第14話

 宙の穴をくぐった先にあったのは本当に普通の部屋だった。板張りの床、板張りの壁、家財はほどほど。窓の向こうが真っ暗なことだけが異質だったがそれ以外はなんの変哲も無い。

「げっ! 来やがった!!」

「来やがったじゃねぇよ。手間かけさせるなクソ野郎」

 アリカがそんなやりとりをした相手こそがこの部屋の主だった。そして、さっきまでアリカとマディが居た異界の主であり、そしてあのスカルドラゴンや骨の使い魔たちの主だった。

 それはやはりというかもちろんというか人間ではなかった。

 ガイコツだった。

 人間のガイコツが服を着て、入ってきたアリカとマディを睨んでいるのだ。

「クソが。二重構造にすりゃバレないと思ったんだけどな」

「上級魔族を舐めるな。その程度の細工障害になるわけねぇだろ」

 ポリポリと頭を掻くガイコツ。髪もなにもない。かゆみなんかあるのだろうか。マディには分からない。しかし、マディは大概もう妙なものは結構見たのでガイコツがしゃべっていること自体はそれほど驚かなかった。

 しかし一応聞いておいた。

「なんだこいつは」

「あぁん? 人間風情がこの俺になんて言った?」

「おい、下僕。こいつ蹴り殺して良いぞ」

「止めろ止めろ! 冗談だ! そいつが化け物みたいに肉体強化されてんのは知ってる。頼むから止めてくれ」

 ガイコツはわたわたと手を振って恐怖をアピールしていた。

「こいつはリッチロードの息子だ」

「りっちろーど?」

「この世界のアンデッド系の魔物の王様さ」

「ははぁ、つまり?」

「魔物界のボンボン中のボンボンだ。その地位と親の過保護に甘えながら暮らしてきたクセに、ちょっとケンカしただけで家を飛び出した。それでここに隠れながら持ち出した宝を金に換えて好き放題暮らしてる」

「なんか人間でも聞いたような話だな」

 金持ちの貴族の家なんかで良くあるような状況だった。

「人間風情と一緒にするな! 殺すぞ!」

「殺して良いぞ下僕」

「止めろ!」

 とにかくかなり甘やかされて育てられたらしいことはマディにも感じ取れた。魔物なのにどこか侮ってしまうのは今のマディの肉体故か、この小物感故か。

 このガイコツはあの異界を作り、あの恐ろしい怪物達を使役していたはずだがいまいち恐ろしいといった感じがなかった。

「ていうか、死人の息子ってどういうことなんだ?」

 そもそも、死者であるアンデッドの子供というのはマディには良く分からなかった。

「さぁ、知らん。興味も無い」

 アリカは本当にうんざりした調子で言った。このガイコツと関わるのが心底面倒といった感じだった。使い魔のスカルドラゴンを相手にしていたときはそこそこ楽しそうだったのにその主にはまるで興味がないらしい。

「クソが! だから上位魔族は大嫌いなんだ。世界をおもちゃにするような連中に勝てるわけねぇだろ!」

「世界をおもちゃに?」

「強大な魔術で物理法則も因果律も思いのままさ。こいつにらにかかれば空と地面をひっくり返すなんて朝飯前だし、温度だのエネルギーだの魔力だのも基準から変えちまう。時間も空間もないようなもんだし、この世の幸運を全部自分に集めるのだって簡単だ。そういうデタラメな種族なんだよ」

「そんなとんでもないやつだったのかお前」

「そうだ、敬え下僕」

「大体ベズ家なんか上位魔族の中でも名家中の名家だ。居るかどうかも分からないカミサマと取引出来るなんて話も聞いてる。そもそも、この『世界』の出身ですらないだのむちゃくちゃな噂ばっかりさ。お前どうやってこいつの眷属になったか知らねぇけど悪いこと言わねぇからさっさと縁切れ。どんな目に遭ってもおかしくないぞ」

「黙れ骨野郎」

 ドガ、とアリカはガイコツを蹴りつけた。ガラガラと音を立てながら右腕が吹っ飛ぶ。「俺の腕が!」

「どうせ大して痛くもねぇくせに騒ぐな」

「気分の問題だ!」

「やかましい。グダグダ言ってないでとっとと部屋を出るぞ。お前のじいやがお前に会いたがってる。いつまでもこんなクソ異界に引きこもってんじゃねぇ。今回はなにが原因だ?」

「市場で俺の好きだったコーヒー屋が代替わりして味が変わりやがった。こんなクソみたいな世界と関わってられるか!」

「思った通りのクソ理由で安心した。おら来い!」

 アリカはそう言ってとん、とガイコツの頭を指で叩く。すると見る間にガイコツの背が縮み始めた。腕も足もどんどん短くなり、あっという間にガイコツは蟲のように小さくなってしまった。

 アリカは懐から小瓶を取り出し、小さくなって逃げ回ろうとするガイコツをつまむとその中に入れた。ガイコツは明らかな抗議の意思を示しながら瓶を中から叩いていたが出れるはずもない。

「さて、お仕事完了だ。とっとと帰るぞ下僕」

「これで終わりか?」

「ああ、終わりだ。バカの回収は完了した。あとは依頼人にこの瓶ごと引き渡すだけだ」

 なにがなんだかマディには分からなかったがどうやら依頼は完了したらしい。

 マディからすれば目の前でずっと訳の分からない会話を繰り広げた末にガイコツがアリカの瓶にしまわれたというだけだった。

 しかし、雇い主が誰かと良く分からない会話をしているところに居合わせるのは人間の場合でも度々あることだったのでそこまで気にはならなかった。

 それよりも、ようやく魔族の下僕としての初仕事が終わったという事実の方が重要だった。

 しかし、やはりまだ色々現実感がないので達成感のようなものはあまりなかった。

「さて」

 そして、二人はまた宙に空いた穴をくぐり荒涼とした異界の中に戻る。気付けばあの犬は居なかった。

「またあのドアまで行くのは面倒だな」

 アリカはそう言って、ガツンと地面を靴で蹴りつけた。

 すると、蹴りつけた地面、そこがビシビシと音を立てて裂け始めた。いや、地面だけではなくヒビは宙に空に及び、あっという間に異界全体がヒビだらけになった。

「そら」

 そして、アリカがもう一回地面を蹴ると景色の全てが音を立てて崩壊した。

 気付けばマディとアリカはなんの変哲も無い部屋の中に居た。さっきまでガイコツが居た部屋と同じだ。ただし今度は窓の向こうにちゃんと街が広がっていた。

 アリカはその魔族的な魔術であの異界を一瞬で破壊したらしかった。

「なんかあっけないな」

「まぁな、私にかかればこんなもんだ。もうどうぶっ壊れようが関係ないしな」

 アリカは事もなさそうに言った。ガイコツを回収できたから用済みということなのだろう。

 異界を破壊するのは造作もない。上位魔族とはそういうものらしかった。そして、マディにはひとつの疑問が生まれた。

「ひょっとしてお前ならあのドラゴンも簡単に倒せたのか?」

「当たり前だろうが。あんなもんに手間取ってたら上位魔族名乗れねぇよ」

「マジかよ」

 あのスカルドラゴンもアリカの相手ではないらしかった。

「じゃあ、なんで俺にやらせたんだ」

「はぁ? 面倒だからに決まってんだろ。雇い主が労働者を使う理由なんか概ねそんなもんだろうが」

「そうか.....」

 アリカの横暴にいちいち言い返さないことにし始めたマディだった。しかし、マディの頭の中でガイコツとの会話が思い出される。上級魔族だの世界をおもちゃにするだの。

「俺お前の手下やってて大丈夫なのか」

「さぁ、どうだろうな」

 アリカはとびきり嫌な感じでニタリと笑った。マディはなにを言うこともしなかった。

 とにかく仕事は終わったらしい。

 相変わらず目の前で今まで起きたことが現実だとは思えなかったがとにかく帰るしかなかった。

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