第11話
ドラゴンは炎に効果がないとみるや次はどうしたものかと考えているのか首をかしげていた。攻撃の手が一旦止む。
マディは構わず突っ走り、怪物の足下へ向かう。
そして、ここでも自分の人間でない有様を感じていた。
全力疾走が早すぎるのだ。
運動が全然得意でなかったマディの走り方はめちゃくちゃだったがそんな走り方で明らかに人間の速度を超えていた。
それどころか馬の速度も超えていた。
下手すれば街までマディを運んだ大ガラスほどの速度が出ていた。
周りの景色がものすごい速度ですっ飛んでいくのだ。
さっきは操られていたから頼りない走り方だったが、今マディが自分の意思で全力で走るととんでもないことになっていた。
そして、それだけの速度で走りながらいつもの感覚で体が制御できるというのも恐ろしい話だった。転びそうにもならないし、すさまじい速度で動く景色もちゃんと認識出来る。なんの問題もなくこの速さで走っているのだ。
500ゼルクはあったかというドラゴンの足下とマディの距離はあっという間に縮まってしまった。
しかし、マディが足下に来たと見るやドラゴンはその左前足を振り上げ、そのままマディの上に振り下ろした。
「うわぁ!!」
マディはそれをさらに走り抜けてかわす。
後で巨大な衝撃が起き、轟音とともに大きく地面が吹き飛んでいた。
「本当にアレに当たっても死なないのかよ」
にわかには信じがたい話だ。
しかし、アリカの話ではあれくらいでは死なないらしい。
しかし、当たり前だが恐ろしくて避けてしまった。
「とにかく」
マディは上を見あげる。高い高い骨の山の中腹。ドラゴンの背骨に大きな魔力の塊がある。あれがこの怪物の心臓に当たる部分であり、弱点であるらしい。とにかく目指すはあそこだった。
と、
「うん? あ、後ろ足.....!!!!!!!」
気付いたときには遅い。マディが遙か上を見あげているところに今度はドラゴンは後ろ足で踏みつけてきた。
今度はマディは避けられず、その巨大なドラゴンの足はマディを押しつぶす。常人ならぺしゃんこだ。人間の形すら残らないだろう。
しかし、マディはそうはならなかった。
「イテテテテテ!!!」
結構な痛さだった。当たり前だ。ドラゴンがその足の1本に体重をかけてその下を押しつぶしているのだ。しかし、それだけだった。
体にはこれといった影響はない。
なんか結構痛いだけで、ただそれだけだ。
信じられない話だがアリカの言うとおりのようだ。今のマディはこれくらいでは死なないらしい。いや、これくらいと言ってしまうにはあまりにすさまじいことになっているが、とにかくマディはこれでは死なないのだ。
やがてドラゴンはその足を持ち上げた。そこには人の形のまま土にめり込んだマディ。
「イツツ。逆にどうやったら死ぬんだ今の俺は」
自分の体の異常さにもはや呆れつつマディはめり込んだ体を地面から抜き出す。
と、
「おわぁああ!?」
今度マディの視界に入ったのは高速で振りまわされたドラゴンの尻尾だった。この巨大さで信じられない速度で振られた骨のムチの標的はもちろんマディだった。
尻尾は足とは比べものにならない速度でマディに振り下ろされ、周囲の地形ごとマディを破壊しにかかった。
轟音と共に地形が変わる。
「いってぇえ!!」
さすがのマディも痛かった。だがこれもそれだけだ。正直、農場の用心棒に遊び半分でなぶられた時に比べれば大したことはない。
その感覚がどう考えてもおかしかったがマディはもう考えるのをやめた。
周りの地面はもはや谷と言ってもいいくらいに陥没しているのに直撃した当のマディは受け止めた両腕がやや赤くなっているぐらいなのだ。
しかし、尻尾はまた振り下ろされた。そのたび「いてぇ!」と叫ぶマディだが、それだけのマディだがドラゴンはかまわず巨大な尻尾を振りまわし、何度もマディに叩きつけた。 地形はどんどん変わっていく。マディは傷は大して負わないがこれでは身動きが出来ない。どうしたものかと思っていると。
ふいに耳元で声が聞こえた。
「なにをやってる下僕。やられっぱなしじゃなくやり返せ」
アリカの声だ。
どうやら魔術かなにかで耳元に声を送っているらしい。
「やり返せって言ってもお前....! イッてぇ!!」
そう言うマディにまた巨大な尾が振り下ろされる。
最早地面は陥没しすぎでマディは周囲の地形ごと地中の奥深くまでめり込んでいる。
「殴り返すんだよ。カウンターパンチだ。格闘術知らねぇのか」
「知らん! イッてぇ!!」
「良いからあいつが尻尾振り下ろしてきたら合わせて殴り返せ。今のお前は魔眼で反応速度も上がってる」
「なんでもかんでも言いたいように言いやがって......!」
しかし、このままではどんどん地中深くに叩きつけられるだけでラチが空かないのは明白だ。
殴り合いすらしたことのないマディに果たしてそんなことが出来るのか。
いや、マディには出来る気がしていた。
すさまじい速度で振り下ろされる尻尾。しかし、実はマディはさっきからそれがくっきりはっきり見えていた。「なんか遅いな」と思える程だった。
だから、
「やりゃあ良いんだろやりゃあ!」
マディはタイミングを合わせる。もう、何回あの馬鹿デカいにもほどがある骨の尾をぶつけられたか分からないがいい加減に慣れてきたところだった。
そして、再びマディに向けて唸りを上げて下りてくる尻尾。
マディはそれに、地面にめり込んだ体勢から人生で初めて渾身のパンチを打ち込んだ。
するとどうだろうか。
今まで轟音を立てて大地を砕き続けていた巨大な骨の尻尾。
今度はそれが轟音を上げる番だった。
聞いたこともない破砕音とも取れない破砕音が響き渡り、龍の尻尾に衝撃が伝わる。
そして、マディの拳が激突した部分から尻尾はバラバラと砕け散ったのだ。
「よし、上手くいったな」
「いや!! 埋まるってこれ!!!!」
今度は砕けた骨の破片がマディに降り注ぐ。マディは必死にはい出し、それを殴り飛ばしながら峡谷になった地形の中を走る。ガラガラと積もっていく骨の中からなんとか脱出し、マディはようやく峡谷とと呼ぶしかない地形から元の地面に戻った。
体にはあざが出来ていたがそれだけだった。
ちょっと殴り合いをしましたみたいな傷しかマディには残っていなかった。
「ひょっとして、まさかなんだが、俺こいつより強いのか?」
「どうやらそうみたいだな。こいつ思ったより弱いな」
「弱いって事は無いだろ」
後を見ればドラゴンが起こした破壊は常軌を逸している。地面はメチャクチャに隆起し、その向こうのアリカは全然見えない。その範囲は街1つ軽く収まるほどだ。
さっき吐いた炎の跡もまだ残っている。広範囲の地面が溶けて、見るも無惨だ。
今の攻撃は街1つは軽く滅ぼすほどだったのだろう。
ただ、尾を振りまわし、火を吹くだけでこれなのだ。神話の怪物のようだ。
この龍が弱いなんてことだけはないように思えた。
「そうか? まぁ、お前からすればそうなのかもな」
しかし、アリカからすれば弱いのかもしれなかった。
つくづく魔族はものを計る尺度が壊れている。
「まぁ、とにかく。冗談みたいな話だが、どうやら俺はこいつに負けることはないのか」
冗談みたいな話だがどうやらそれが事実らしかった。
山ほど大きいスカルドラゴンはなにをしてもぴんぴんしている異常な人間を見下ろし、最早どうしたものか考えあぐねているように見えた。
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