第9話
骨だけのドラゴンはその空洞の目でマディを睨んでいた。それだけで失神しそうになる恐怖だった。
普通の人間はこんな怪物と対峙することさえないだろう。そもそもこんな怪物の存在が認知されていることさえないだろう。
マディは龍というのは恐ろしい魔物だと聞いてはいた。暴れ始めれば国ひとつ滅ぶと言われる本物の伝説の存在だ。
しかし、話に聞いている龍でもここまでではない。
せいぜいがでかいと言っても魔物の常識の範疇の大きさで、強いと言っても昔話に出来る程度の強さだ。
だが、こいつは違う。でかさの規模が違う。そもそもこんなに大きな魔物はマディは聞いたことがなかった。そして、こんなものが暴れ始めれば自分がどうなるかなんて火を見るより明らかだった。
勝負という言葉を使うことさえ空しい。身じろぎひとつで儚く散るだろう。
このドラゴンは敵意を向ける必要もない。マディを認識する必要さえない。近くで少し体を動かすだけでマディはすり潰されて死んでしまう。
だが、その怪物は今マディの目の前に頭を下ろし、マディに明確な敵意を向けて睨んでいる。
最早、マディに待ち受けている運命は決まっていた。
「おい、なにぼーっとしてやがる。早く戦うんだよ」
「戦えるわけ無いだろうが!!! そもそも俺が戦おうとしても勝負にならねぇ!!!」
「口答えするな下僕」
アリカは明らかに不機嫌だった。しかし、アリカがどれだけ不機嫌になろうが現実は変わらない。マディがこの怪物に対して何も出来ないという現実は変わらないのだ。
「エルダードラゴンの骸を使い魔にしたのか。あの性格のクセにこういう面倒だけは惜しまないんだから厄介なやつだ」
アリカは独り言を言うがマディには良く分からない。
「とりあえず一発殴れ。挨拶だ」
「ふざけるな!! お前がやれ!!!!」
「やかましい下僕。口答えするならゴキブリに変えるぞ」
「なんだと!?」
なるほどここまでのアリカの魔術を見ればそれぐらいは出来てもおかしくはなかった。
ゴキブリに変えられるという未来と目の前の怪物をぶん殴るという行動をマディは天秤にかける。激しく揺れ動く天秤だったが答えは出た。
「ダメだゴキブリの方がましだ」
「数時間前まで死のうとしてたヤツが何言ってる」
「道でくたばるのとこんなバケモノに襲われて死ぬのじゃなんか違うんだよ!!」
「わがままなヤツだ、まったく」
アリカはそう言うとものすごく不機嫌そうに指を振った。
するとどうしたことか。マディの体がマディの意思を無視してひとりでに動き始めたのだ。
「な、なんだ!?」
「お前の体を操ってる。こういう面倒が嫌だからお前を下僕にしたのになんてザマだ。相応の罰を与えるから覚悟しておけ」
「これがもう罰だろ!!!!」
マディの悲痛な叫びも空しく、その体は目の前の山ほどのドラゴンに向かって走り出していた。マディが涙を流そうが全身に渾身の指令を出そうだが全て無駄だった。顔以外の全てはアリカの支配下にあった。
マディの体はそのままマディを睨み付けるドラゴンの顔の下顎の元まで行く。
そして、そのまま大きく腕を振りかぶり、そのままその骨の顎を殴りつけた。
「なんてこった!! .....は!?」
マディは恐怖で顔をひきつらせるがそれ以上にとんでもないことが起きた。
マディの体が思い切り殴りつけた怪物の下顎。それだけでマディの暮らす街の、市場を開く広場ほどの大きさの下顎。それが、すさまじい音を立てて木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「はぁ!!??」
少なくとも砦の城壁くらいの厚さはあろうかというドラゴンの顎の骨がガラガラと崩れ去る。
それをもたらしたのは他ならないマディのたった一発のパンチだ。
昨日までろくに殴るという行動に使わなかったシロウトのパンチだ。
「ほれ見ろ。頑張れば勝てる。そういう風にお前を作り替えてあるからな」
「どんだけ作り替えたんだ!!!!」
マディの恐怖はドラゴンへのものと同時に自分の肉体へも向けられた。
確かに体中むちゃくちゃにいじくられたのは確かだったが明らかに常識を越えている。
こんな馬鹿デカい怪物の馬鹿デカい体をぶっ壊せるなんて人間のやることではない。
世界最強の戦士がむちゃくちゃに強化魔術をかけられてもここまでにはならないだろう。
今のマディは城壁ひとつ簡単に破壊出来る。
つまり、下手すればたった一人で砦だの城だの平気で落とせるくらいの強さがあるようだった。
マディは冗談じゃなかった。魔族の下僕になるということで今までの生活は終わったとは思っていたが、いくらなんでも終わりすぎだった。昨日までの自分と違いすぎだった。
「どうなっちまうんだ俺は!!!」
「いいから戦え」
アリカはまた指を振るう。マディはドラゴンに向かって拳を構える。
そして、マディはさっきゴキブリに変えると脅されたが、とっくにゴキブリに変えられるのと同じくらいめちゃくちゃに体を変えられているのだという事実に気付いた。
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