04.人間とは魔物よりなおひどい
出会いは高校時代――。
〝ど〟がつくほどの田舎で部員四人、廃部寸前のオカルト科学研究会。
オカルト科学研究とは名ばかりで、皆、ダンジョンに興味があった。
中でも部長で幼馴染のヨモギダは熱心なダンジョン研究家で、部室ではいつも彼がファンであったパーティ〝イビルスレイヤー〟の配信が流れていた。
「しゃぁあああ! いいぞー! イビスレー!」
「うっさい! ヨモギダ!」
そんなヨモギダをいつも罵倒しているのは、チカコだ。
「うっさいとはなんだね? チカコくん。君にはこのイビスレの素晴らしさがわからないのかね?」
「うっさい! 昨日も聞いたわ!」
ヨモギダがイビルスレイヤーの推しメンバーの話をしようとすると、チカコはいつも不機嫌になる。
「あぁ、俺も早くダンジョン行って、魔物の
「趣味悪いのよ!」
「そういう君も探究心には抗えないのだろう?」
「うぅ……それは……」
そんな
「で、ケンゾウ、あんたは何でいつも寝てんのよ!」
「……!」
ケンゾウ……そう……それが俺だ。
部室にはいつも昼寝に来ていた。幼馴染のよしみとやらで、ヨモギダに強制的に入部させられた俺は特にやることもなかったのだが、なぜだか足しげく部室に足を運んでは惰眠を貪っていた。そんなある日のこと……思えば、この日、俺にとっての日常は一変したのかもしれない。
俺は昼寝から目を覚ます。
「……あれ? 寝過ぎたか……」
窓から射す光は紅く……夕暮れ時であった。
「あ……起きたんだ……」
「……!」
部室には、ヨモギダとチカコはおらず、アキナだけが残っていた。
「あ、うん……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。二人きりになることなんて、今までなかった。少し重苦しい雰囲気だ。そんな沈黙を破ったのは意外にもアキナの方だった。
「……ケンゾウくん……」
「え……?」
「あ、あの……ケンゾウくんってダンジョンに行く気って……ある?」
「え……!?」
唐突な質問だった。
「私さ…………一八になったら、この四人で……ダンジョンに行きたい……」
「……!」
ヨモギダならともかく、アキナがこんなことを考えているなんて思いもしなかった。
「えーとね、私は性格的にヒーラーかな……チカコはきっと黒魔導士でヨモギダくんは意外と盾役かな……それでケンゾウくんは……花形の剣士かな……なんて……」
アキナは少し恥ずかしそうだったが、いつもより饒舌にそんなことを語る。
「ヨモギダのことだ……きっと俺達に魔物実験だの解体だのをやらせるぜ?」
「それでもいいの……皆といられるなら……」
「この四人じゃないとダメなのか……?」
「うん…………特にケンゾウくん……には……必ずいてほしい……」
「……!」
なぜあの日、彼女がそんなことを言ったのかは、確認していない。
B級パーティとなった今でも……あの日のことは他の二人にも内緒だ。
そして、いつか目標とするS級パーティになった時にその真意を訊く。そう誓った。誓ったはずだった。
◇
「ぎゃん」
「っ……!? よ、ヨモギダ……」
チカコに続き、ヨモギダが腹部を貫かれ、消滅する。
「く、くそ……」
「ケンゾウく……ん……」
脚に傷を負い、倒れているアキナがケンゾウの方を見る。
「アキナぁ……」
どうして……? どうしてこんなことに……。
ケンゾウは這いつくばるようにして、アキナの方へ必死に進む。今日も順調に魔物狩りを進めていた。何の問題もなかった。これまでもいくつかの死線もくぐり抜けてきた。慢心はなかったはずだ。
「アキナ……」
ケンゾウはアキナに手の届くもう一歩のところまで辿り着く。
この手さえ届けば……。
「ケンゾウく……」
サクッ
「っっっ……!?」
ケンゾウの目の前のアキナの脳天に紅の刃が刺さっている。
「お疲れ様でしたぁ」
紅の眼の妖艶な女が不敵に微笑む。
その後方では、一人の男が困ったように片手で顔を覆っている。
「あぁああ゙あああ゙あああ…………な、な、な、な、なんなんだお前らは……!?」
ケンゾウは涙を流し、女に怒りをぶつけるように言う。
「ん……? ただ、人間を狩ってるだけだけど……」
「なっ……!? ふざけやがって……」
「何をそんなに憤慨しているのか、理解に苦しむ。君達が普段やってることと全く同じでしょ?」
「っ……!」
「君達がさ、ダンジョン配信する理由って何?」
「……」
「金か……あるいは承認欲求だろ?」
「っっ……」
「その気持ち、わからなくもないのだが……こちとらお前らの道楽で命狙われてるのに付き合ってやっているんだ。感謝したまえよ」
「っっっ……こ、このちくし」
サクッ
ケンゾウがあっけなく消滅する。
「ん……? あ、ごめん。なんか言おうとしてたかな?」
「……」
この
クガは思う。
若手のホープらしいB級のなんたらというパーティを無慈悲に惨殺……リアルタイム修正システムのおかげでグロさはだいぶマイルドになっているのが救いだ。
「なぁー、クガ、この内容、そこそこの人間が観ているのだろう?」
「あ、あぁ……」
「よし」
アリシアはニヤリと微笑む。
「どうだ? 引いただろ? 人間共!」
【最悪……】【胸糞悪い】【可哀相】
【くたばれ、モンスターが……!】
「うむうむ、そうだろそうだろ」
アリシアはどこか満足気だ。
「これに懲りたら……」
が、しかし……
【いやー、なんだろう……】
【うん、なぜかはわからないが今、高揚感がある自分がいる】
【この気持ちはなんだろう】
「えっ?」
【脳から変な汁出てる】
【そもそもそいつらも魔物使って実験とかしてた奴らだしな】
【そうそう、スライムスライスしていつまで再生するかとかな。元から胸糞ではあった】
【うーん、とりあえず継続かな……】
「待て待て、落ち着け、人間共……魔物は残虐非道であってだな……」
【ありがとうございます。おかげ様で何かに目覚めました】
「はぁああ!?」
想定外の反応にアリシアは動揺し始める。
「く、クガよ……に、人間とは魔物なのか!?」
「そ、そうかもな……」
「いや、魔物よりなおひどくないか?」
「……」
否定できぬクガがいた。
いずれにしても
◇
「では手を繋いで」
「あ、あぁ……」
クガはアリシアが差し出す小さな手を握り返す。
「なんだ? 恥ずかしいのか?」
アリシアは少々、意地の悪い微笑みでクガの顔を覗き込む。
「まぁ、多少はな……」
「ふふ……意外と小心者なのだな」
「……」
否定できないクガがいた。
「では、行くぞ」
アリシアがそう言うと、二人の周りにワープエフェクトが発生する。
◇
「どうだ? ここが魔物の街だ!」
アリシアに連れられて、飛んだ先……そこは〝魔物の街〟なる場所であった。
魔物の街……その名のとおり、通常は魔物しか入ることができない街。一部の特権を持つ魔物は任意の場所からワープすることができる。ただし、ワープするためには時間を要するため緊急的な逃亡の用途では使えない。
「……」
その光景にクガは言葉を失う。
石造りの建物が並び、少し古めかしい雰囲気の街が広がっていた。街はそれなりに賑わっており、住人達は確かに魔物だらけであった。
【すげー、魔物の街なんて存在したんだなー】
【情緒があって結構、素敵かもしれない】
【あかん、ちょっと魔物に感情移入してしまいそう】
「うむうむ」
アリシアはコメント群に満足げに頷いている。
「おそらく君が魔物の街に足を踏み入れた初めての人間じゃないかな?」
「そうだとは思うが、いいのか?」
「別に禁止されていないし、いいんじゃないか?」
「禁止されてないのはいいとして、俺は人間だけど大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫でしょ。だって君は私の……」
「……」
「あれ? 君は私の何だろう……」
アリシアは首を傾げるような仕草をする。
「まぁ、いいや。ひとまず君は私の〝何者か〟であろう?」
「そ、そうだな……」
こうしてクガは無事にアリシアの〝何者か〟に就任するのであった。
「俺のこともそうだが、配信をしてしまってもいいのか?」
「別に禁止されていないし、いいんじゃないか?」
アリシアはあっけらかんとしたものだ。
【吸血鬼さん、フリーダムすぎ】
【魔物の街の配信なんて史上初だろ】
【なんなら存在自体が初めて知られたのでは?】
【おかげですごく興味深い映像を目の当たりにしている】
流れる驚嘆のコメント群に接し、クガは思う。
アリシアの目的はラスボスになること。だが、それと同時にサブ目的がある。
〝人間達に恐怖を植えつけ、ダンジョン配信などという悪趣味なことを自粛させる〟
正直、魔物達にもこのような日常があると知ったらば、考え方に変化が起こる者も少なくはないだろう。アリシアの行動がそれを計算してのことかはわからないが……。
「さぁさぁ、私の仮住まいに行くぞ」
「あ、あぁ……」
そうして、アリシアは歩き始め、クガはそれについていく。
アリシアとクガは街のメインストリートを歩く。
「……」
その間、クガは非常に居心地が悪かった。当然のことだ。魔物達がクガのことをジロジロと見ているのだから。前を歩くアリシアは堂々としたものだ。
「
「ん……?」
歩いていると、一体の魔物にアリシアが声をかけられる。
「っ……!」
その相手にクガは度肝を抜かれる。
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