第6話 テスト

ピコ、ピコピコ!音を出しながら点滅する紅いランプ。


「何かしら?こんな時間なんて、もしかして春香ちゃん?」


通知を示すその光り方に、携帯を手に取った。


午後一時半、眠気に襲われそうな昼下がり。勤務先のオフィスで私は、携帯を見つめていた。今手に取った端末は、春香ちゃんとの連絡の為だけにあつらえたもの。その携帯に通知が来た、つまり春香ちゃんが私を呼んでいる。


「もう、私仕事中なのに。こんな時間にメッセージ送っちゃダメって、今日の電話で言わなくちゃ。」


そう零しつつも、うきうきとトーク画面を開こうとした。通知が来たアプリは、チャットアプリだと思ったから。でも、違った。通知が来ていたのは別のアプリ。そのアプリは…監視カメラをリアルタイムでチェックするアプリだった。


そのアプリを起動すると、警告音とともに録画が再生される。


【監視カメラが何者かによって破壊されました。その直前10分の様子を自動再生します】


そんなアナウンスとともに、動画が開始された。


(一体何があったの?鍵が破壊されて今度こそ誰かが侵入?いえ、あり得ないわ。だって外部からの圧力に対して爆薬が作動するように仕込んだもの、その通知も来てないわ。ということは、窓や通気口から?)


食い入るように動画を見つめる。まずは二階の春香ちゃんの部屋での映像。


ベッドでくつろいでいた春香ちゃんが、1階へと降りて行った。すぐに戻ってきたけれど、その手にはたくさんのナイフとスタンガンが。それらを手近なバッグに詰め、ゆっくりとこちらを、つまり監視カメラを振り返る。バチバチっという音がして、スタンガンが起動される。直後、スタンガンによって過剰な電流を流された監視カメラはショートし、映像は途切れた。


動画は、ダイニングルームの監視カメラに切り換わる。春香ちゃんは先ほどの武器を詰めたバッグを持ったまま、キッチンへと入っていった。すぐに出てきた春香ちゃんは、包丁を手に持っている。あと、食料を少し持っているみたいだった。キッチンから持ち出したそれらをバッグにしまい、春香ちゃんはやはり監視カメラを見つめる。直後、同じようにスタンガンによって監視カメラは壊れた。映像が途切れる。


次に映し出されたのは、玄関口の映像。私が玄関に置いておいた靴を履き、春香ちゃんは何やらドアを(おそらくカギを)いじっているみたい。そのうちあきらめたように頭を振った。持ってきていたバッグをごそごそあさり、軽々とナイフで鍵をこじ開ける。そして鍵を破壊し終わると、やはり監視カメラを見つめる。今までのようにスタンガンによって、監視カメラは直ちに壊れた。


ここで、映像は終わっている。


(うそ、うそ、うそ!春香ちゃんが逃げた!?そんなまさか。いいえ、でも今のは絶対、逃げるためのものだわ!こんなところにいちゃ、春香ちゃんが逃げちゃう!今すぐ探しにいかなきゃ!あの子がいなくちゃ、私…)


いてもたってもいられず、私は早退届を出し、会社を飛び出して車に乗り込んだ。


猛スピードで山道を走りながら、私は考える。


(どうして春香ちゃん、逃げたのかしら?私が用意したものが気に入らなかったのかしら?それともやっぱり、家に帰りたくなったのかしら…もうなんだっていいわ、あの子は私が手に入れたんだもの。逃げるなんて、許さない。)


表情を引き締めて、私はさらにアクセルを踏み込んだ。


移動すること約4時間。


私は山道をひたすら進んでいた。春香ちゃんの携帯の位置情報を頼りに。


獣道とも呼べないような、道なき道を進む。ところどころに、春香ちゃんが落とした武器が落ちている。進む方向はあっていると信じたい。


進み続けて、鬱蒼と茂る背の高い草をかき分けた先の、開けた小さな平地。


そこに、春香ちゃんはいた。


そこにいたのは、春香ちゃんではなかった。


笑い方も、しぐさも、話し方一つをとっても。


姿かたちは、間違いなく春香ちゃんだ。でも、中身はまるで別人。


私は思わず問いかけていた。


「あなたは、誰?」




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