いつつとむっつ 兄と妹

 最後に体育館に入る。室内競技の部活の練習場ということもあり、広々としており、集会としても使われる。明かりをつけると、舞台に二人がいる。生まれる前にあった戦争の時代でよく見かけたような恰好をしている。顔立ちが似ているため、恐らく兄妹の関係があるのかもしれない。


「久しぶりに人と会った」


 黒色の短髪の女の子が嬉しそうな顔をしている。近づいてきている。


「初めまして。この学校の生徒?」

「そうだけど」


 女の子が右手を差し出した。


「この学校の前の……えーっと。富津野中等学校の元生徒だったの。色々聞きたいなぁ」

「待て。それよりも野球の話を」

「お兄ちゃんが欲しい話を持ってるとも限らないでしょ」


 兄らしい男子生徒は野球をやっている。とりあえず野球男児の憧れの甲子園を話せばいいのか。一応これでも野球部に所属しているから話そうと思えば、話せるものだ。胡坐をかいての語りで行儀はよくないが、誰も注意する者はいないからいいだろう。


「いや。今の時代の野球なら話せるよ。君の場合は甲子園とかでいいのかな」

「そうそれ! 俺は憧れてたけど、参加できなかったからな。何処が強いんだ? いっぱい学校が出場するんだろ?」


 今はまだ甲子園の予選が行う時期であって、確定しているわけではないことを伝えた。富津野高校も予選に出る予定で、最初から優勝候補の私立のとある学校と対戦することも忘れずに伝えた。男子生徒が腕を組んで考え込む仕草をする。


「優勝候補か。厳しい試合になりそうだな」

「お兄ちゃんだけずるい! ねえ。他のことも教えてよ!」


 ずっと野球のことばかり話していたせいで、女子生徒が話に入って来た。聞くばかりでは飽きたのかもしれない。


「そうだな。最近女性の中で流行っているのは」


 自慢ではないが、美人の姉を持つ。だからこそ、女性の流行りというものも把握していた。まさかこういうところで活躍するとは思ってもみなかった。音楽のことを話してみたら、彼女の目の輝きが増していた。男でも使えるような知識も教えておいた。損はないと判断したためだ。


「うわ」


 楽しく会話をしていたからか、あっという間に時間が過ぎていた。夜の八時に行こうとしている。非常によろしくない。明日の授業に響く。


「そろそろ行くよ。明日も学校があるから」


 二人が名残惜しそうに俺を見る。


「そっか。また夜になったらおいでよ。お菓子の話を聞かせてね」

「俺は陸上とかそっちがいい」

「機会があったら、また来るよ」


 立ち上がって、手を振って別れを告げて、体育館から出ようとする。後ろを振り返ると、女子生徒は大きく手を振り、男子生徒は静かに小さく振っていた。対照的だが、それがいい。俺は笑って、そこから出た。

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