第4話

「うわぁぁああ!」

 マディの絶叫が響く。マディはまた空を飛んでいた。しかし、今度はとんでもない速度だった。景色がすさまじい速度で前から後にすっとんでいく。なにがあるのかないのかさえ良く分からない。分かるのは陸があることと空があることだけだ。

「騒ぐなうるさい」

 マディの頭上からアリカが言う。

 アリカは大きなカラスの背中に乗っていた。そして、マディはそのカラスの足に捕まれていた。背中は一人用だとアリカが言い張り、マディはこうして宙ぶらりんのままとんでもない速度で空をすっ飛んでいるのだ。

 この大きなカラスはアリカの使い魔らしかった。先のコウモリの群れも同じらしい。ちなみに格付けとしては『アリカ←使い魔←マディ』の順らしかった。

「どうにかしてくれ!」

「どうにもならない。どうせすぐ着くんだから我慢しろ」

 屋敷を出発して五分ほど経過したところだった。

 アリカは仕事だと言っていた。しかし、情報はそれだけだった。なんのどういう仕事なのかという話はひとつもなくマディはあっという間にカラスにかっさらわれたのだ。

 移動しているということは離れた場所なのだろう。この速度ならかなりの距離を移動している。だが、情報はそれだけだ。

「うぐぅううううぅう!」

 マディは奥歯を噛みしめ唸りながら、経験したことのないこの速度に抗っていた。風で髪も服も肌もバタバタと波打っている。

 そうしているうちに今まで空と陸だけだった景色が少しずつ変わり始めた。

 さっきまで昼間だったはずなのにどんどん日が沈んでいく。

 そして、高い山々が現れ始めた。

 この速度で駆け抜けても途切れない長くて大きな山脈地帯にカラスは入ったらしい。

 そして、綺麗な白い雪山だった山脈からさらに色が変わり、気付けば荒涼とした岩肌が剥き出しの山々に変わっていった。

 そして、景色がそんな風に変わった途端にカラスは一気に速度をゆるめ、大きく旋回を始めた。

「相変わらず殺風景で面白みのない場所だな」

 アリカはうんざりした調子で言った。

 そしてカラスはその中の一際険しく、断崖絶壁で草木ひとつ生えていない山中心に回り、ゆっくりと降下を始めた。

「ようやく終わりか」

 荒い息を吐き出し、恐怖を隠そうともせずにマディは言う。

「ビビりすぎだ。私の下僕ならもっと堂々としていろ。大体帰りもこれだぞ」

「そういうことか......」

 マディはもう憂鬱になっていた。

 カラスがゆっくり飛ぶ内に山の麓に明らかな人工物が立っているのが見えてきた。

 それは街だった。この断崖絶壁の巨大な険しい岩山の山肌が大きく削られ、その麓に街が出来ていた。

 カラスはそこに向かって円を描きながらゆっくりと下りていった。

 近づいてくると小さいながらもそれなりにちゃんとした造りの街であることが分かった。大きな城壁に囲まれ、中はそれなりに活気があり人で賑わっている。

 そして、街の最奥、山肌からそびえ立つように大きな砦が建っていた。

「なんだこの街は」

「さぁ、良く知らない。昔からあるけどな」

「知らないのか」

 こんな人界から遠く離れた秘境にあるのだ。どう見ても普通ではない街なのでアリカから情報をもらいたかったマディだったがアリカはなにも知らないようだった。

 ここを目的地に飛んできたのだから少しくらいなにか知っているかと思ったが魔族に人間の感覚を求めても無駄なのかもしれなかった。

 やがて、カラスは城壁を越えそのまま街中の広場へと降り立った。

 広場には人がたくさん居り、市場のようなものも開かれていた。

 全体的に見れば亜人が多いだろうか。獣の耳が生えたものや尻尾が生えたもの。トカゲの姿をしたものやカエルの姿をしたものが広場を行き交っている。

「俺達の姿は見えてないのか」

 最初アリカが現れた時と同じだ。アリカの姿は人々に認識されていないらしい。ついでに一緒にいるカラスとマディの姿もだ。

「しばらくどこかへ行っていろ」

 アリカが言うと大ガラスは空高く飛び上がっていった。残されたのはアリカとマディだけだ。

 広場は人が多い。田舎町を転々としてきたマディは実のところあまり人混みに慣れておらず少し息が詰まった。

「人が多いな。ヒューマンがあんまり居ないな。亜人が多い」

「ああ、流れ者が多いらしいな。詳しくは知らないけど」

「やっぱり知らないのか」

 アリカはやはり街についてはあまり情報を持っていないようだった。

 と、

「お、おいおい。なんだ。オークがテント張ってるぞ」

 マディは驚愕していた。その視線の先では魔物のオークが平然と市場の一角でテントで店を開いていた。並んでいるのは鉱石だった。迷宮や洞窟のもののようだった。

「あっちじゃゴブリンが魔獣の素材売ってるぞ」

「なんだって」

 アリカの言う方を見ればそっちでは3体のゴブリンが店を切り盛りしていた。何人も亜人の客が店先に並び、ゴブリンは忙しそうに働いている。亜人が武器を渡している辺りどうやら物々交換で成り立っているようだ。

「おいおい。なんなんだこの街は。魔物が店開いてるなんて聞いたことないぞ」

「さぁ、良く知らん。そんなことより目的地はここじゃない。行くぞ」

 アリカはやはり知らないらしかった。マディは最早興味津々だったがアリカは全然どうでも良いらしい。さっさと歩いていってしまう。

「お前この街は初めて来るのか?」

「いや? 10回は来てるけどな」

 それなのにこれだけ異常な街について何も知らないというのは、本当に全然興味がないからだとしか思えなかった。

 アリカにとっては人間が店を開こうがオークが店を開こうがどうでも良いことらしかった。

 魔族の感覚なのだろうか。マディには信じられなかったがいちいち咎めるようなことでもない。

 アリカはどんどん歩いていく。

 マディは正直この市場をゆっくり回ってみたかった。かなり後ろ髪を引かれたが仕方なくアリカに続いて広場を後にした。

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