第9話 お姉さんの作戦
「お姉さんが、欲しくて、たまらない?どういうこと?」
気になった私はこてんと首を傾げ、上目遣いにお姉さんを見つめた。お姉さんは、私の仕草に目を細めながらにっこり笑う。
「この前…初恋の人の時は、無理矢理やったから失敗したのかしらってずっと思っていたのよ。その点春香ちゃんは、私のことを選んでくれているじゃない?春香ちゃんだったら、素直に私を欲しがって私に堕ちてくれるかなって。」
微笑むお姉さんの顔は、どこかお母さんと同じ狂気を孕んでいた。それでも私は、お姉さんのことが微塵も怖くなかった。
だってお姉さんは、「春陽」を拒絶したから。私じゃなきゃいらないって、言ったから。お母さんみたいに、私以外の私を欲することが無いと、知っているから。
だから私は、微笑んだ。
「何言ってるの、お姉さん。お姉さんが『春陽』を要らないって言ったあの時から、私はお姉さんに堕ちてるよ。」
驚いたように目を見開き、直後、お姉さんは頬をほんのり紅く染めた。
「そう?私をこんなに喜ばせてくれるなんて、イイ子ね、春香ちゃん。」
そう言って私の頭をまた、優しくなでる。
その感触は長い間知らなかった、「褒められる嬉しさ」をつたえてくれる。
心地よい感覚に身を任せ、私はそっと目を閉じた。
私はそっと祈るように目を閉じた春香ちゃんを見下ろす。春香ちゃんの語った過去は私が想像するよりももっと苛烈で、悲惨なものだった。
そういえば一目見た時から、「ああ、この子はなんだか違うな」って思っていたの。どことなく作り物じみた、人形みたいな雰囲気だったから。どこが違うのかは、私自身もよくわかってはいなかった。それは何気ない仕草だったかもしれないし、なんてことない表情だったかもしれない。
とにかく、あの喫茶店で会った女の子は「お人形さん」だった。
それで私、塗り替えたくなってしまったの。
私だけの、私の思うとおりの仕草に。私だけに赦してくれる、表情を浮かべて。今の女の子を形作る演技の仮面を、無理矢理に引きはがして。その仮面をぐちゃぐちゃに叩き割って。今まで仮面に覆われていた何もかもを隠せず、覆えずに、涙を流して私に懇願して、縋りついてくれたら。
そうしたら、すごく満たされるだろうなって。
そう思った私は、早速「お人形」の彼女に話しかけたわ。作り物じみた雰囲気は話していくうちに消えていって、窓の外が暗くなるころには自然な表情の女の子が一人、目の前にいたの。
それがすごく、気に食わなかったわ。
だってだって。私にだけ、私だけ特別じゃなきゃ、自然な表情は意味がないの。周りにはまだ店員がいて、客がいて、なのに女の子は自然に無邪気に、仮面を外したまま笑っているの。
ねえ、こんなの許せないわよね?私だけに見せるための表情を、他の誰かにも振りまいているなんて。店中に嫉妬してしまって、仕方なかったわ。だから、持ち歩いていた薬を飲ませて連れ去った。その薬は、睡眠薬と自白剤を混ぜた、素敵なお薬。
それを女の子の飲み物に混ぜて。女の子の白い喉が、それをこくり、と嚥下した時。
どうしようもなく、体がぞくぞくした。
あの人を初めてこの手で乱したときのような快感が、背筋を悪寒のように走り抜けていったの!思わず車の中で頬を染めてしまったわ。素敵、すごく素敵。女の子が私を受け入れてくれたみたいで。いいわ、何度体感してもこの感覚は色あせることなく格別なの。
だから、明日から楽しみにしていて?
私にたくさんたくさん、甘く蕩けて。どこまでも続く快感に堕ちて。どろどろに蕩けた瞳に私だけを映して。呼吸すら甘い痺れが伴うくらいに、私を欲して。もちろんキスもたくさん、望むだけあげるわ。
だから、ね?
もう「お人形」になんて戻らないで。私だけの
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