ななつめの不思議 深淵

 今現在、学校の不思議が判明しているものは六つとなっている。満月の光を頼りに、俺はノートを書く。ひとつ。二宮金次郎の像。ふたつ。トイレにいる幼子。みっつ。無数の手。よっつ。夜の奏者。いつつとむっつ。二人で一人という戦争時代の兄妹の亡霊。残された謎はあとひとつ。皆が口を揃えて言っていたことを思い出す。


「富津野高校の六つの不思議と会った時、七つめの不思議が出現する。そしてその深淵を見ることになるだろう」


 警戒をしていたが、今までの謎は悪意があるものではなかった。善性を持ち、純粋な心を持つ。彼らとの交流は楽しかった。ひょっとしたら、七つめの謎と称されるものは闇を持つ何かかもしれない。それでもきっと分かり合えるだろう。ただし情報となるものがなく、いない可能性が高いだろう。そう思いながら、誰もいない静かな学校の敷地から涼みの森と呼ばれる、生徒の憩いの場に行く。夜の雰囲気がどういうものかを見てから帰ろうという理由からだ。


 肌に当たる風が涼しい。外灯の光に当たった木の葉は爽やかだと思わせる新緑の色を見ると、更に涼しく感じる。心地の良い。歩みを止めることなく、森の中に入っていく。先生が言う神秘的な美しさというものがあると思っていたが、それらしきものはなかった。仕事のし過ぎで幻覚を見てしまったのだろうと結論付けて、好奇心で奥に進もうとする。


「ひい!?」


 今まで感じたことのない寒気を感じた。身体全体が震える。これは真冬の寒さとは性質が異なっていることがすぐ理解した。これは恐怖による寒気だ。


「ああおいがいお」


 どこかから人の言葉ではないものを発した。動物ですらない。俺はいつでも安全なところまで逃げられるよう、少しずつ後退りをしていく。奴がどんどん進むから、距離は遠ざからない。それどころか近づいてきて、目視で確認できる距離になってしまった。それは何も黒いドロドロとした、ヘドロのようなものだ。大きくて赤いひとつの目が上にあり、胴体らしいところに数えきれないほどの小さい目がある。ほんの少しのでっぱりは手足だと主張しているようなものだ。


「何だこれ」


 見ただけで触れたら死ぬんじゃないかと感じてしまった。死という恐怖で身体が動かなくなる。


「オマエハ六ツノ謎ト遭イ、カレラハ消失シタ」


 唐突にどこかからカタコトの声が頭に響く。あまりの痛さに悲鳴を上げながらも、俺は目の前にいるバケモノを見る。


「ソシテ。彼ラハ望ンデイル。オマエト共ニイルコトヲ。俺モキット。仲良クナレル。ダカラ食ベル。キット美味シイ」


 今までの交流は全て此奴の食事のためだった。更に恐怖心が増していく。その一方で疑問はある。出会った彼らのあの感情は目の前の奴らに作られたのだろうか。それは違う。七不思議という謎とは異なっているものだ。ホラーという同じ括りに入ったとしても。


「あいえといを」


 バケモノの短い手が長くなり、刃と変化した。これは本気で殺される。本能が感知したのか、俺はいつもより力強く蹴り出す。陸上部の短距離選手と変わらない速さで逃げようとする。


「逃ガサナイ」


 右の太ももが熱くて痛い。バランスが崩れて、前に転んでしまう。力を入れて立ち上がろうとしたら、ある異変に気付いた。右脚が切られていたのだ。真っ二つになって、大量の血が流れている。悲鳴を上げようとしても、それはもう出来ない。


「イタダキマス」


 ヘドロの中に入ってしまったからだ。思ったよりも暖かい。日向ぼっこと同じぐらいだ。ピリピリとする痛みも悪くない。こういうのも。

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富津野高校七不思議の謎 いちのさつき @satuki1

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