5.食Ⅱ

転勤してきて初外回り、昼飯を摂る場所を探していた。以前は都心の事業所だったので予算的にも時間的にもチェーン店かラーメン屋、コンビニなどで昼飯は済ますことが多かった。地方へ転勤してしばらく、社内引継ぎ等でバタバタしていたが業務自体、地域性なのかユーザーもゆったりとした雰囲気で都心に比べると大分余裕がある感覚を覚えた。

初めての土地ということもありワクワクして探していた。インターネットで探すのもよかったのだが時間もあるし外回りついでに車であちこち走ってみた。国道沿いや大きな通り、大型商業施設付近にはファミレスやチェーン店が並んでいた。そういう通りを少し入っていくと個人で営んでいるような食堂やそば屋などがちらほらと見えはじめた。都内も店の数は多いが流行り廃りも多く気に入っても店が無くなっていたり満員で入るのを躊躇うことなどがよくあった。

20分くらい探検していると民家の中に15台くらい止められる駐車場のある食堂を見つけた。

かもめねこ食堂

時刻は13時、通常の昼休だと終わる時間にも関わらず駐車場はほとんど埋まっていた。時間も時間なためここに入ることに決めた。飯が不味いからといって怒ったり、損したとかそういうことを思うたちではない。がせっかくなら美味ければ、なんて気分で入店した。店内は窓からさす光で十分に明るくガヤガヤしすぎでない、パーソナルスペースも確保されている空間であった。外見は少し古い民家であったが中は至って綺麗で清潔感もあった。

社の食堂やオフィス街の食堂とは違う民家ならではの味わい深い、食卓を彷彿させるような落ち着きある雰囲気に心が和んだ。子供の頃からスポーツをやっていた。強豪にいたため食トレは必ずありそのせいか今になっても食事の量は落ちていない。気をつけて運動や筋トレもしているが当時の運動量を凌ぐことは出来ずただ体だけが肥えていく一方であった。黒板に書いてある日替わり定食(本日は生姜焼き、卵とニラ炒めハーフセット)が魅力的で即それに決め注文を告げた。厨房に戻って行こうとした時ライスの大盛りと唐揚げも追加でお願いした。とにかく腹が減っていたのだ。店員さんはおばあちゃんが多い印象、慣れた手つきで手書きの伝票に注文をとり厨房へ入っていく。水も机に置いてありセルフで注げるため気を遣わなくて良さそうだ。20分くらい店内の様子、外をぼんやり眺めていると美味しそうな匂いが鼻を刺激した。後ろから声をかけられ自分の食事であることを確信する。ボリュームのあるおかず、ライスの大盛りもちゃんとした大盛りで安心した。一瞬これ唐揚げも来て食べられるのかなと不安に思ったが、まぁいけるだろう、気合いを入れ食事に向かった。いただきますと手を合わせて食べ始めた。な、なんだ、これ箸がとまらん!美味い!久しぶりにあったかい食事にありつけたことまあるが、感動するほど美味しかった。うまっ。これは人気のはずだと心の中で言葉がでた。

すぐさま一杯目のご飯を食べてしまい、二杯目もおかずを交互に米に乗せガシガシと米と一緒に口へかき込んでいった。ついてきた漬物もかなりおいしい。正直これと味噌汁で充分な気持ちである。美味しかった。すっかり満腹になり、血糖値上昇と眠気を感じたところでお会計へ向かった。ご馳走様でしたと告げて店を出たのだった。地図アプリで確認すると家と職場の中間地点にここは位置しているようで通えてしまうことが判明した。

その日からほとんど毎日この食堂を利用した。もはや中毒、ルーティンの域である。自炊したほうが経済的には優しいのだが独り身で食事を用意するのも面倒だし何よりも偏りがない気がして通う足を止められなかったのだ。通い始めてからしばらく、おばあちゃんたちとはずいぶん歳の離れた自分と同い年くらいの女性も働いていることに気がついた。看板娘と言ったところだろうか。と言ってもほとんど厨房におり配膳は大忙しの時間や常連さんにのみ行なっているようであった。見かける時はマスクをつけていることが多くイマイチ特徴は把握出来なかった。

いつの間にか昼も夜も通うようになり完全にここのファンになっていた。とにかく飯にやみつきであった。最近前にも増してこのお店が混むようになってきた。いつもいる常連のお客さんの姿はあまり見えず若い人やバイク乗りたちが増えた印象だ、時間帯によってはグループが占拠しているようにも感じた。この店はだいたい混んでいると30分くらい食事を待つ。チェーン店などとは違いシステム化されているわけでもない。それでも厨房からテキパキと指示を出す看板娘とおじいちゃん、慣れた手つきで注文を取り皿を下げ会計を進めるおばあちゃん達。この光景を見ているだけで勝手に時間が経つため全然待っていることができた。しかし新しいお客さんたちは不審感を募らせ不満を感じているようであった。なにやらぶつぶつと文句を言っている人や酷いやつに至ってはクレームまがいのことを声を大にしておばあちゃん達にぶつけていた。前と比べたら随分とギスギスした雰囲気になっていた。この急な大繁盛の訳を知りたくて普段は見ないネットの口コミなどを漁った。個人的には繁盛している事は嬉しかった。それは自分の舌が間違っていないという証明がされたような気がしたからだ。とある有名ブロガーの記事がきっかけらしかった。その口コミをみたライダー達が最初は増え、その人らのSNSの共有などでさらに人気に拍車がかかったようだ。味の評価もあったのだがそれよりも、遅いとか、失礼とかありもしないようなこととかが書かれていてすごい嫌な気持ちになった。

ある日店に入ろうとすると派手な見た目をした若造6人組がケラケラと人を馬鹿にしたような騒ぎをして店から出てきた。パッと見かけただけで関わりたくないなという印象を抱かせてきた彼らはある意味すごいと思う。いつものように食事を終えて店を出る際に玄関の張り紙に目が行った。それは休業の告知であった。

言いようもない喪失感に襲われた。

休業1ヶ月前に店を訪れると驚いた、店の外壁はスプレーか何かでかかれたひどい落書きだらけであった。見た瞬間カチンときたしこの上なく卑怯だなと思った。しかしここで無闇に怒って何か余計な水を差すことは店のためにならないだろうとも思った。店も警察等に相談しているだろうし我慢しているに違いない。何食わぬ顔で今日も美味しい飯を平らげた。数日後、仕事が思わぬトラブルで昼も取れず夜遅い時間に店にやってきた、入ると締め作業に入りかけており、あっ、営業終わりなのかと思った。

恐る恐る尋ねるとおじいちゃんも看板娘も快く受け入れてくれた。助かった。今日は死ぬほど働いて腹が減っていたんだ。いつも通りのメニューと量を食べた。こんな静かな雰囲気は随分と久しぶりのように思えた。おばあちゃんたちも急な客層の変化や落書き騒動などで最近元気がなく沈んでおり可哀想に思っていた。お会計の時、休業について聞いた。おそらく初めて看板娘の人と会話したと思う。急に話しかけてしまって申し訳無かったがいつもの食事の感謝と嫌がらせについての思いを伝えずにはいられなかった。店を出た後もあの、当てようもない悔しさを持った店の人たちの表情が浮かんできた。

深夜緊急で担当のユーザーから呼び出しを受けたため戦闘服にしぶしぶ袖を通しユーザーへ向かった。帰り際ふと食堂の前を通ったみようと思った。もしかしたら犯人がいるかもしれないし。

信じられないがものの見事に犯人が絶賛犯行中であった。動画をこっそりと回し証拠を抑えたところで警察に電話をした。

その後のことだが犯人はいつだかの6人組の取り巻きやファンたちであることが判明した。現場にいた取り巻きら仲間内にも警告しとけと念入りに詰め寄った。大人は怒らせないほうがいいよ?と圧を込め、強めに。犯人は現場に必ず戻ってくるというのは本当であった。変な気を遣われなくなかったので警察の事情聴取では常々詳細を明かさないでお店の方へ連絡してあげてくださいとお願いしていた。仕事をしながら各方面の対応をしている間不規則な生活が続きしばらく店に行くことができなかった。休業前最終日、食べ納めだと思って慌てて店に訪問した。思い残すことなく食べきった。雰囲気も明るくなっており内心嬉しかった。帰りにまた看板娘に話しかけられ店復帰の連絡をすると言われ連絡先を教えた。最近は女性から連絡先を聞かれるなんて飲み屋のお姉ちゃんくらいしかなかったからとても新鮮で少しドキッとしてしまった。

転勤してからほとんど自炊をすることもなく、あの食堂か飲みに行くか出前かの生活であった。店が休業してすぐにおそらく店からだろうという電話が入っていた。仕事があり出れなかったがもう復帰?早いなそれだと嬉しいけどななんて思っていた。仕事が終わらず夜遅くになってしまい返事はは週末に持ち越すこととした。

週末

こちらから電話をかけると、ワンコール鳴りかかったか、かからないかくらいの瞬間にあの看板娘の声が聞こえた。

「◯◯と申します」

「はい、鴎月です。あっ失礼しました汗

かもめねこ食堂です。お電話お待ちしてました。てっきり迷惑になっていたかと思ってこちらからかけられずにいました。お忙しいのに申し訳ございません。」早口の回答。

「すいません俺の方こそすぐ折り返せなくって、あのもう復帰の目処が立ったんですか?」

「い、いえ、あのそういう訳ではないのですが、えっと、、じ。実は警察の方からあなたが迷惑犯を特定してくれたと情報がありまして、そのお礼で電話を差し上げました。。」

警察め言わないでくれと頼んだのに、

「いえいえ、俺は偶然見かけたのを警察に通報しただけですから。」

「お礼をしたいのですがその、えっと、、、」

「気を遣わないでください、、また食べに行きますからその時ライス大盛りサービスとかお願いしますよ笑笑」と明るく終えようとしたのだが

「そうだ!休業中なんですがお礼に食事作りますのでお店来てください!腕によりをかけて作ります!多分私大体のものならできますよ?」とまさかの食事の誘いであった。また何がきっかけで騒ぎになるかわからなかったため、こちらは丁重に断りを述べた。電話越し、少しの沈黙のあと啜り声で

「どうしても嫌ですか?」と問いかけがあった。

ずるい。これではまるで俺が泣かしたみたいだ。まぁ飯食うだけだしな。うーん。

「お店に気を遣っていらっしゃるのであればお家に伺わせてください。そこで料理作ります!

」とさらにこちらへぐいぐいと寄ってきたのでお店に行くことに決めた。

先の声色と打って変わって明るい口調で

「わかりました!日曜日のお昼とかとどうでしょうか!◯◯さんは唐揚げ好きですもんね唐揚げも今から特製ダレにつけて味濃くしますね!

明太ポテトサラダと漬物あとは豚汁に、メインは野菜炒めがいいですか?生姜焼きがいいですか?豚バラ大根とかにします?ガッツリしたものがお好きですもんねお米はたくさん炊いておきますね。」と回答があった。

既に好みはモロバレのようであった。電話だとタイミングが難しいためアプリのIDを伝え連絡を取ることとした。

約束をしてからも連絡がよく来た。

そしてお礼と称したご馳走が終わってからも、それは変わらなかった。向こうも長年毎日やっていた仕事が急に空いて何をしたらいいかわからないのだろう。そう思いつつ返せる時に返事はしていた。それから何度も試作品の試食、料理を作りすぎたとか様々な理由で食事の招待を受けた。

毎回一度は断りを入れるのだがほとんど断れなかった。料理は相変わらず、いや1人に対して作っているせいかさらに美味しく感じた。今まで厨房にいた彼女だが、2人の時は目の前に座ってこちらの食べる姿をじーっと見ている。一緒に食べましょうと誘っても人が食べているところを見るのが好きという理由で彼女は食べなかった。最初は恥ずかしかったが次第に慣れていき今では1人の大食いが1人の女性の前でひたすら飯を食うという側から見たらおかしな光景が当たり前になっていた。

仕事が重なりあまり返事ができない時、大量にメッセージが来ていることがある。飲み屋のお姉ちゃんたちとはこんなにやりとりがないから異様に感じた。でもこれが普通なのか?と経験があまりないため判断がつかなかった。深く考えないよう布団に入っていった。



完結できず続けてしまいます。申し訳ないです。

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