第13話

 スカルドラゴンは機能を停止しマディの足下だった。

 積み重なった巨大な骨は白い岩山のようになっていた。

「やっと終わったか。時間かけすぎなんだよ下僕」

 そして、その上にたたずむマディの前にアリカが降り立った。あの黒い犬の怪物の背中に乗って登ってきたらしい。怪物は相変わらず恐るべき無機質さだったが、マディは先ほどまでより恐怖を感じてはいなかった。

「時間かけすぎって、倒しただけましだろ」

 まさか、こんなものをマディは倒せるとは思っていなかった。昨日まで対峙することなんて思っていなかったし、そもそも存在しているとさえ思っていなかったような化け物だ。本当に1日で生活が変わりすぎだった。

 昨日まで農場でこの世の底のような生活をしていた人間が神話に出てくるような怪物を素手で倒したのだ。冗談にしてももっとましな話があるだろう。

「やかましい。その気になれば会った時点で倒せてたんだ。怠慢を自覚しろ」

「怠慢って......」

 この主に勤めを果たした下僕を労うという精神はないらしかった。

 マディもマディであまりに現実感がなく、勝ったという充実感はあったが自分がなにをしたのかはいまいち実感がなかった。

 がむしゃらに動いていたらスカルドラゴンをこうして倒せたという事実を理解しているだけだ。

「それにしても死んだのかこいつは?」

 足元のスカルドラゴンはまったく動く気配はなかった。

 魔力を奪われると衰弱すると言う話だったはずだが明らかにそれ以上になっている。

「こいつはそもそも生きてない。大きな骸が魔術で動かされてただけだ。お前達風に言えばマリオネットみたいなものだな」

「なるほど」

 操り人形の糸が切れて人形が動かなくなったようなものらしかった。

 マディにはこんなものを操り人形にするなんていうのはどれだけのことなのか想像もつかなかった。

 マディは頭の整理がつかないまましばし足下の残骸を眺める。

 しかし、アリカはとっとと黒い犬の背中に乗ってしまう。

「おい、なにをぼーっとしてる。さっさと行くぞ」

「行くって....ああ、そうか」

 言われてようやくマディは本来の目的を思い出した。

 なにもこのスカルドラゴンを倒すのが目的だったわけではないのだ。

 そもそもはこの異界の主を探し出すのが目的だったのだから探索を再開するということなのだろう。

 アリカは犬に乗って巨大な骨の残骸を下りていく。マディもその横に続く。

「なにか手がかりはないのか」

「このドラゴンが手がかりになるかと思ったがそうでもなかったな。お前がのろのろ戦ってる間にこいつに辺りを探させたがそれでも手がかりなしだ」

「じゃあ、全然分からないってことか」

 この辺りには手がかりはないということなら、また移動するしかないということか。

「いや、こいつがこれだけ調べてなんの手がかりがないっていうことがおかしい。こいつは100エーク先の魔力の残滓まで嗅ぎ分けるんだ。たかだが10エーク四方しかないこの異界の匂いを嗅ぎ分けられないなんてことがあるはずがない」

「つまりどういうことだ?」

 アリカがなにを言いたいのか、マディにはさっぱりだった。魔族の言うことは昨日まで一般人だったマディにはさっぱりだった。

 と、

「おっと。お客様がお待ちかねだな」

 アリカが言った。視線の先はスカルドラゴンの大きな骨の麓だ。

「おいおい、なんだあれは」

 そこには沢山の骨の魔物が集まっていた。うじゃうじゃという表現が適当だろう。数えるのもうんざりするような数だ。

 見あげれば空にも沢山の鳥形の骨の魔物が集まっている。

「切り札が倒されたから残りの使い魔を総動員してるんだろ。良し、行け下僕」

「行けってお前.....」

「どいつもこの龍の骸に比べれば居ないのと同じような雑魚どもだ。全員蹴散らせ」

「簡単に言うけどやるのは俺なんだがな」

「つべこべ言うな。下僕は黙って主に従うんだよ」

「まったく.....」

 なにを言っても仕方が無いのは分かったのでマディは従うことにした。

 確かに、大きいと言っても熊ほどのものが最大だ。今戦ったこの巨大な化け物に比べればなんてことはない。

 マディは相変わらずなってない走り方で突っ込み、なってない戦い方で魔物の群れを蹂躙した。





「さて、少しは学習したようだな。スカルドラゴンよりは手際が良かった。褒めてやるぞ下僕」

「そりゃどうも」

 足下で動く、骨だけの大猿の魔物を蹴散らしマディは言った。

 ものの10分もかからず魔物達はマディによって鎮圧された。触れれば魔力を奪われ機能を停止し、蹴ればなんの手応えもなくあっさり砕け散る。

 確かにアリカの言うとおりスカルドラゴンと比べたらあまりにも弱すぎた。

 マディの適当な戦い方でもなすすべ無く魔物の群れは全滅してしまった。

 相変わらず空恐ろしい強さにマディは自分で戦慄する。

「さて、見世物も終わったし作業に取りかかるとするか」

「俺の戦いは見世物か」

 最早言い返しても無駄だがとりあえず言うマディ。アリカはそんなマディは当然のように無視して黒犬の肩から地面に下りる。

 そして、空中に指をかざすとその指の先に細かい紋様が刻まれた小さな円が浮かび上がった。

「どうするんだ?」

「こいつの鼻で見つけられないってことは、それはそもそもこの異界にはいないってことだ」

「いない? じゃあ探すだけ無駄ってことか?」

「結論を急ぎすぎだ下僕、程度が知れるぞ。異界には居ない。だが、ドアの前に立った時、部屋の中には確かに気配は感じた。だから異界にはいないが、部屋の中には居るんだ」

「?」

 マディにはアリカの言っている意味が良く分からなかった。

 そんなマディは置いてけぼりのまま、アリカは紋様の浮かぶ指を振った。するとどうしたことか。空中を動かしているだけのはずの指が確かになにかにぶつかりコツコツと音を立てたのだ。

「なんだ?」

「部屋には居るがこの異界にはいない。つまり話は単純だ」

 そして、アリカは指を引っこめ拳を握りしめる。紋様は拳の上に移動していた。

「入れ子構造なんだよここは」

 アリカはそのまま拳を思い切り空中の壁に叩きつけた。

 何かが砕ける音が響く。

 拳は確かに見えない何かをとらえ、そして破壊した。

 空中が砕け散り、その向こうにはありふれた人間のものと同じ部屋があった。

「なんだこりゃあ」

 つまり、ドアから入った異界は内側でその外側にもうひとつ部屋があったということらしかった。二重構造になっていた。アリカはその内側の壁を砕き、外側への穴を空けたらしかった。

 つくづく魔術というのは良く分からないと思うマディだった。

「さて、ようやくご対面だ。面倒をかけやがる」

 そして、アリカは砕けた穴をくぐり本当の部屋の中へと入っていった。

「なんだか訳が分からん」

 相変わらずマディには分からない現象ばかり起き、呆れるばかりだったがマディもそれに続くのだった。

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