腹を空かせた夢喰い 100のお題ワンライ

<牙と鎖>

100お題 第1話  お題「楽しくて死んでしまうわ」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

https://hirarira.com/


こちらよりお題を頂戴しました。

お題:「楽しくて死んでしまうわ」

2023年6月11日0:00~2023年6月12日23:59


「デスゲーム、などというと極めて陳腐ですが生き残りをかけて参加者が見せる命の輝き、そう言い換えるととても高尚なものに見えましょう」

 シルクハットの男がワイングラスを傾けて言う。黒いシルクハットから覗く髪は対照的に白い。男はワインを美味そうに一口呑むとグラスをテーブルに戻し、満足げに髭を触った。そして片方はモノクル越しの視線をワイングラスからモニターへと移す。

 複数のモニターには「参加者」たちが映し出されている。ある者は他の参加者から隠れており、ある者は武器を手に取って他の参加者を捜し回り、またとある者はすでに「脱落」した者から少しでも使えそうなものはないかと遺体を物色していた。

「ふん、悪趣味なこった」

 相変わらず楽しそうにモニターを観ているシルクハットの男に別の人間が悪態をついた。今度は幾分かは若い男である。とはいえ、老齢に入ったシルクハットの男より、という程度である。

「妹尾君。君もこのゲームに乗っているのだろう。悪趣味、はないのではないかね」

 シルクハットの男は大して咎める気もないようにほっほっと笑う。それを受けてまた若い男の方は気に入らなさそうに鼻を鳴らした。

 こちらの男は概念から察すると壮年期を中ほどまで生きているくらいの年齢だ。角刈りに刈り上げた短い髪、浅黒い肌。他人を悪趣味とは言っていたが成金的な金のネックレスとうさんくさい水晶のブレスレットをしているため「悪趣味」という言葉の上ではどっちもどっちといった感じかもしれない。

「俺は金が必要なンだよ。たまたまこの『ゲーム』とやらのオッズがよかっただけだ」

 そう。生死をかけて生き残りをしている「参加者」たちと違ってこのモニターで観ている側の人間、「観戦者」は誰が最後まで生き残るかの賭けに興じている。そこに莫大な金が動いているのは裏社会の一部でのみ知られる現実だった。

「あら? ローマの時代、グラディエーターたちを戦わせて貴族たちは大いに楽しんだそうよ。人間の性根など昔から下衆なものではないかしら」

 金髪の女がそう言ってタバコを唇から離すと、ふっと煙を吐いた。妹尾と呼ばれた男は煙の匂いにあからさまに不愉快な表情をしたが視線をモニターに戻した。

「……あんたは誰に賭けてンだ、飯島さんよ」

 金髪の女は飯島と言うらしい。少し目にかかった前髪を手で払いながら、彼女は答えた。

「……ドローに二千万」

 その言葉に、シルクハットの男も妹尾も目を丸くした。もう一人、その場にいた顔色の悪い男も同様のリアクションだった。

 ワンテンポ遅れて、三人は大笑いを始めた。

「引き分けか! これは傑作だね! 確かに、一番オッズは高いだろうけどよ!」

 顔色の悪い男は顔に見合った気持ちの悪い声でけたけたと笑う。わかめのような、波打って脂ぎった不快感を感じさせる前髪がべったりと揺れた。

「飯島サン。ドローが単勝や三連単より圧倒的倍率の高い……原則総取りなのは有名だ。だが、ドローなんてものはよ……この『ゲーム』始まって以来、規定はあっても起きたことはないんだぜ?!」

「東の言うとおりだぜ。飯島さん、賭けを知らなすぎるぜ」

 妹尾が珍しく東に同調する。普段二人は犬猿の仲であるが、この二人の意見が合うくらいその事実は揺るがないもののように思われた。

「そうだよ、飯島君」

 シルクハットの男がひとしきり笑った後、話し始める。

「ドローの条件。それは心肺反応も含めて同時に全参加者が死亡状態になること。相打ち、あるいは時限式爆弾での爆殺を選んで複数人が同時に死ぬしかあり得ないのだよ」

「あら、山崎様。主催者である貴方がお忘れとは珍しいですね」

 飯島がそう言うと、シルクハットをかぶり直しながら山崎は少し不愉快そうに眉根を寄せた。

「……私はこのゲーム開始以来、すべての回の『ゲーム』と『参加者』を記憶している。ましてや、私が忘れるルールがあるわけ……」

 山崎の言葉をゆっくりと遮りながら、飯島は口を開く。

「『ゲーム総則十五条第三項。もし、自然災害以外のなんらかの原因でゲーム興業自体が継続困難になった場合』……」

 飯島の言葉を受けて、山崎は続きを紡ぐ。

「『現在進行中のゲームの停止を宣言し、そのゲームでドローを予測していた観戦者が賞金を総取りとする』……か。有り得ん、有り得んね! これは予想外のことが起きたときの条項。ゲーム総則十五条第三項にあるように通常、その『ゲーム』が中止になった場合は主催者の総取りとなっておる。無論、この儂のね」

 山崎がそう答えた瞬間、銃声が響いた。山崎はもちろん、妹尾と東もすぐにモニターの方に向き直る。

 モニターの中では、次の犠牲者が出たところだった。支給された旧世代のガバメントが銃弾を放ったらしい。銃を構える参加者、肩の傷口を押さえてうずくまる別の参加者が映し出されている。

「ほら、見ろよ。オッズ一位のスティーブだ。脱落しそうなジョンストンはオッズ七位だから箸にも棒にも引っかかりそうにねぇがな」

 そう言うと妹尾はすっかりぬるくなったビールをまずそうにあおった。

「飯島サン。妹尾サンの言う通りですよ。こうしてゲームは滞りなく進行しています。参加者もジョンストンが消えれば残り十人になります!」

 東はエキセントリック喜びを表現する。彼の賭けた参加者はまだ生存中なのだ。

「ガバメントが人の命を奪う瞬間は今ではスナッフフィルムの中でしか見られなかったからのう。こうして推し武器が活躍するのを見るのはいいものだ。……残念ながら飯島君の二千万は他の方のものになりそうだね。……んっ?」

 楽しそうにモニターを見ていた山崎は顔をしかめた。画面の中、銃を構えたスティーブが監視カメラの方に向き直っていた。ジョンストンにとどめを刺さず放置した状態で。

 そして銃が監視カメラに向けられ、銃声。監視カメラの映像は砂嵐になった。

「……監視カメラを壊すやつは珍しくねぇがなンで今なんだ?」

 妹尾が興を削がれたように言う。

「ず、随分と余裕だなぁスティーブサン。ジョンストンサンにとどめを刺してからでもいいのに」

 東もそういった次の瞬間。

 同時、多発的に他の監視カメラの映像でも同じようなことが起こる。ゲームの「会場」内、各地に設置してある現在参加者が映し出されている映像。映っている参加者たちがタイミングを合わせたように同時に各の武器で監視カメラを破壊しにかかった。

「な?!」

 山崎の顔が驚愕に歪む。そしてまた、銃声が響いた。

 妹尾が床に倒れた。銃声は監視カメラの中ではなく、観戦者たちの部屋の中。

「飯島サン?! ぎゃっ」

 逃げようとした東も脳天を打ち抜かれて血だまりに沈む。

「ば、馬鹿な?! 持ち物チェックは?! け、警備は!」

 慌てふためく山崎に、飯島は言い放つ。

「誰も、来ないわよ」

 山崎は思わず後ずさる。何も映さなくなったり、砂嵐だけを映し出したりしている用を足さなくなった複数のモニターを背に。

「感謝はしないけれど、アンタのおかげで銃も使えるようになったわ」

 そう言って飯島は顔につけていた特殊メイクの皮膚を剥いだ。その頬には大きな傷跡が見えた。山崎の顔色が変わる。飯島というのは偽名で彼女が経歴を隠してここへと入り込んでいたことは明白だった。そして、その顔に山崎は見覚えがあった。

「お、お前は……! 第七回開催ゲームの勝者、クリス……!」

「へぇ、本当に全員覚えてるみたいね。ちょっと感心するわ」

 そう言って飯島は銃を構えた。

「頼む! 金はいくらでもある!」

 山崎の陳腐な命乞いに、飯島は鼻を鳴らす。

「ちゃんとガバメントにしてあげたわ。好きなんでしょう、これが人を殺すところ」

「待ってくれ! 話せばわかる! 話せば……」

 銃弾が放たれ、山崎も物言わぬ骸になる。銃弾で割れたモニターの破片と血の海へと山崎は沈んだ。


「待たせたわね、長い間」

 そう言って飯島……クリスは胸元から古い写真を取り出した。飯島とは違って、若い、男の写真だった。

「……ここに入り込めるようになるまでずいぶんとかかってしまった」

 そう言うと、金髪の女は自分がかつて「ゲーム」の中で勝ちを譲ってもらったその恋人のことを思い出した。クリスは床に写真を捨てた。はらはらと揺れて写真は血溜まりの上に浮いた。じわじわと写真へと誰のものともわからぬ血液がしみこんでいく。

「生き残りゲーム。まったく、楽しくて死んでしまうわ」

 女は、こめかみに銃口を押し当てた。


 床に落ちた銃口から硝煙が上がった。


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