第3話 どうして

「起きてちょうだい、春香ちゃん。もう大丈夫よ。全くびっくりさせてくれるじゃない、『助けて』なんて。そのうえしっかり武器を見つけて隠し持ってるし…」


「あれ?お姉さん?私は、怖い男の人の声から逃げたくて、それで…」


寝ぼけて混乱する頭をどうにか働かせて、怖くて布団被ったせいで寝てしまったのだということを理解した。どっちかって言うと、気を失ったの方が正しいかも。


「あ!そういえばお姉さん、どうやって入ったんですか?入口は鍵かかってたはずだし、第一男の人だらけのはず…」


「あら、私こう見えても誘拐犯よ?見たいならついていらっしゃい。けっこう面白い画になってるわ。」


そういうと、トントンと軽やかに階段を下っていく。私はベッドから這い出して、素足のまま玄関口までお姉さんについていった。


「ほら、もう大丈夫でしょ?もう怖くなんてないわ。」


お姉さんがガチャッと玄関のドアを開くと、昇降口のところにロープで縛られた男が三人。口と手足はテープでぐるぐる巻きにされ、こちらを見る瞳には恐怖が渦巻いている。私が固まっているとお姉さんが唐突に、一番近くにいた男の口のテープをはがした。結構いきおいよくはがしたな、あれ絶対痛い。


「ば、化物!悪魔!こ、こっちにくるなああああ!!!!」


テープがはがれたその瞬間から、喚き散らす男。唾を飛ばしながら、動かない手足を必死にばたつかせるその姿は、芋虫を想起させる。


「ねえ、うるさいわよ。これだから嫌いなのよね、汚い男って。ほら、もう一回やってあげるから大人しくして頂戴。」


厳しいまなざしで男を見つめ、ポケットから物騒なサイズのスタンガンを出すお姉さん。私が護身用にと選んだやつとは比べ物にならないサイズだ。


「うわあああああ!!!た、助けてくれっ!し、死にたくなっアガッ」


「ねえ、誰に向かって手だしてるの?身の程をわきまえなさいよ、屑が。」


私の方に手を伸ばしてきた男に、迷いなくスタンガンを突き付けたお姉さんは、すごく凛とした、かっこいい人に見えた。


泡をふいて気絶している男たちをそのままに、私たちは山小屋の中に入る。この後めちゃくちゃびっくりした。だってお姉さんが、突然メンヘラになったから。


「ねえ、春香ちゃんってやっぱり、私となんかいたくないんじゃない?だって私、誘拐してるし…ああ、もう疲れちゃった、もう全部投げ出したい。何もしたくないわ、いっそ死んでしまいたいくらい。そうね、死んだ方がいいのかもしれないわ。ねえ春香ちゃん、あなたは私を捨てない?私だけ見てくれる?私のことだけ考えて、他は何も目に入れないで。お願い、そうしてくれなきゃ私…」


わあお。ほんとにこんな絵にかいたようなメンヘラ発言あるんだ。そう思ったけど、私にはお姉さんの頼みを断る理由がない。もとより家に帰りたくないから、誘拐はむしろありがたい。ここに居たら誰ともかかわらないから、必然的にお姉さんだけを見ることになる。考えをまとめた私は、お姉さんに甘えるように寄り添って呟く。


「ねえ、お姉さん。私はお姉さんのこと、捨てたりなんかしないよ。お姉さんが投げ出しちゃったら、死んじゃったら、私はまたあの家に帰らなくちゃいけない。そんなの困るの。お姉さんがいないと、私生きていけない。お姉さんしか見なくていい、私の中にはお姉さん独りで十分。だからそんなに悲しい顔しないで。」


私の言葉を聞くたびに、お姉さんは悲痛な面持ちが和らいでいき、安らかな顔になっていく。それが私には、何よりうれしかった。


「ありがとう、春香ちゃんにしてよかったわ。私がいないと生きていけない、なんてズルい言い方ね。死ねなくなっちゃうじゃない。でも、この約束破ったら、私おかしくなっちゃう。だから絶対、ここからどこにもいかないで。私だけをみる、春香ちゃんでいてね。」


「うん、私お姉さん以外にいらないから。どこにもいかないよ。」


そういうとお姉さんは晴れやかに笑った。本当にうれしそうな、無邪気だけどどこか狂気じみた綺麗な笑顔。その笑顔を見て、ああこれでよかったと思った。


この時点ですでに午後の4時半。仕事を早退して車を走らせて来てくれたお姉さんは、今日はもう向こうに帰らないらしい。私はお姉さんの隣にずっとくっついて、夕食までの時間をゲームして過ごした。


あっという間に時間はたち、お姉さんがキッチンに立つ。鼻歌を歌いながら見事な手際で、サラダ、スープ、生姜焼きができていくのは壮観だった。


「「いただきます」」


声をそろえて、挨拶をしてから二人きりで夕食をとる。他愛もない話をしながら、美味しく夕食を食べていたとき、私はポロっと気になっていたことをつい、口にした。


「ねえ、お姉さん」


「なあに?春香ちゃん。」


「あのさ、お姉さんはどうして、誘拐なんてしたかったの?どうして私みたいな子が欲しかったの?」


お姉さんはちょっと固まった後、ふうっとため息を吐いた。


「それはね…」


お姉さんは語りだした。お姉さんがお姉さんになるまでの、たった二か月の物語を。

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