私も、この長い黒髪のおかげでステルス性能が高い!

「一人称の人の地の文を乗っ取るな! たく、油断も隙もねぇ」

 俺は喜利耶から地の文の主導権を奪い返し、街灯へと目を向ける。明かりが弱い。これが確かにカツアゲにはうってつけかもしれない。

 時間は夜七時半、ほどほどに往来はある。だが田舎の駅らしく、電車の到着時は下車する客で一時的に人の流れが増加するが乗車するために駅に集まってくる人の流れはまばらだ。特に、部活動を終えて駅を利用するためにやってくる学生は単独で下校している者も多い。

「お、見ろ良純氏!」

 喜利耶が指を指す方向。俺も視線を向けると、街灯から死角になる位置で二人の背の高い男子生徒が気の弱そうな女生徒を囲んでいた。

「行くぞ、良純氏! とうっ!」

 まるで特撮番組のヒーローのジャンプ時のような声を上げて、黒髪を翻して喜利耶が走って行く。

「ああ、もう……!」

 一緒に行かないわけにはいかない。俺も喜利耶の背を追った。


「やめてください!」

「よう、かわいい子ちゃん。財布出しな」

「そんでもって俺らと遊ぼうぜ?」

「い、いや……」

 見るからに小悪党が死亡フラグを立てつつ女子学生を脅している。俺は哀れな犠牲者に心の中で念仏を唱えつつ、ゆっくりと喜利耶とともに三人の方へと近づく。

「待て待て待てい!」

「なんだ?!」

 喜利耶がカツアゲ現場に乱入する。カツアゲ学生Aが振り向く。

「あ、伊藤さん!」

 カツアゲされそうになっていた女生徒の顔がぱああっと明るくなる。当然のように、対照的にカツアゲ学生Aとカツアゲ学生Bは露骨に面倒くさそうな顔になる。

「喜利耶か……」

「これ負けフラグっすね……」

 AとBは顔を見合わせてため息をつく。

「さぁ娘さん! 今のうちに逃げるんだ!」

「伊藤さんも娘だと思うけど……あ、ありがとう! 気をつけて!」

 そう言って女生徒はこの隙に、とばかりに学生鞄を持って駆け出す。

「悪党ども! この伊藤喜利耶が! 生徒会役員選挙のために成敗いたす!」

 そう言って喜利耶はカンフー映画のようなポーズを取った。

「……こんな下心見え見えの正義の味方いたっけなぁ……」

 喜利耶の前口上に一応喜利耶サイドの俺も疑問符を浮かべつつ、彼女の隣で身構えた。

「これ……わからせ展開に持ち込めばワンチャンあるか……?」

 カツアゲ学生Aが不穏な言葉を口にする。

「ああ……! この喜利耶の彼氏のNTR展開に持ち込むしかねぇ!」

「彼氏じゃねぇ!」

 俺がカツアゲ学生Bの言葉を否定すると同時に、喜利耶が地を蹴って駆け出す。戦いの火蓋が切って落とされた!


「喧嘩の基本! 相手の服や髪を掴めば行動を制限できる! つまり喜利耶、お前は弱点の塊だ!」

 カツアゲ学生Aが丁寧に解説しながら喜利耶を迎え撃つ。がしっ、とAは喜利耶の黒髪を束にして掴んだ!

「喜利耶、取ったど-!」

 ぐっ、と力を入れてAが喜利耶を引き寄せようと髪を引っ張った。しかし。

「って……ええええええ?!」

 まるでは虫類が脱皮するかのごとく、喜利耶の長い髪がそのまますっぽ抜けた。

「なんだこれ?! なんだこれ?!」

「ふふ、ウィッグだ」

 喜利耶が勝ち誇ったように言う。Aの手に握られている長い黒髪のウィッグ。相変わらず喜利耶は長くて美しい黒髪をなびかせ、月をバックに決め台詞を放つ。

「月に代わって──」

「い、言わせるかぁ! 安易なパロディものにさせてたまるかぁ!」

 カツアゲ学生Aはウィッグを投げ捨て、再び喜利耶の髪を掴む。そして力一杯引っ張った!

「喜利耶、取ったど-!」

 ぐっ、と力を入れてAが喜利耶を引き寄せようと髪を引っ張った。しかし。

「って……ええええええ?!」

 再びは虫類が脱皮するかのごとく、喜利耶の長い髪がそのまますっぽ抜けた。

「なんだこれ?! なんだこれ?!」

「ふふ、ウィッグだ」

「知ってる! なんで二重なんだ?! どうなってるんだ!」

 相変わらず涼しい顔で喜利耶はそこに立っている。

「これが生徒会長を狙う者の風格だ……」

「くっそ、そんな生徒会長聞いたこともねぇぞ!」

 喜利耶の言葉に憤りを隠せないカツアゲ学生Aの言葉。うん、俺もそう思う。

 もう大分戦意喪失している感はあったが、諦めないAはまたしても喜利耶に詰め寄った。そして喜利耶の長い黒髪を掴んだ。

「こ……今度こそ喜利耶、取ったど-!」

 ぐっ、と力を入れてAが喜利耶を引き寄せようと髪を引っ張った。しかし。

「って……また?!」

 しつこいが、は虫類が脱皮するかのごとく、喜利耶の長い髪がそのまますっぽ抜けた。

「……ウィッグか?」

「そう、ウィッグだ」

「……三重?」

「何重かはご想像にお任せする」

 やる気をなくして立ち尽くすカツアゲ学生A。しかし、喜利耶はそこを見逃さない。

「とうっ!」

 今度はかけ声をあげて喜利耶の方がカツアゲ学生Aへと詰め寄る。

「あ?! ぼ、暴力はだめだぞ! 今そういう規制が厳しいんだって?!」

 先程までの自分の行動を棚に上げてポリティカルコレクトネスを盾にAが悲鳴を上げる。

「安心しろ! 君は無力化させるに留めておく!」

 そう言うと喜利耶は先程自分が分離したウィッグを素早く拾うとぐるぐると高速でカツアゲ学生の周りを走り回った!

「うわぁぁ?! なんだこれ、なんだこれ?! 髪の毛の感触きもちわりぃ!」

 ウィッグで二重も三重もぐるぐる巻きにされてカツアゲ学生Aが悲鳴を上げる。そして両手を縛られた姿勢のため、Aはバランスを崩してその場に倒れ込んだ。

「ふっ、もう少しぐるぐる回るとバターになってしまうところだった」

 喜利耶が倒れたカツアゲ学生Aの隣でよくわからない勝利宣言をあげた。ま、少なくともカツアゲ学生Aはもう放置してもいいだろう。

「……君は自首でいい?」

「……はい」

 俺が確認するとすでに意気消沈していたカツアゲ学生Bは肩を落としたまま力なさそうに答える。喜利耶に逆らうのはちょっとね。俺もよくわかる。

 やがて、先程逃げ出した女子生徒の呼んだ警察と学校の教師陣が到着し、カツアゲ事件は無事収束した。

 

 生徒会役員選挙の当日がやってきた。俺と喜利耶は体育館のステージの脇で順番を待つ。各役職に立候補した生徒と推薦演説をする生徒が順番に所信を語っていく。

「ねぇ、私のいいところって何かな?」

 喜利耶の満面の期待するような笑顔。

「この正義を愛する心か? この見目麗しい美貌か? それともはたまた機転と機知に満ち溢れた知性か?」

 俺は喜利耶の推薦演説を頼まれていた。断ろうにも他に適任者がいない、ということであった。ただの幼馴染みと言うだけではなはだ横暴であろう。

「どうだ? 私の長所はどこだろう良純氏!」

 わくわくした様子で尋ねる喜利耶。俺は少々思案し、こう答える。

「個性、かな」

 そう、個性。俺はその言葉を反芻した。誰もお前がいれば退屈なんかしない。

「個性……? そうか? ふむ……。まぁ、今は多様性の時代とも言うしそれもいいのかもしれんな!」

 かっかっかと喜利耶は笑う。こいつ、相当個性的だという自覚がねぇ!

「……少なくとも賑やかで、充実した高校生活が送れることは保証されるだろうな」

 俺がポジティブに伝えると喜利耶は珍しく殊勝な表情になる。普段は勝ち気な黒い瞳が少しだけ不安げに俺を見上げている。

「……ふむ? ということは良純氏はこれからも一緒にいてくれるのか?」

「……他にお前の手綱を握れるやついねぇだろう」

 この町の国家権力が見放しているのだ。世界平和のためには俺が犠牲になるしかない。

「……ふふ。ならば、よし!」

 俺が言うと喜利耶が満足げに笑った。いつもの勝ち誇った顔より、ちょっと心なしか嬉しそうに見えた。

 もうすぐ、俺と喜利耶の所信表明演説が始まる。

「……しまった。カンペを忘れてきた」

 そう言って喜利耶は教室に戻ろうとする。もう次だぞ。

「あ、ちょっと待て、喜利耶!」

 俺はつい反射的に、手ではなく喜利耶の髪を掴んでしまう。するとは虫類が脱皮するかのごとく、喜利耶の長い髪がそのまますっぽ抜けた。

「なんだこれ?!」

「ふふ、ウィッグだ」

「知ってる!」


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