06.お泊り、何もないわけもなく

 ミノちゃんと別れた二人は一旦、配信を終了し、アリシアの仮住まいなる場所に向かっていた。

 アリシア曰く、城を建造するので仮住まいということのようだ。


「あ、ちょっと寄り道いいか?」


「あ、あぁ……」


 そう言うと、アリシアはちょこちょこと屋台の青果店に脚を運ぶ。


 それにしても不思議な空間だ。

 クガは思う。

 魔物の街が実際のところ、どこに位置するものなのかは謎であったが、ここには空が存在する。

 ダンジョンそのものが明らかに内部構造が外観よりも広いこともあり、不思議空間であるのだが、その中でも一層、謎めいた場所であった。


「君は何が好きなのかな?」


 ぼーっと上空を眺めていたクガにアリシアは振り返り尋ねる。


 クガは陳列された青果を眺める。


 見たこともないようなフルーツもあれば、リンゴやバナナのような馴染の深いフルーツもある。


 クガは果物が大好物というわけでもなかったが、あっさりした物が良いと思い……


「リンゴかな……」


「リンゴか。私も好きだ。特に青リンゴ」


 アリシアはそう言うと、店員のリザードマンのような魔物に見えるように青リンゴを二つ指差す。


「いくらだ?」


「二つで500円だ」


「えっ!?」


「ん? どうかしたか? クガ」


「い、いや……」


 聞き間違いかなと思い、クガはしばらく様子を眺める。


「ほい」


「っ!?」


 しかし、やはり聞き間違いではなかった。

 アリシアは日本円らしき1000円札を出し、お釣りとして500円玉を受け取る。


「……どうかしたか?」


 驚きの表情を浮かべていたクガにアリシアが尋ねる。


「いや……通貨が人間と共通なのだな……と」


「……? それがそんなに不思議か?」


「まぁ、それなりに……」


 クガは思う。

 日本のダンジョンの通貨は円ということは他国にも同じように魔物の街があるとしたら、その国の通貨が使われているのだろうかと。


 ダンジョンが確認されているのは世界で9か国である。

 日本、米国、中国、タイ、UAE、フランス、エジプト、ブラジル、オーストラリアの9か国にそれぞれ一つずつダンジョンが存在する。


 日本のダンジョン入口は東京の有明に位置している。

 アジア地区として、東アジアには中国、東南アジアにはタイがあるため、日本ダンジョンはガラパゴス化しており、割と日本人が多い。


「ちなみにどうやってそのお金を得ているのだ?」


「え? 毎日、いくらかずつ支払われるが……」


「……ベーシックインカムという奴か」


「ん? なんて?」


「いや、なんでもない……というか、通貨が共通ならば、代金は払わせてくれ」


「まぁまぁ、いいじゃないか。遠慮するな。今日は私におごらせてくれ」


 アリシアはにかっと笑う。


 ◇


 すっかりと夜になっていた。

 魔物の街にも昼と夜が存在するようだ。


「まぁまぁ、くつろぎたまえよ」


 クガはアリシアの仮住まいにお邪魔させてもらっていた。

 一応、宿のようなものがないのかと尋ねたが、ないこともないが、「何を遠慮しているのだ?」と警戒心なく無邪気にアリシアは自身の仮住まいに屈強な男を招き入れた。


 アリシアの仮住まいは街のメインストリートから少し離れた小さな庭が付いた平屋の一軒家であった。

 その他の建造物がそうであるように石造りであり、狭くもなく広くもなく生活するには居心地の良さそうな空間だ。


 それにしても何とも凝縮された一日であった。


 朝……追放、そして隠し部屋

 昼……初配信、そして惨殺

 夕……魔物の街、そしてアリシアの仮住まい


 これが一日の出来事である。


 そして、食事……


 アリシアの夕食はなんと青リンゴ一つ……


「……っっっ」


 青リンゴはただのデザートだと思っていたクガは驚く。


「えーと……ダイエ……」


 ダイエット中なのかと尋ねそうになるが、女性にそんなことを聞くのは流石にまずいかと思いとどまる。


「……?」


 アリシアは不思議そうに少し焦っていたクガを見つめていた。

 その表情から普段からこの量しか食べないというのが濃厚であった。


 結局、クガはアリシアの入浴している間に持参していた簡易食で腹を満たす。

 しかし、簡易食もそんなに豊富であるわけではない。

 そのため、この辺の差異は埋めていかなければならないと感じていた。


 そして就寝の時間……


「あ゛!」


 突如、アリシアが困惑したような声を出す。


「……どうした?」


「……大変だ……クガ……べ、ベッドが……ベッドが一つしかない……!」


「……お、おう」


「ど、どうしよう……ベッドが一つしかないぞ。考えていなかった」


「……」


 いや、そこ、最初に考えるべきところだろうとクガは思う。

 家にお邪魔させてもらった時から一つしかないなぁと思ってはいたが、アリシアが自信満々だったので、布団か何かがあるのだろうと思っていた。


「どうしよう……うっかりしていた……流石に人間とこの狭いベッドで二人一緒に寝るのは前代未聞だ……」


 アリシアは明らかに動揺している。


 いや、今日だけでも前代未聞のことを何回かしてきたが……と思うクガ。


「ぐぬぅ……しかし招いた身として、客人を地べたで眠らせるわけにもいかぬ。仕方ない……私が床で……」


「大丈夫だ。簡易寝具がある」


 そうして、クガは迅速に寝袋に入るのであった。


 ◇


 夜中――


 濃密な一日であった。

 興奮よりも疲労がまさったのか、クガは寝袋の中でスヤスヤと眠っていた。


 と……


 何者かがクガの寝袋に近づいてくる。


 赤い目の何者かはクガを見つめ、くすりと微笑むと舌舐めずりする。


 何者かは少しだけ躊躇しつつもクガの右腕に軽く口付けする。


 そして……


 チクッ


「い゛てっ!」


 クガは痛みで目を覚ます。


「あ、ごめん……あれ? 何で麻酔効いてないのだろう……」


 クガの目の前にいたのは注射針を持った吸血鬼アリシアであった。


「…………何してんの?」


「その……血を……ほんの少し拝借したく……」


「…………わかったがせめて……起きてる時にやってもらっていいか?」

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