第5話 私は…

お姉さんの話を聞いて、私はなんだか拍子抜けした。


結局「好き」が暴走して、好きな人を殺した挙句に狂ったように愛を求めるだけの人じゃないかって。私のお母さんと全然変わらない。


お姉さんに初めて会った時、「この人はなんだか人と違う」と漠然と思った。なんか浮世離れ、というか一線を画す感じ。綺麗な顔に綺麗な声、優しい心とどこか自虐的な笑い方、退廃的な蠱惑的な雰囲気。全部全部、私が日常的には見ないものだった。そんなお姉さんと一緒にすごすのは楽しい時間だった。久々に私自身をさらけ出して話せて、でも拒絶もされない幸せな時間。


そんな時間を味わったからこそ、怖くなった。この時間が終わってしまうことが。


だからわざと、攫われたんだ。


いつも飲んでいるコーヒーにない、薬物独特の酸っぱさがあった。たまに家で飲んでいるような睡眠薬の味だ。それに気づいていながら攫われたのは、家に帰りたくなかったから。あの狂人の母から逃れたかったから。


私は実は双子で、一卵性双生児だった。私の片割れの名前は、春陽はるひ。春陽は頭がよくて聞き分けもよく、私は幼いころから何かと比べられてきた。私はいたって平凡だったから。「双子なのに似ていない」その言葉に何度胸がえぐられたように痛んだか。


比べるのは主に両親だった。私は家に帰るのが嫌いだ。両親が笑顔で春陽をほめて、私をけなしてないがしろにするための場所が「家」だから。笑顔で笑う春陽の裏には私の鳴き声が隠れていた。


ある夏の日のことだった。暑くて蝉が鳴いていて、蜃気楼が揺らめく六歳の夏。


春陽が死んだ。通り魔に襲われて。


平和だった町に突如として現れ、幼女ばかりを殺した通り魔。そいつが捕まる前夜に春陽は最後の被害者になった。救急車で運ばれるも間に合わず、両親が珠のように、蝶よ花よと育てた春陽は死んだ。


葬式がすんだ直後は、地獄だった。両親は毎日毎日、私を責めた。「どうしてお前なんかじゃなくあの子が」「お前なんかより必要な存在だったのに」「どうしてあんたは生きているの?あの子は死んだのに」まあざっとこんな感じ。なかなかに精神にクる系統ばっかで逆に笑える。


そのうち、母の食事を食べると急激に眠くなるようになった。そして起きた時は、体が痛い。今ならわかる、誰かに夜な夜な犯されていたんだ。相手は、父だろうと思っている。結局春陽を殺した通り魔は父だった。きっとロリコン変態野郎だったのだ。


父が捕まり、私と母は二人きりになった。その時から、私は春陽になった。


春陽のいない世界は耐えられなかった、ということなのだろうか。母は私を春陽と呼んだ。春陽にするように優しく慈しんだ。春陽の服を着させた。


そして私が「はるか」に戻ろうとすると、厳しく折檻された。「死んだのが悲しいからって、春香の真似をしてはいけません」って笑顔で言いながら、痣ができて血が出るまで暴力の嵐。そのせいで私は誰にも、春香として認識されなかった。


恐怖で演技を強要されたまま、心の中に「春香」を閉じ込めたまま私の人生は過ぎていった。母が望む春陽を演じつづけたまま。


そんな中、お姉さんは私を春香と呼んだ。嬉しかった。この世にまだ、私が春香でいい場所がある。そう思ったら、外にいる母も、「春陽」に優しい友人たちもどうでもよくなった。それだけで私は、お姉さんについてきたのに。


結局はお姉さんだって変わらない。愛がほしくて、望んだように愛してほしくて、自分に尽くしてほしいだけ。


それなら私は、いやボクは。お姉さんが望むボクになろう。幼いころから演技は得意なんだ。それに相手が欲しがる愛もすぐわかる。だからボクを春香と呼んで。春陽なんて言わないで。ボク自身を見て。


ほら、甘えてほしいでしょ?愛してほしいでしょ?閉鎖的な二人の世界で、二人だけを目に映して、たとえ違法だって監禁までして。そうまでしてさ、ほら、ボクの愛を求めてる。


でもこれは、恋じゃない。そんな監禁の中の恋なんて、ゆがんでるに決まってる。これは愛、心の穴を埋める生理的欲求を満たすための行為。たとえるなら、友愛。友達の足りないところを補うように、埋まらない愛を求めあう。


ボクを監禁して、ボクを手に入れたと思ってる哀れなお姫様。お姉さんを縛り付けてるボクが、春香はただの女子高生じゃない。なにもかも普通だけど、心だけが異常な狂人だよ。近々お姉さんをテストしてあげる。


私をどれだけ愛してくれるかのテストをね。


心の中でボクはそっと呟いて、お姉さんにもたれかかる。そして家ではやらせてもらえなかった、★のカ〇ビィー〇ィスカバリーをやり始めた。


ゲームはめちゃくちゃ楽しかった。

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