第10話

 顎を粉々にされたスカルドラゴンはその首を大きくもたげた。本当に大きい。首を上げるだけでマディからすれば空高くだ。

 別に痛そうとかそういった様子はまったくなかった。調子でも確かめるようにぐねぐねと首を振っている。

「全然効いてなさそうだぞ」

「まぁ、顎砕かれただけじゃな。それより足下気をつけろよ」

「ん?」

 アリカが言うが早いか、マディの周りに散らばった砕けた顎、つまり骨の欠片だ。欠片と言っても一個一個がマディより大きな破片だったが、それがぐらぐらと動いた。

「なんだ?」

 マディがいぶかしんだ瞬間、その破片たちはゆらりと浮き上がり、一気に空高くすっ飛んでいった。

「危ない!!」

 マディはそれを必死にかわした。マディの足下のだけではない。辺り一面に転がった破片が全て天高く舞い上がっていったのだ。

 それらは上空のスカルドラゴンの顔に集まっていき、整然と繋がっていく。みるみるうちに形を成し、破壊したスカルドラゴンの下顎は元通りになっていく。

「再生してんのか?」

「みたいだな。この大きさで再生能力持ちのようだ。面倒だな、下僕」

 面倒と言いつつアリカは楽しそうにケラケラ笑っている。眉をしかめるマディ。一体なにが楽しいというのか。つまり倒す方法がないということではないのか。

「じゃあ、どうやって倒すんだ」

「全身を粉々にぶっ壊せばあるいはいけるかもな。お前じゃ現実的じゃないが」

 壊せてもパンチで顎だけのマディには一気に全身を破壊するなんていうのは無理だろう。

いや、そもそもパンチ一発であのでかさを破壊できる時点で規格外でしかないのだが。この山としか形容出来ない化け物を粉々に破壊しようという提案自体がまるで現実的ではないのだが。

 どうもアリカのものさしは壊れているように思われた。

「だから、お前の目に映るものを利用しろ」

「目に映るものって」

 先ほど目潰しによって与えられた魔眼というやつか。それによってマディは生物の体から湧き上がる魔力を見ることが出来る。

「こんなでかいヤツ相手にどうしろって言うんだ」

 確かにマディの目にはこの怪物から湧き上がる魔力が見えた。その骨の体から立ち上る炎のような魔力。それはその巨体と共に景色を埋め尽くしている。

 アリカいわく、マディは魔力をその目で見て、さらに触ることが出来る。

 そして、魔力に触り、その魔力を奪い取ることで相手を衰弱させ戦闘不能にすることが出来るという話だった。

 アリカはそれをやれと言っているのだろう。その方法でこのドラゴンを倒せと言っているのだ。

 だが、さっきアリカにやっとのとは規模が違いすぎる。

 こんなバカでかいやつ相手にどうすれば魔力を完全奪い取ることが出来るというのか。「さっきから諦めるのが早いんだよお前は」

「そりゃ普通諦めるだろこんな相手」

「よく目を凝らせ。魔力の濃度が違う部分があるはずだ」

「なにを......」

 マディは言い返しても全然取り合って貰えないことはもう分かってきたので言われるままに目を凝らす。

 目を細めて必死に見るとだんだんこの怪物の体から湧き上がる魔力の炎に濃淡があるのが分かってきた。

 そして、その濃度が最も濃い部分が背中にあるのが見て取れた。

「なんか背中のてっぺんの濃度が濃いみたいだな」

「それがこいつの心臓にあたる部分なんだろう。そこから魔力を奪い取ればこいつは動きを止める」

「弱点ってことか」

 背中だの弱点だの軽く言ってみたものの、マディからすればそれは大きな山の頂上でしかなかった。しかもこの山は動く怪物なのだ。簡単な話ではない。

「そもそもどうやってたどり着けば良いんだあそこに」

「そりゃあお前、登るしかないだろ」

「簡単に言うな」

 何を分かりきって事を、といった調子で言うアリカにマディは表情を歪めるしかなかった。さっきからなにもかも軽く言い過ぎだった。マディは人間なのだ。

「大体、いつまでここでグダグダ会話するつもりだ。上を見ろ」

「は?」

 言われるままにマディが上を見あげる。

 そこには当然スカルドラゴンの首があり、そしてそれは大きくマディとアリカに向かって口を開けていた。

「なんだ?」

 なんだと言ったマディだったが、なにをするつもりかは薄々分かっていた。だってドラゴンなのだ。口を開いてやることなど決まっていた。

 そして、スカルドラゴンのその大きく開いた口の中に紫色の炎がユラユラとゆらめいた。「そら、来るぞ」

 アリカが言ったのと同時だった。二人の頭上から業火が降り注いだ。これだけ巨大な顎から放たれる『龍の息吹ドラゴンブレス』だ。文字通り災害と言うほかない。視界の全てが紫の炎で埋め尽くされる。周囲の地面が赤く赤熱し、溶けてドロドロになっていく。マディは回避が間に合わなかった。その業火の直撃を受けていた。

 なので、

「アチチチチチチ!! アツいアツい!!! いや、なんでアツいで済んでるんだ!?」

 マディは炎の中で悶えながらバタバタと踊り狂っていた。しかし、それだけだった。マディの服はちろちろとはしが燃えていたがマディはなんかすごくアツくて火傷しそうだ、程度の感覚だった。

 周囲を見ればこれが尋常の炎でないことは明らかだった。

 しかし、マディはさほどでもない。

「肉体改造と、さっき私から奪った魔力のおかげだ」

 そんなマディの横には涼しい顔のアリカが居た。足下には何らかの紋様が浮かび上がり、そこから光のヴェールが立ち上ってアリカを護っているようだった。

「なんだって? アチチチ!!」

「私から奪った魔力がそのままお前の体を保護してるんだよ。この炎程度なら死なん。このドラゴンに100発殴られても五体満足で死なん。今のお前の体はそうなってる」

「どんだけ頑丈になってんだ」

 呆れるくらいの頑丈さだった。さっきまでこのドラゴンとはどう戦っても死ぬとしか思えなかったが間違いらしい。今のマディはどう戦ってもそうそう死なないらしかった。

「分かったらさっさと戦え下僕。それがお前の仕事だ」

「なんてこった」

 どうやら、まったく理解不能だったがマディは本当にこの怪物と戦えるらしかった。

 このおとぎ話に登場させるにも馬鹿げているような怪物と戦えるらしかった。

 そして、ドラゴンは効き目がないと分かるや炎を出すのをやめた。

 ようやく視界が開けるマディ。見あげても見あげきれないこの巨大な怪物をなんとか見る。

 これがマディの相手らしい。現実感がなさすぎるし、そもそも戦う心構えさえまるで出来なかったがやるしかないようだ。

 それが、この魔族に従うことにしてしまった自分の定めらしいのだから。

「くっそ、マジでやるしかないのか!」

 そう言ってマディはドラゴンに向かって走り出した。

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