第8話
「本当になにもないな」
マディは言った。荒野は不気味な色の空の下、乾いた風が吹くばかりだった。見渡す限り、岩と砂で、その向こうに地平線がある。
これが、あのドアの向こうにある世界とは信じられなかった。
「これがこの部屋の主の心の景色ってわけだ。寂しい野郎だ」
「そいつはどの辺にいるのかね」
二人が歩いている間にも怪物のような犬はクンカクンカと地面の匂いを嗅いでいた。相変わらず無機質で恐ろしい雰囲気だったが、確かに役目は果たしてくれているらしい。
マディの目にも相変わらず怪物とアリカの体からはユラユラと炎のような魔力が立ち上っているのが見えた。
なにからなにまでまともではない集団だし、景色だった。
「広いように見えて広くもないからなここは。見える景色の大部分はハリボテだ。せいぜい10エーク(現代の10kmほど)くらいの範囲だろう」
「そうなのか。まぁふつうに広いけど」
範囲が限定されているとなれば少しは捜索にも終わりが見えるというものだった。大部分はこの犬の怪物がやるわけだったが。マディはなんの冗談か戦闘要員なのだから。
また怪物が進路を変えた。
怪物はこんな感じで何回か進行方向を変えていた。どうやら確かに目標に向かって進んではいるようだ。
「うろうろとした進路だな。色んなところ歩き回ってるのか」
「いや、こいつが追ってるのは匂いの跡じゃない。本体からの魔力の残滓そのものだ。ふーん、こいつは」
アリカが言いかけた時だった。
「ん? おい、なんか来るぞ」
マディの目に映ったものがあった。それは空を飛んでいた。遠く向こうの空にシルエットとして存在しており、それは徐々にこっちに近づいていた。
「へぇ、なかなか面白そうなのが来たな」
それを見てアリカはニヤニヤと笑った。
そのシルエットはどんどん二人に近づいてきた。明らかに二人を目標としている。この荒野の怪しさからすれば、友好的な目的とはあまり思えなかった。
「おい、戦闘の用意をしろ。あれは私達を排除するつもりだ」
「な、なんだと。分かった」
分かったと言ったもののマディは戦いというかケンカの経験すらまともなものはないのだ。なんとなくファイティングポーズを取ってはみるがこれが正しいとは思えなかった。
しかし、そんな間にもシルエットはどんどん近づいてくる。
その時間から察するにかなりの速度のようだった。
やがてすぐに、シルエットはマディの目にも視認出来るようになった。
その姿は、
「え? おい、あれなんか」
マディには少し違和感があった。それはどうやらドラゴンのような形だった。ドラゴンはマディも道に落ちた新聞の記事などで見たことがあった。とてつもない強さで並大抵の戦士では倒せないと。
今こっちに飛んでくるそれは形はそのドラゴンによく似ていた。しかし、マディにとって重要なのはそこではなかった。そんなことよりもっと目を引くものがあったのだ。マディは気のせいかと思ったが、それが近づいてくるに従ってどんどん疑問は確信に変わりつつあった。
「おい! おいおい! まずいぞ! 逃げよう!」
「どこに逃げるんだ。ここはあの龍の主の部屋だぞ」
「で、でも!!!!」
二人が言っている間に、その怪物は二人の上空までやってきた。
「ぎゃああああ!!!!」
そして、そのまま地面まで下りてきた。ただし、その衝撃はとてつもなかった。とんでもない範囲の地面が隆起し、すさまじい砂埃が舞い砂嵐のようだった。
「どうするんだこんなの!!!!」
マディが絶叫するのも仕方なかった。舞い降りたドラゴン、それは骨格のみだった。骨だけの体だったのだ。スカルドラゴンというやつだろう。
しかし問題なのはそれではない。
その大きさだった。
このドラゴンはひたすらにでかかった。
いや、でかいとか言う生やさしさではなかった。今マディの隣りに居るアリカの犬が可愛く見えるほどだ。
なにせこのドラゴンは言葉通りに山ほどの大きさがあったからだ。マディ視界の全てがこのドラゴンになってしまったのだ。見あげるような巨体というが、このドラゴンは見あげてもなお視界に体が収まらなかった。
あまりにも大きすぎた。300ゼルク(現代の2、300mほど)はあるだろうか。
こんな怪物はマディは聞いたことがなかった。
「ほほぉ。良いねぇ。いきなり切り札を出してきた感じだな」
それをアリカはまじまじと眺めて面白そうにしていた。マディにはまったく共感出来なかった。笑うことなど出来るはずもない。なにせ、この化け物がみじろぎひとつでもすればマディはすりつぶされて終わりだからだ。
そして、この馬鹿デカいドラゴンはその巨大な首を持ち上げた。
「ひぃ...」
マディは最早悲鳴を上げる度胸すらなくし小さく声を漏らす。
ドラゴンはその首を二人の前に下ろした。がらんどうの瞳がアリカとマディと犬を睨んだ。
「あ...ああ....死んだ」
マディは死を覚悟した。一度は捨てようとした命だったが、これだけ圧倒的な存在を前に感じる死は野たれ死のうとしていたときとはまた別物だった。
最早、なにも出来ない。ただ、成されるがままだった。
「はははは!!! 良い感じだな」
しかし、この訳の分からん怪物に睨まれながらアリカは笑い出した。
まるで恐怖というものはないらしかった。
そして、マディに言った。
「そら、仕事だ。戦え」
「アホか!!!!!」
たまらずマディは絶叫した。
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