6.食Ⅲ

緊張したなぁ。いつも作っている慣れた料理だけど好きな人に作るとこんなにもいつも通りに行かないのね。それでもいつも通り美味しい美味しいって言って食べてくれて嬉しかった。

電話は緊張するけどメッセージはどんどん送れる。仕事が今忙しいみたいであまり返ってこないけど返事があってすごく嬉しい。でもしつこいとか嫌だとか思われていないか不安になる。初めて心を許せたおじいちゃん以外の男の人だから。。

休業になってからすぐ警察から特定してくれた人を知らされた。ぶるぶると身震いが止まらなかった。完全に堕ちた瞬間でもあった。いるんだ、あんな本当にヒーローみたいなカッコいい人が。しかも男の人で。。その一方で怖くもなってきた。それはあの人が他の人盗られてしまうのではないか、他の人を愛してしまうのではないか。実は既に手遅れなのか。考えたくないがマイナス思考が次々と自分を襲う。そう思うと行動せずに入られずすぐに教えてもらっていた電話番号へかけた。決して得意ではない電話しかも男性との会話。プルルっプルルっとしんと静まった簡素な部屋に空の通話音が木霊した。反応がない。仕事中なのだろう。折り返しを待つこととした。

夜になっても翌日になっても折り返しがなかった。折り返しがこない。折り返しが。。

もう一度掛けたかったが勇気が出なかった。しばらく待とう。おかしい。いつもの私じゃない。仕事が今ないことも関係しているだろうが目が冴えて寝れない。それに四六時中あの人の笑顔と食事シーンが目に浮かぶ。気を許すと返事がこないことが頭をよぎり辛くなる。。友達も居ないため普段ほとんど携帯は見ない人間だがトイレにも風呂にも持ちこんで生活をしていた。祖父母もいつもと違う私を心配し声をかけてきたが耳に入ってこなかった。ほとんど眠れず週末を迎えた。突然携帯が光った。即座反応した。電話が返ってきたことへの興奮が勝り会話がとか男の人がとかそういう考えは頭から消えていた。

電話が切れたあと。大急ぎで買い出しへと市場へ向かった。最高のものを仕入れなければ!

市場に向かう途中もずっとあの人の声ばかりが繰り返される、まさに幸せそのものであった。

そんな浮ついた気持ちで久しぶりの仕込みをしていれば当然ミスをする。不注意からかいつぶりであろう指を少し切ってしまった。ツーっと流れくる血を見つめて、、自分でもどういう顔をしていたか想像できないが悪い顔をしていたに違いない。普通ではありえない考えが浮かんでいた。そして、あろうことか実行してしまった。最初の食事以降も、何度も何度も様々な理由をつけて食事へ誘った。毎回彼からは一緒に食べましょうと誘われる。当然舞い上がって脳内がトリップして頭がチカチカするのだが食べている姿が大好きすぎて一瞬でも見逃したくないという気持ちが強くて断っていた。胸ポケットに携帯を忍ばせ正面からの隠し撮りもして保存もしている。これが私の最高のオカズなのだ。帰った後も、朝も昼も夜も何度も連絡を送った。あの人のこととなると見境なく夢中になってしまうようだ。忙しい身のようで返事はまばらで昼と夜に何通か返ってくればければいい方だ。けれども贅沢は言わない。だって食事を重ねれば重なる程、その度に私が彼の一部になっていくんだもの。それだけで満足。彼だけの内緒の調味料。いつも美味しいって言いながらいっぱい食べてくれありがと。だいすき。


休業して約1年、周りの常連さんからの要望と、祖父母から営業を再開しないかと持ちかけられた。実は数ヶ月前からか打診を受けているのだけれど彼との2人きりの時間や連絡が取れなくなることが嫌でやんわり断っていたのであった。もちろん彼にプライベートでこの店を開けて食事を作っていることは祖父母は知っている。そして嫌がる理由もわかっているはず。だから数ヶ月猶予が与えられていたわけだ。しかし金銭的な事も背景に渋々お店を再開する旨に同意をした。

彼には伝えなかった。伝えずにいたらまたプライベートで誘えば来てくれると思ったからだ。しかしそれは全く意図していない形で裏切られることとなる。


ガラガラガラ

「いらっしゃいませ何名様でしょうか」

どことなくキラキラとした派手目の女性が来店した。水商売の人かな。いずれにしろ初めての人だった。再開したてでおばあちゃん達はまだ集まりが悪く、お客さんの接客で祖母たちが対応している時は案内は私がやることとなっていた。「待ち合わせで後1人きます」と意外にもお淑やかな声で返された。以前の教訓として警戒が少しでもあれお客さんは厨房から目のつくところに通すと決めていた。「こちらへどうぞ」と厨房から見える位置に案内した。その女性は店内を品定めするように一周見てから席についた。メニュー表を開いてはいるがその上で携帯をいじっているようだ。15分くらい経ったであろうか、玄関が開いた。戸から覗かせた手元の時計で誰だかわかった。あの人だ♡。厨房から駆けつけいつものカウンター席に案内しようとした時

「あっ、今日はあの奥の人と待ち合わせしてたんですよ、いや、揃うの遅くなって申し訳ない!席埋めちゃってましたよね。」と信じられないならない言葉が聞こえた。持っていたメモ帳、おしぼり、消毒スプレーは全て床に落ちた。

ン?マチアワセ?ダレと?ナンデ?ウソでしょ?彼から大丈夫?という声が掛かるまでの数秒間、完全な放心状態であった。

そして彼は足元に落ちたものを拾い私に手渡してから前を通り厨房前のあの女の席に向かった。彼が誰かと来たことはこれまで一回たりともなかった。

まだ店にはお客さんが、そこそこ入っており忙しいのだがそんなことはもうどうでも良くなっており厨房前の席だけが気になって気になって仕方がなかった。何を話しているだろう。どういう関係なんだろう。なんで私以外の人が彼とご飯を食べているのだろう。なんであんな女のために私はご飯を作らなきゃならないのだろう。なんで私じゃないんだろう。なんで、このお店なんだろう。なんであの女は彼がせっかく話しているのに携帯を触れるのだろう。なんで彼の手を触っているのだろう。なんで彼も笑顔なんだろう。

祖父母、他のおばあちゃん達みんなが声をかけて来ているが空返事。厨房からは目を、配膳の時は耳を全神経があの卓に集中しているのが自分でもわかる。


「ほんとここに毎日俺来てるからさ、良かったよたまたまタイミングあって」

「んね、ネットとかでも話題になってたからきてみたかったんだよねぇ、1人じゃこういう食堂とか入ったことなかったからさ、まさかよく行ってるお店だったなんてね笑ありがと、おすすめはー?」

「ホントなんでもうまい、腹減ってるならこれ、サッパリとかしてるならこれかなぁ」

「もう店員さんじゃん笑笑どうしよっかなぁー、あっもし食べなかったりしたら助けてね」

「任せろ任せろ、いつでも腹は減ってるから」



私もあんな派手な格好にすればよかったんですか?

私もあんなにスラスラと話せればよかったんですか?

私もあんなに自然に笑えればよかったんですか?

私も体に触ればよかったんですか?

私も一緒に食事を取ればよかったんですか?

時間をかけて仕込んでいた料理にゴミをぶち込まれ台無しにされた気分であった。


食事が運ばれてからも、食事中も、今まで見たことのない表情、口調の彼がそこにはいた。

私しか知らないはずだった彼は私が勝手に作り上げただけの幻想に過ぎなかったのだ。

帰り際、今日の様子を変に思ってか話しかけてくれた。少し救われた。でもやはり、あの女に出していた表情とは違う。距離のある接し方だ。

それからの仕事はほとんど身に入らなかった。みんなから心配されて早めに上がることとなった。携帯を見るとメッセージが入っていた。友達なんかいないから彼からだろうと確信した。内容は今日ありがとうという社交辞令の連絡だったが初めての彼からのメッセージに興奮した。胸が熱くなったし涙も出た。メッセージで根掘り葉掘り聞きたかった。心も落ち着かないし彼の声を聞かないとどうにかなってしまいそうだったので堪らず電話を掛けた。彼に寄り添ってもらいたかった。

「もしもし、、、」

「あっおい、電話だからちょっと離れろってもしもし、ごめんなさい、騒がしくて、お仕事お疲れ様です今日もおいしかったっす、電話なんか別によかったのに〜〜」ウソだウソだ。

ドカンドクンドクン心臓の音が跳ね上がる。電話ので出しに聞こえた誰かとのやりとり。確かに聞こえた女の声。

彼の声が遠のいていく。私も何か発しなきゃ。

「い、いえ、はい、また今度はい、忙しいのにすいません。じゃ失礼します」と感情が無くなった声でガチャリと切ってしまった。

翌日も、その翌日も1週間、1ヶ月私は心ここに在らずで仕事をした。その間彼も来店したが目も合わせず、厨房からも出なかった。メッセージもせず過ごした。。。既に心は壊れていた。


鴎月さんから久しぶりのメッセージが届いた。最近店でも厨房から出てこずやりとりもなかったので少し気になっていた。恒例の食事の誘いであった。日にちを確認しすぐに行く旨を連絡を返した。

当日、店の前には見慣れないワゴンが止まっていた。少し気にもなったがガラガラと戸を開けて店に入って行った。店内は既にいつものようにいい匂いで充満していた。見たことない笑顔で向かい入れてくれた。これまでの元気のなさは杞憂だったのかな?と簡単な挨拶をしながら席についた。食事が出るまでも表情はずっと笑顔であった。食事を完食して食後のコーヒーを待っていたところで意識が遠のいていった。。


「あれ?確かご飯をご馳走になっていて、それから、、あっ!?そうだ、ここは?鴎月さん!いますか?ここはどこですか?」

少し遠くからおぼんを持ちこちらへ寄ってきた。

「おはようございます。よく眠ってましたねそれよりお腹空いたでしょ、さっ召し上がりください。」

「いやいや、それよりここはどこなんですか」

「どうしたんですか?やはりあの女がいないと食事は摂らないんですか?私とじゃやっぱり楽しくないんですか?私と2人きりだと気まずくて食べられませんか?あの女は今頃は家畜の餌になっていると思いますけど。そんなにあの女の方がいいですか?顔ですか?雰囲気ですか?見た目ですか?まぁいいや。これからはあなたの口にするもの全て私が管理しますから。水一杯ですら私が一度口に含んでから飲んでいただきます。」

「何言ってんだ?おい!どういうことだ!何が?えっ!△△ちゃんは関係ないだろ!」気が付かなかったが俺は介護用のベットのようなものに括り付けられていて首から下はほとんど身動きが取れなかった。

「はぁ、まだあの女のことを思っているのですね。頑固な灰汁だこと。ここは誰も来ませんしそもそもここからは出られないですし外の人とも連絡は取れません。世間にはあの女と共にこの世を去ったこととなっております。少しずつあなたに私を味わってもらっていたのにあの女のせいで、せいで、せいで台無しに!」

だ。だめだ、話が通じない、一体何が原因で、こうなってしまったのだ?理由も原因もわからず現状にパニックを覚える。

「わがままな◯◯は自分で食べられないから不貞腐れてるんですね?だから駄々捏ねてるんですね。はいはい、ほら、あーん」

これだけはわかる、これを拒むことはどういう結果になるかということを。まるで屠殺を前にする家畜、まな板の上の魚のような気分だ。

「これからもじっくり、じっくり愛を込めて作るからね、最高の食事にするからね。♡」







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