トライロバイト③

――1時間後


「ユリカ、ここら辺にはもういないみたい。明かりをつけてもいいよ。」

「――光竜の加護よ、その光鱗で周囲を照らせ。」

 ユリカの声が森を満たす。

 その瞬間彼女の杖の先が仄かな光を作り出した。

 彼女が唱えた魔法が杖に光を与え、暗闇を払い周囲を明るく照らしたのだ。


 森の中、マグナ、ユリカ、ヴァレリアの3人は、魔法の光を頼りにミツガシラを探し出していた。

 巧みな技術と経験を活かして、すでに10匹程度のミツガシラを捕獲していた。


「思ったより少ないね。異常繁殖っていってたから。もっとうようよいるのかと思ってました。」

 ユリカが光り輝く杖を振りながらつぶやいた。

 その声には、予想外の事態に対する驚きと安堵が混ざっていた。

「きっと何処かで集まって寝ているのよ。こんな少ないわけないわ。街の食糧庫が何件も襲われているのよ。」

 ヴァレリアは、息を整えて答えた。

 その声には少なからず怒りが混じっていた。

 予測が現実に変わらないことへの不満、そして甲虫の被害が続く現状への憤りが感じ取れた。

 そんな時だった。

 森の静寂が一瞬で深まると同時に、マグナが何かを感じ取ったようだった。

 彼はすばやく手を横に振り出し、自分の後ろを歩く2人に静かにするように身振りで示した。

 その動きは敏捷で、彼の身振りは言葉を超えて2人に伝わった。

 2人とも無言でマグナの示す手の平を見つめ、言われた通りに静かに動きを止めた。


 その刹那、マグナの視線の先を何かが横切った。

 それは巨大な岩石のようだった。

 その岩石は生きているかのように森の木々を軽々と押しのけて飛んでいった。

 その威力は圧倒的で、木の幹に突き刺さるほどの破壊力を秘めていた。


 次の瞬間、夜の森は一遍した。

 周囲は突如として奇妙な音に包まれた。

 それはギチギチとした虫特有の鳴き声だった。

「ちょっと、今飛んでったのって何? それに不気味ね。虫が鳴いているの?」

「モンスターの投擲なんてことないですよね?」

 ユリカが震えながらマグナに問いかけた。

「わからない。飛んできたのが何か、ちょっと見てくるよ。ユリカとヴァレリアはちょっとここで待ってて。」

 周囲を包み込む不気味な音の中をかき分けて、マグナは転がってきた巨大な岩石に近寄った。

 その岩石はマグナの腰ほどの大きさで、一見するとただの巨岩に見えた。

 だが、マグナがそれを観察しようと近寄ったとき、巨岩が突然動き出したのだ。

 一筋の赤い光がその表面から浮かび上がり不気味に輝き放つ。

 ふたつ並んだ光点がゆっくりと動き始めると、そこには間違いなく虫の目が存在することが確かめられた。

「みんなッ!! これ岩石じゃないよッ!! 巨大なミツガシラだ」

「なんですって!!」

マグナの後ろでヴァレリアが驚きの声をあげる。


――ギギーギギ ギーギー ギーギー ギーギ , ギーギー ギーギギ ギ ギーギ , ギギギギギ ギ ギーギ ギ


 その瞬間、先ほどまで岩石と化していたミツガシラが、木の中に身を沈めていた弾力を巧みに利用し、一気に飛び出してきた。

 その飛び跳ねる動きは先程飛んできたときと変わらず、力強く、そして素早かった。

 マグナはぎりぎりのところで反応したものの、飛び跳ねたミツガシラを避けるさいに肩を接触し、肩を負傷した。


 肩にダメージを受けたマグナは、ひとまずユリカとヴァレリアの元へと戻った。

 その様子を見たユリカは心配そうに声をかける。

「マグナさん、肩を押さえて大丈夫ですか? 傷を見せてください。」

「こんなのかすり傷だよ、たいしたことない。」

 マグナは少し苦笑しながら自分の傷を露出した。

 それは見るからに痛そうなもので、すでに腫れ上がっていた。

 先ほどのマグナの言動が強がりだとわかり、ヴァレリアが口を開く。

「腫れているわね。腕動かせないんじゃない?」

 その言葉にマグナは申し訳なさそうにうなずいた。

「待ってください。今、治療しますから。」

 そう言ってユリカはすぐに動き出す。

 自身の杖をマグナの傷口へ向け、彼女は心を鎮め、1つ呼吸をすると、呪文を詠唱し始めた。

「光竜の息吹よ、 穏やかな風よ、命を纏い、かの者を癒やす力となせ……」

 ユリカの柔らかい声が森に響き渡ると彼女の持つ杖の先から緩やかな光が放たれた。

 その光はマグナの傷に向かって流れ、やがて彼の肩全体を包み込んだ。

 暖かな光の中で、痛みは和らぎ、腫れも徐々に引いていった。

 短時間のうちに、ミツガシラとの接触で腫れ上がっていた肩は元の形に戻り、皮膚も健康な色に戻った。

 ユリカの癒しの魔法がマグナの傷を完全に癒すと、彼女は魔法を解いた。

「ありがとうユリカ、いつも助かるよ。」

 マグナの言葉にユリカが照れたような顔を見せる。

「マグナ、それよりさっきのはいったい。あの岩石がミツガシラですって?」

「にわかには信じがたいけど、恐ろしいでかさだった。それにどんな魔法を使っているのかわからないけど、動きも素早いみたいだ。今日はここら辺にして、いったん戻ろう。」

 マグナの提案に同意したユリカとヴァレリアは、森から退避することを決めた。

 しかしながら、彼らは知らなかったのだ、すでにミツガシラの群れによって囲み込まれているという事実に。

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