第1話(後編)母さん、就労条件が思ってたのと違うけど俺は頑張ってます。

「早速だけど、夕飯を作ろうと思う」

「ちゃんとした物を作らないとただじゃおかないわよっ」

「分かってる。それに実家にいた時は自分の事は全て自分でやっていたんだ。自炊もそれなりのスキルがある」

「言っておくけど、3人いるのよ? 好き嫌いとかちゃんと確認してから……」

「このメモの情報は確かか?」

「は? メモ?」


いつの間にリビングのテーブルの上に子供の字で書かれたメモが置かれていた。


「千石澄香、アレルギーは特に無し。ピーマンとにんじんが嫌い。子供みたいだな」

「はぁ⁉︎ 何よ、そのメモッ」

「確かに澄香は昔っからピーマンとにんじんが嫌いだなっ」

「黙りなさい、おたまっ」

「猫野環、アレルギーは特に無し。苦手な食べ物は特に無し……楽だな」

「私は雑食だからなっ」

「あんた、ジャングルでも生きてけそうよね」

「織原衣都。アレルギーは特に無し。辛い物が食べられない」

「当たり。私は甘い物が好き……」

「衣都の場合甘い物食べすぎだけどね。体に悪いわ」


とりあえず、千石さんと織原さんの嫌いな食材を使わないようにしてレシピを毎日考える必要がある。


「とりあえず、ハンバーグにするか」

「お、肉なら大歓迎だぞっ」

「ハンバーグなら世の中のみんなが好きな料理だものね。楽してるわね」

「う、うるさい。まずは定番からってやつだ」

「私のは小さめでお願いします。私、少食で」

「私はハンバーグ大きめ、ご飯も大盛りでなっ」

「織原さんは少食、猫野さんは大食いっと」

「大食いと言われるとちょっと恥ずかしいなっ」

「あんた達、あっさり男の寮監を受け入れるのね」

「学園長の命令だからなっ」

「私は……寮にいても部屋に引き篭もりがちだから人が増えても関係無い」


やっぱり千石さんだけ俺を拒んだままだな。


「あの……食べたい物があればいつでも言って」

「は? 私が今迄どれだけの高級料理を食べてきたとでも? 庶民の作る料理なんかに期待してないし」

「そういう見下した言い方する人なんだな、千石さんって」

「うるさいっ!」

「あ、スミちゃん……」


仲良くなれる自信が無い。


何が女神様だ、庶民をバカにしてるじゃないか。


「ごめんなさい。スミちゃん悪い子じゃないの」

「ああ。澄香は私達以外には一切心を開かないんだ。他人がいきなり入ってきて戸惑ってるに違いない」

「君らは俺に出て行って欲しくないのか?」

「私ら全員家事が壊滅的でな。寮監が要るのは事実なんだ」

「スミちゃんは料理してて火事起こしかけたし……」

「それ家事出来ないの範疇超えてるな」

「私はお掃除が苦手……」

「私は料理は簡単な丼ものなら出来るぞっ」

「でもがっつりしすぎてスミちゃんも私も食べられない……男の料理すぎて」

「私は男のように父に育てられたから仕方ないっ」


個性的な3人なんだな。


「このメモ、座敷童子が書いたのか?」

「私達の事をいつの間に把握してたんだな」

「不思議な子だよね」

「とりあえずお礼の手紙は書いとくか。ありがとう、たすけてくれてっと」

「さーてと、私は鍛錬に戻るとするかっ」

「私はゲームするの」

「出来たら呼ぶからな」

「うんっ」


2人とは気兼ねなく話せるけど、問題は千石さんだな。


「わあ、ハンバーグ美味しそう……」

「おぉ、これはちょうど良いデカさだ! やはり肉はたくさん摂取せねばなっ」

「あの……千石さんは?」

「私がスミちゃん呼んでくる」

「本当に衣都は澄香が大好きだな」

「みんなは昔からの知り合いなのか?」

「幼馴染だなっ。家同士繋がりも深くてな。ほら、妖の家系だから」

「ああ、そうなんだ」

「だから、澄香が悪い奴じゃない事は私も衣都もよく知ってるわけだ」


3人は昔から仲が良いのか。


「スミちゃん、一緒にご飯食べようね」

「衣都がそんなに私と一緒に食べたいって言うなら仕方ないわっ」


やっぱり捻くれた子だな。


「さあ、頂くとしようかっ」

「いただきます……」

「いかにも庶民って感じの料理ねっ」

「一言多いな、千石さんは」

「まあ、食べ物を粗末にするわけにはいかないから……いただきます」


どうだろう。


弟や母以外に料理を振る舞うのは初めてなわけだが。


「うまーっ! 肉汁じゅわってしたぞっ! 藤原っ」

「美味しい。少食の私もこれならたくさん食べられそう」

「小さく作りすぎたか? 一応もう一個あるけど」

「食べる」


猫野さんと織原さんには気に入って貰えた!


「何よこれ、私を食べ物で手名付ける気? 狸は犬とは違って簡単に食べ物でつられないんだから……」

「スミちゃん、美味しかったんだね?」

「はぁ⁉︎ 私が満足するわけ……ないし」

「澄香の美味しいって思った時の顔を私はよく知ってるぞ!」

「え、演技だしっ! 狸は人を欺く生き物なのっ」

「嘘つく時のスミちゃんのお顔もよく知ってるよ?」

「あぁ、もう! あんたらだるい!」


幼馴染って全てお見通しなんだな。


「千石さんに気に入って貰えたなら良かった」

「き、気に入ったなんて一言も言ってないんだからっ!」

「あ、またスミちゃん狸になっちゃった」

「最悪ーっ!」


とりあえず3人の舌に合う食事を初日から作れたのは良かった。


「あんた、お風呂は一番最後に入りなさい! 従者の立場なんだから」

「それはもちろん」

「男の後に入るとか無理すぎるからっ」

「今、世の父親の気持ちが痛い程分かった気がする」

「は?」


まあ、俺には父親なんていないんだが。


「この寮で一番偉い千石澄香さんはどうぞお先に入ってください」

「あら、わかってるじゃない!」


ドヤ顔腹立つな。


学園のアイドル扱いされてる千石澄香がこんな人間だなんて学園の奴らは信じないんだろうな。


「疲れねぇの? 学校で全く違うキャラ演じて」

「違うキャラクターを演じれば自分の感情を外に出せるってわけ。狸化も避けられるの」

「感情に左右されるんだっけか、変化は」

「おたまは日々剣道で精神統一してるし、衣都は人との関わりを避けてる。私達は私達なりのやり方でうっかり変化しないよう生きてるわけ」


妖って大変なんだな。


「約束する。絶対に秘密はバラさない。バラしたら俺の息の根止めてくれていいから」

「私達の正体の事一切引かないのね」

「動物好きだし」

「変な人」

「俺は……もう家には戻れないから。ここで卒業までの間生活させてもらう」

「ま、ヘマしない限りは大目に見てあげる」

「千石さんに認めて貰えるよう頑張るから」

「は? 一生認めない!」


やっぱりか。


「朝はあんなに親切にしてくれたのに」

「あれは演技だもん! でも……」

「ん?」

「庶民庶民ってバカにして悪かったわね。あれは良くなかったって自分でも思ってる」


ーーだから、澄香が悪い奴じゃない事は私も衣都もよく知ってるわけだ


猫野さんの言う通りだったな。


「学園での姿より今の千石さんのが俺は良いと思う」

「は?」

「うっかり狸に変身したり、捻くれてる方が人間くさくて面白い」

「この私を面白いですって⁉︎」

「お風呂先に頂く」

「あーっ! おたまに先越されたじゃない! バカッ」

「話しかけてきたのはそっちだろ」

「あんたが私を引き離してくれないからだしっ」

「お前、学園の男みんながお前を好きと思ったら大間違いだぞ」

「はぁ? 超絶失礼な発言!」


何でだろ、俺だけは千石澄香に騙されてたまるかって気持ちでいっぱいになる。


「スミちゃんと藤原くん、仲良しさんなった?」

「なってないっ! 何言ってるのよ、衣都!」


ツッチーに話しても信じて貰えないんだろうな、本来の千石澄香の性格を。



「連絡遅くなってごめん。早速バタバタしちゃってて」

「良いのよ。寮はどんな感じ?」

「まあ、設備は整ってるし労働条件にちょっとした不備があったけど何とかやるよ」

「大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。学園には伯父さんもいるし」

「なら良いけど……無理はしないでね。いつでもうちに帰って来て良いんだから」

「ありがとう」


家事を全て済ませると、俺はようやく母に電話をした。


母さんには絶対心配かけないって決めた。


だから、俺は自分の事は出来る限り自分で何とかする。


さて、風呂入るか


3人娘が風呂から出てきたのは確認したし。


「大浴場だな。ホテルかよ……」


無駄に広い大浴場に俺は戸惑う。


うちのアパートはやったら狭い風呂だったからな。


よく湊也と一緒に入ってたっけ。


あいつを一度くらい大きな温泉に連れて行ってやりたかったな。


だめだ、過去に……思い出にするって決めてあの家を出たのに。


こんなんじゃあいつずっと成仏出来ないって。


母さんも俺も乗り越えるのに時間がかかりすぎてる。


「お兄ちゃん、僕……生まれ変わったらまたお兄ちゃんの弟になりたい」

「生まれ変わるとか言うなよ。諦めんな」

「でも毎日どんどん身体が苦しくなるんだよ? もう無理……なんでしょ」

「湊也……」

「僕が病気で苦しむ姿……これ以上お母さんとお兄ちゃんに見せたくないよ」

「治してくれるお医者さん、探すからっ。だから頼むからそんな事言わないでくれよ」

「僕……お兄ちゃんを泣かせてばかりだね」

「お兄ちゃんが絶対絶対何とかするからっ」


生まれ変わり……か。


もう3年になるし、あいつは生まれ変わってんのかな。


生まれ変わったあいつに会えたら安心出来るのに。


もう弟じゃなくなってても違う人として生きる未来で幸せかどうかだけ知れたらな。


「ちょっと! いつまで入ってるわけっ! 歯磨きたいんだけどっ」

「わ、悪い! すぐ出るっ」

「のぼせても助けてやんないからね、私は!」

「あの女……どこが女神様だ」


納得いかね……。


「お待たせしました、お姫様」


風呂から上がると、リビングのソファーに寝転ぶ千石さんに声をかける。


「は? 誰がお姫様よ? 女王様と呼びなさいっ! 私は姫より上の位なんだからっ」

「どういう羞恥プレイだよ。何で俺が狸を女王扱いしなきゃいけないんだ」

「言っておくけどパパに言ったらあんたなんていつでも退学に出来るんだから。私の家がどれだけ学園に寄付してるとでも?」

「権力に物を言わせる典型的な嫌な金持ちだ」

「いつか絶対寮から追い出すわ!」


こうして俺の寮生活1日目は幕を閉じた。


「くっそ疲れたな」


ベッドに入ったらすぐに眠りに落ちた。


眠りについている間、誰かに頭を撫でられた気がしたけど夢だったんだろうか。


もしくはまだ会っていない座敷童子か……?


「はぁ、ねっむ……」


寮監となった俺の朝は早い。


洗濯、朝食作り、弁当作りと多数の家事をこなす必要があるからだ。


「し、下着は後から私達の方でやるから……」

「別に母さんの下着を洗濯して干した事あるから問題無いが? 見慣れている」

「見慣れてるかの問題じゃないのっ! 私達は思春期なんだからねっ」

「私はスポブラだから一向に見られても構わないが?」

「おたま、あんたは女やめすぎっ」


下着だけ彼女達の管理下になった。


まあ、それは仕方ない。


「朝ご飯パンケーキだ……」

「織原さんは甘いのが好きだったな」

「フルーツと生クリームたくさん欲しい」

「分かった」

「朝からこんな物食べたら太る!」

「私は朝はプロテインのみと決めている」

「わがままな連中だな……」


メニューを分けるべきなのか?


「私……二人と美味しいものは共有したい。だめ?」

「衣都が言うなら仕方ないか」

「うむ。衣都の為ならばな」


この寮で一番偉いのって実際は千石さんじゃなくて織原さんなんじゃ?


「美味しいです、シェフ」

「ああ、良かった。ありがとう」

「毎日これが良い」

「それは健康上の問題で無理かな」

「残念」


やっぱり甘い物大好きなんだな、織原さん。


「テレビつけるぞっ」

「そろそろ動物コーナーが始まる時間じゃない?」

「お前らも動物だろうが」

「あっ……」


猫野さんがテレビをつけると、見覚えのある中年男性が映っていた。


「本日のゲストは織原匡平さんです」

「よろしくお願いします」

「お父さん……」

「えっ? 織原さんのお父さん?」

「すまない、衣都! すぐにチャンネルを変えるぞっ」

「動物コーナー見ましょ? 衣都」

「ごめん……先に学校行くね」

「あ、衣都っ」


父親の顔を見た瞬間さっきまで嬉しそうだった織原さんの表情は一変していた。


「まさか朝から織原匡平が出てるなんて」

「しくじってしまった」

「あの……」

「あんた、衣都の前では衣都の家族の話したり、写真出すの禁止だからね」

「えっ?」

「あの子がピアノをやめた噂くらいなら知ってる?」

「ああ、ツッチーから聞いた」

「その事であの子、家族に見放されてるの」


見放されてる?


「私達は衣都が心配だから一緒に暮らしてるの。あの子は繊細な子だから」


3人の絆が強固である事はよく分かった。


どうして家族なのに見放すんだ?


ひどい話だ。


「おはよう、シュウ!」


登校すると、先に来ていたツッチーが出迎えた。


「おはよう、ツッチー。あのさ、織原衣都って何組か知ってる?」

「C組だけど何で?」

「お、親が昔ファンだったらしくてサイン貰おうかなって」


誤魔化せたか?


一緒に暮らしてるのは絶対に秘密にしろって学校行く前に千石澄香に強く言われたんだった。


「やめとけやめとけ。中等部で同じクラスだった事あるけど、誰とも一切話さないし……人を寄せ付けないって」

「えっ」

「クラスでもかなり浮いてたぜ? 美少女だけどかなり変わっていて千石さんや猫野さんみたいな話しやすさは無いな」


千石澄香はキャラを作ってるし、猫野さんは話しやすい人だもんな。


でも、C組か。


昼休みに行かないと!


何故ならお弁当を忘れて学校を出てしまわれたので。


「おはよう、土屋くんに藤原くん」

「せ、千石さん! お、おはようございます」


うわ……。


千石澄香はアイドルのような笑顔で俺達に挨拶をする。


「おはよう」


さっき会ったけど。


「やっぱり千石さん尊い……今日も可愛いっ」

「そ、そうか……? 俺にはよく分から……」


俺が言いかけた瞬間、千石澄香は俺を睨みつけた。


「どうした? シュウ?」

「ツッチー、女を見る目は養った方がいい」

「は? それはお前だろ!」


俺は騙されない、絶対に!


千石澄香を可愛いだなんて思ったら負け。


「C組……ここか」


昼休みになると、すぐに俺はC組へと向かう。


織原さんは教室で本を読んでいた。


やっぱり他人と関わりを持たないって本当なんだな。


でも、お弁当を渡さないと!


「織原さん!」

「えっ……」

「は、話があるんだけどっ」


俺が織原さんを呼んだ瞬間、クラス内がざわついた。


「あいつ、織原さんに告白か?」

「度胸ある奴だな。振られるに決まってるのに」


あ、まずったわ。


「ちょ、ちょっと来てっ」

「あ、織原さんっ」


織原さんに手を引かれ、その場を離れた。


「あ、あんな目立つ事……やめて欲しい」

「ごめん! でも、お弁当忘れて行ったから」

「お弁当なんて気にしなくていいのに」

「だめだ! 織原さんの為に作ったんだから」


俺と織原さんは中庭で話す。


「変な誤解されたけどいいの……?」

「ああしなきゃ渡せなかったし。俺、3人の連絡先知らないし」

「寮監なのにだめだめ……」

「そうだな。でも、千石澄香が教えてくれるとは思わないし。その……自分から女子に連絡先を聞くなんて恥ずかしいだろ」

「恥ずかしい……?」

「お、男はそういうもんなんだって」

「可愛いとこあるんだね。いいよ、私の連絡先教えてあげる」

「えっ、良いのか?」

「よ、呼び出される方が恥ずかしい……」


織原さんとは無事連絡先を交換出来た。


そういえば、さっき男子達が織原さんに告白する男子は珍しいって。


「ああやって呼び出される事無いのか?」

「私と関わりを持ちたがるのはあの二人だけ。私は暗いし……澄香ちゃんや環ちゃんみたいに可愛くないもん」

「織原さんだって美少女だと思うけど」


美少女だってツッチーも言ってたし。


「私は……あの二人と違って失敗作なんだって」

「誰がそんな事を?」

「お父さん」

「ひどい事を言うんだな」


父親なのに。


いや、俺も父さんにはひどい事されたんだった。


「私ね、ピアノが大好きだったの。小さな頃は弾くのが楽しかった。だけど、上手くなればなるほど賞を獲るのが義務になってきて……ステージで弾くのが怖くなったの」

「プレッシャーで大好きなものが嫌になったんだな」

「うん。一回入賞出来なかった時、お父さんがすごく怒って徹夜で私に指導して……その後のコンクールで怖くて怖くてステージ上で吐き出しちゃったの」


父親を恐怖の対象として見る理由はそれか。


「もしかして……」

「うん、蛇化しかけて……その後たくさんお父さんに怒鳴られて。お母さんやお兄ちゃんからもたくさん……きつい事を言われたの。失敗作だって家族みんな思ってる、私の事。だから、私は逃げたの」


そんな傷ついた織原さんを見ていたからあの二人は一緒に住む事にしたんだな。


「逃げた事を気にしてるのか?」

「スミちゃんも環ちゃんも親からたくさん期待されて頑張ってる。なのに私みたいな逃げた人間を心配してくれて……私は二人とは違うのに。二人といるとたまに劣等感を感じる自分がいて嫌になるの」


でも、二人といる事で織原さんがこれ以上傷付かずに済むのも事実なんだろう。


「でも、大好きなものを嫌いになっちゃうって苦しいしすごく辛いと思う」

「それはそう」

「逃げた事、二人は責めてないだろうし……織原さん自身の精神を守るには逃げるのが一番だと俺は思うけど」

「そうなのかな?」

「うん。まあ、家から逃げた俺が言うなって話だけど……」

「家から逃げたの?」

「母さんと二人で暮らしてたんだけど……母さんと二人でいると弟の話ばかりになって辛くなってさ。弟の死を乗り越える為に家を出てきた」


本当なら母さんの側にいて支えなきゃいけなかったんだろうけど……俺自身もそこまで気持ちに余裕が無くて。


家にいるとずっとあいつを思い出してどうにかできたんじゃ無いかって後悔でいっぱいになる。


「藤原くんも逃げて来たんだね」

「だめだよな、俺」

「私も藤原くんもだめだめさんだ」

「でも……自分を守る為の逃げだから。精神が壊れるくらいなら逃げた方が良いかなって俺は思ったから」

「ありがとう。さっきまでお父さんの顔たくさん浮かんで苦しかったけど、ちょっと気が楽になったよ」

「なら、良かった」


でもこんな事俺に話してくれるなんて。


「お弁当……美味しい。特に唐揚げ」

「ありがとう」

「藤原くんは食べないの?」

「あ……自分の弁当作るの忘れてたっ」

「今気付いたの?」

「購買行ってくるっ」

「仕事一生懸命なのは良いけど自分の事は忘れちゃだめ」

「すみません。偉そうな事言ってこのザマ……恥ずかしい」

「ちなみに私に告白したって学園中でもう噂になってると思う」

「追い討ちやめて!」


今日は恥をかきまくる日なのか? 俺。


「こんな話したの君が初めてだったよ」

「俺に話して良かったのか?」

「うん。何で君には話せたんだろ。よく分からないけどね」


すっきりした表情してる。


「話してくれてありがとう。二人に話しづらい事あれば俺が聞くから。赤の他人のが話しやすいって言うし」

「分かった。購買早く行かないと無くなっちゃうよ?」

「ああ、行ってくる!」


織原さんと少しだけ仲良くなれた気がした。



「えっ。部活動見学、ツッチー行かないのか?」

「うん、俺はサッカー部一択! モテそうだし」

「理由が不純すぎだ」

「シュウは?」

「俺は仕事あるし……難しいかな」


特にこれってものもないし。


「偉いな! もうバイトしてるのか⁉︎」

「うん、まあ……何のバイトかは秘密だが」

「何それ! 夜の仕事か?」

「危険な仕事ではないからっ」

「じゃあ早速サッカー部仮入部するから! またなー!」

「いってら」


部活か。


まあ、あの3人の世話で手一杯だし……俺は無いな。


「面ーっ‼︎」


剣道場の横を通ると、猫野さんが早速剣道の稽古をしているのを見かけた。


あらゆる武術に長けているとは聞いてたが、迫力がすごいな。


俺なんか太刀打ち出来なそうな強さだ。


「やっぱり、環さんかっこいい!」

「告白しようかしら……」


そして見学客はみんな猫野さんの女子ファンっぽい。


確かに男の俺でも猫野さんがかっこいいというのはよく分かる。


「ご馳走様でした」

「ああ、ありがとう。織原さん」

「衣都でいい」

「えっ? ああ、うん。じゃあ、俺の事も好きに呼んで」

「明日のお弁当、唐揚げたくさんにして」

「分かった。そんなに気に入ったんだな」


ちょっと仲良くなれたようで良かった。


「ちょっと、藤原くん! 衣都に告白したってマジなわけ⁉︎」

「帰るなり騒がしいな、千石澄香」

「あんたみたいな奴に告白されるとか衣都が恥かくじゃないっ!」

「スミちゃん、誤解だよ」

「そうだ、寮内恋愛禁止ってルール忘れたのか? 弁当を届けに教室に行って声かけただけだ」

「ややこしいわねっ」

「俺が3人に惚れる事は無いって約束する。特に千石澄香。お前は一番無い」

「あら、そんな事言ったら一生後悔するわよ? 私に土下座する羽目になってもいいと?」

「スミちゃんとシュウくんは今日も仲良し」

「違うから! てか、何その呼び方っ」


やっぱりつっこまれるか。


「スミちゃんが思うほど悪い人じゃないよ、シュウくん」

「あんたまさか衣都を洗脳した⁉︎」

「してないしてない」

「唐揚げを美味しく揚げられる人に悪い人はいないよ」

「ちょっと! 私も唐揚げ食べたわよ! 大丈夫かしら……」


唐揚げで洗脳したと思われてる。


「ただいま帰宅したぞ! 藤原殿、衣都に告白したという話は誠か?」

「そのくだりもうやったのよ。遅いのよ、バカおたま」


千石さんって猫野さんにはちょっと辛辣だよな。


「ああ、誤解であったか! 信じてしまったよ」

「入寮して二日でルール破るバカがいるか」


猫野さんの誤解を解くも、学園中に広まった事実でたった二人の誤解を解いたくらいじゃ気がおさまらない。


「でも衣都と澄香は魅力的で可愛い女の子だからな! 私が藤原殿に呼び出されてたらそんな誤解は無かっただろう」

「何でだよ? 猫野さんも女子じゃないか」

「私を女子として見る者はいないさ。この話し方にこの強さだからな。学園最強とも言われている」

「確かにさっき部活での凛々しい姿は見たけど」

「女子からしか告白された事が無いからな、私は」

「まあ、おたまはそうよね。女子力ゼロ」

「そうか? 昨日だって猫のプリントのパジャマ着てたし、今朝だって衣都と同じくらいパンケーキにはしゃいでたんだが? プロテインのが良いって言う割に」

「貴様、息の根を止めるぞっ」


いきなり竹刀向けられた⁉︎


「だから、俺は猫野さんの事もちゃんと女の子としてカウントしてるって話だ! ルールもあるし、惚れたりしないよう気をつける所存だ!」

「わ、わ、私に惚れる可能性があると?」

「あんた、何おたままで洗脳しようとしているのよ!」

「違うから! お前がルールルールうるさいから気をつけると宣言したいだけであって!」

「そ、そ、そういう発言は慎めっ」

「わっ! 竹刀振り回すな、危ないだろっ」

「私は女扱いされるのが一番嫌なんだ……」


顔真っ赤になってる。


「環ちゃん可愛い」

「や、やめろ! 衣都! 私に可愛いなど似合わない言葉だっ。走り込みに行ってくる!」

「おたまー、夕飯までには帰ってきなさいよ?」


俺、まずい事言ったか?


「シュウくんの天然たらし」

「何でだよっ」

「お弁当、置いておくわよ」

「完食してる……」

「フードロス削減、SDGSだから!」

「綺麗に食うのな、お前。ありがとう、作り手としては喜ばしいな」

「別にあんたの為に完食したわけじゃない!」

「でもシュウくんがお弁当作ってる時、お弁当箱覗いて昨日のハンバーグだぁって呟いてた」

「衣都ー? 気のせいじゃないかしら?」

「笑顔が怖いよ、スミちゃん」


母さん、面倒くさい娘達に振り回されながらもなんとか今日も俺は寮監として頑張ってます。


さて、今日の夕飯は何にしよう?


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