第12話
どうやら生半可な攻撃はマディには通用しないようだ。いや、生半可でない災害のような攻撃もまったく通用しないようだ。つまるところこのドラゴンの攻撃のような。
もう人間でなくなってしまったとしか思えないマディだったが、だからといって泣きわめいている場合ではなかった。
目の前には依然として怪物としか言いようのないスカルドラゴンがそびえ立っているのだ。
逃げる選択肢はアリカによって封じられている。逃げればどんな目に遭うか分かったものではない。
あれだけの攻撃を受けてもこんなかすり傷程度しか傷を負わないならば、あとは攻めるのみだった。
狙うは一点、このドラゴンの剥き出しの背骨の頂点のみ。
「行ったらぁ!」
「その意気だ下僕」
マディは再び全力で走り出す。景色が一瞬ですっ飛びドラゴンの元へと向かう。ドラゴンは攻めあぐねて動かなくなっていた。
勝つ、勝てる。その言葉がマディの頭の中で繰り返される。
ただのひ弱な人間だったマディの四肢に、この神話の怪物に立ち向かう力が満ちていく。
しかし、
「わぶ!?」
マディが呻いたのは大量の土埃に見舞われたからだった。
すなわち、ドラゴンがその翼で巻き起こした土埃だ。
「飛んだ!」
マディの目には今まで地面に這いつくばっていたドラゴンが空高く跳び上がった姿が映っていた。どういう仕組みなのか、骨だけの翼で空気を叩きつけ、一瞬で舞い上がったのだ。
そして、空中に静止すると今度は口を開けた。骨の隙間からメラメラと紫の炎が漏れ出す。
さっきと同じだった。再びドラゴンは業火をマディに吹き出した。
「アツいアツい!!!」
大した傷は負わないが熱いのには違いない。
そして、マディから見れば相当上空にドラゴンは飛び上がってしまった。
ドラゴンが大きいから距離感が良く分からないがかなりの高さだろう。低い雲なら同じくらいの高さにあるくらいかもしれない。
これでは届かない。届かなければあの魔力の濃い部分に触れることさえ出来ない。
炎は一旦止んだがまたすぐに次が来るだろう。
そうしてマディがどうしたものか迷っていると。
「バカか下僕。届かないならお前も跳べばいいだろうが」
「羽はないぞ」
「アホか。普通にジャンプすれば良いんだよ」
バカだのアホだの散々だったが、確かにアリカの言う通りか。あれだけの速さで走れるくらい身体能力が強化されているのだから。
「分かったよ!」
そして、マディは両足に力を込めた。
ミシミシとマディが聞いたことのない音がその足から鳴り響く。
上空のドラゴンは再び口を開き、また炎を吐き出した。しかし、おかまいなしだった。
マディは両足に溜めた力を一気に解放する。地面を渾身の力で蹴りつける。
足下は大きく陥没した。
そして、マディの体はまるで火山から吐き出される岩のように、さっきのドラゴンの尻尾の先よりなお早く吹っ飛んだ。
ドラゴンは炎を放っているが、その中を突っ切り一気にマディはドラゴンの首までたどり着いた。そのまま、その首に着地する。
「すげぇ」
自分で自分のしたことに驚愕したが、もはやだんだん慣れてきたマディだった。そのままドラゴンの体に目を凝らす。目的地はもうすぐだった。
「おっと!!」
マディの足下が大きく揺れる。体に取り付かれたと見るやドラゴンは振り落とそうとし始めた。大きく体を揺すっている。そして、ドラゴンはそのまま体をひねって振りまわしながらグルグルと大きく動きながら飛び出した。
「クソっ! 暴れるな!」
しがみつくマディ。しかし、もう目と鼻の先に背骨の魔力の集中点はある。
足下は悪いが構わずマディは走り出した。
景色がすさまじい速度で後方に流れていく。あっという間だ。
しかし、その時ドラゴンがグルグルと体を回転させ始めた。最後の抵抗だ。振りまわされるマディ。
「おとなしくしろ!」
しかし、その強化された力でマディはドラゴンの体の凹凸にしがみつき、回転に合わせて骨の上を回りながらそのまま走った。
目標まではやはりあっという間だった。
目の前に大きな魔力の炎が迫った。
「これでも喰らえ!!!」
そして、マディは背骨の中心から立ち上る大きな魔力の揺らめきに突っ込み、その両手を叩きつけた。
目の前の魔力がごっそりとその両手にまとわりついた。マディを取り巻いていた魔力が
凝縮され、両手に集まる。
そして、それはマディの体へと溶けていった。
それと同時だった。今まで巨大な体を回転させていたドラゴンが動きを止めたのだ。
「どうだ!?」
マディが言ったのと同時だった。
ドラゴンはゆっくりと速度を失い降下を始めた。
「おお? まずいか!?」
それから、そのままドラゴンは地面に不時着した。ただし、その形は保たれはしなかった。骨は骨として、繋がれることなくバラバラになっていった。
巨大な骨の塊が自由落下した異界の地面はド派手に土埃を巻き上げ、まったく景色が見えなくなった。
「うへぇ......」
そして、ようやくそれは晴れて、切れ間から空が見えるようになったころマディは動き出した。足下にあるのは巨大な骨の山だった。
さっきまでドラゴンとしての形を持っていた骨達は今や均衡を失い、ただの骨が瓦礫のように積み重なっているだけだった。
うんともすんとも言いはしない。
ただ、静かだった。もう、スカルドラゴンではなくなっていた。
スカルドラゴンは魔力を奪われ、その役目を終えていた。
煉獄の炎を吐き出し、少し動いただけで地形を変える、この災害としか言いようのない怪物は動きを完全に止めていた。
どう見ても人間が相手をするものではない怪物は機能を停止していた。
昨日まで農場で虐待を受けていた社会の底辺のただの人間だったマディに倒されてしまった。
「か、勝った!」
マディは生まれて初めて行った戦闘行為に勝利した自分を小さく拳を振り上げることで讃えた。
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