第5話

 街中も亜人が多かった。ヒューマンの姿は全体の三分の一もいないかもしれない。普通の街では圧倒的にヒューマンが多いので不思議な感じのする景色だった。

 ついでに、

「ま、また魔物だ」

 街中を普通にゴブリンが歩いていたり、トロールが歩いていたり、グリフォンを引いた人が歩いていたり、平然と魔物が景色に溶け込んでいた。

 マディにはどういう街なのかまったくさっぱりだった。

 街の作りも基本は人間の建物なのだが、見たことのない構造のものがあったり土の山が現れたりと見たことのない街並みだった。

「キョロキョロすんな。一応門番の許可無しで入ってんだから呼び止められたら面倒だ」

「なんで正面から入らなかったんだ」

「私達が行くのがお尋ね者の家だからだ」

「なるほど.....」

 つまり表だって訊ねる家ではないということか。

「ついでに面倒だからだ」

「なるほど」

 マディはそっちがメインの理由な気がした。

 なにはともあれ、どこか妙な景色の街を二人は進んでいく。

 すれ違う人々はこれといって奇異の視線を向けてはこない。マディはともかく、アリカは人間より随分血色が悪くあるいは妙な出で立ちだが気にする者はいないようだった。

 ゴブリンまで居る街だから誰も気にしないのだろう。

 ここは普通の街にはない変わったものを受け容れる街になっているのかもしれない。

 憲兵らしき亜人も街を歩いているがオークが居ようがコカトリスが前を横切ろうが眉ひとつ動かしてはいなかった。

「お、見えたぞ。相変わらず気色悪い気配だな」

 そう言ったアリカの視線の先にあったのはひとつの民家だった。

 通りのひとつ奥の道にひっそりと建つ民家だ。

 しかし、アリカが言うような気色悪さはマディには感じられなかった。

 なにせどこからどう見ても普通の民家だったからだ。どう見ても普通の人間が暮らす普通の造りの民家。

 アリカの視線の先になければ目的地と言われても見落とすような当たり前の家屋だった。

「思ったより普通の目的地だな」

 マディは思わず言った。ここまでなんの情報ももらえずただ状況に流されるままだったマディだったが、この家は意外だった。

 魔族がわざわざ仕事だ、と言って向かうような場所なのだ。

 もっとマディの想像を絶する理解不能の場所かと思っていたのだ。

 しかし、現れたのはマディでさえ当たり前と思うような普通の場所だった。

 しかし、アリカはにやりと嫌な笑いを浮かべた。

「まぁ、入れば分かる」

 二人はその普通の家屋の前までやって来た。

 近くで見てもやはり普通だ。マディにはなにも感じられない。

「さて」

 アリカはドアの前に立ってどんどんと叩いた。

「おい、アリカ様が来てやったぞ。ここを開けろ」

 そう言うが中から返事はなかった。

 アリカは構わずもう何回かドアを叩いた。

 しかし、返事はなかった。

 そこでマディは気付いた。

 今まで二人に興味さえ示さなかった通りを行く人々。その人々がアリカがこの家のドアを叩き始めた途端に妙な視線を向け始めたのだ。

 その目に浮かんでいるのは奇異とか恐れとか不安とかそういった類のものだった。

 突然二人は異分子のような目で見られ始めたのだ。

 この普通の家がなんなのか。マディには良く分からない。しかしなんだか様子がおかしくなってきた気はしていた。

 そして、もう十数回はドアを叩いたところでアリカは叩くのをやめた。

「ダメだな。無理矢理入るか」

 アリカは人差し指をドアに当てた。そして、その指から円の光の紋様がドアに浮かび、アリカは何かをぼそりと呟いた。

 すると、

「おわぁ!」

 マディが間抜けな声を出すような轟音を立ててドアが吹っ飛んだのだった。

「何かするならするって言えよ」

「はぁ? 主がいちいち下僕にそんな説明するかよ。大体馴れ馴れしいって言ってんだろ。黙って従えお前は」

「そうは言ってもな」

 アリカが傲慢なのは最初からだったがさすがに心臓に悪いというものだった。

 今のも魔術なのだろうが突然は驚くというものだ。そもそもマディはまともに魔術を見たことがあまりないのだから。

 そんなマディのことはまるで気にせずにアリカは中へと入っていった。

 仕方なくマディも続く。

 入るとやはり普通の家だった。外からの印象となにも違わない。玄関を抜けるとすぐ居間だった。

 普通の板張りの床、普通の壁、天井。家財もこれといって変わったものはない。

 少しほこりっぽいくらいか。

「さて、あいつの部屋はこの奥か」

 アリカはその家の中を進んでいく。マディも続く。居間を抜け、廊下を進んでひとつの部屋のドアの前に立つ。

「さて、下僕。ここからが仕事だ」

「ここから? この部屋の中が仕事の現場なのか」

「その通りだ。私達の仕事はこの部屋の中のこの家の持ち主を引きずり出すことだ。私の知り合いがこいつに会えなくて困ってるらしいからな」

「へぇ、なんだ。引きこもってんのか」

「ああ、全然出てこないらしい」

「ははぁ」

 なにかの理由で部屋にこもってしまった人物を外に出す。それがアリカの頼まれた仕事だということらしかった。

 なんというかマディの予想よりずっと普通だった。

 人間でもたまに頼まれるようなことだろう。そもそもまともな人間関係がなかったマディに経験はなかったが。

 魔族の仕事だというからもっとドラゴンだの魔王だのが関わるようなむちゃくちゃな仕事かと思っていたがそうでもないらしかった。

 マディはほっと胸をなで下ろした。

 そうして、アリカはドアを開けた。

「は?」

 しかし、その中の光景にマディは絶句した。

 ドアを開けたのだ。そこには部屋があるはずだった。しかし、それが無かった。

 そこにあったのは荒野だった。紫色の不気味な空に黒い雲。そこになぜか浮いている廃墟の家や城。その下にどこまでも草木ひとつ生えていない荒野が広がっている。

「なん、だ?」

 部屋のドアかと思っていたが外へ通じるドアだったのか。マディは最初そう感じたが、しかし外にしても異様な景色だった。マディには目の前の景色に理解が追いつかなかった。

「これはこの部屋の主が作った異界だ。やつは部屋に引きこもると決まって異界にして隠れる。この中からあいつを見つけるのが仕事だ」

「なんだと」

 この不気味な荒野を歩いて目的の人物を見つける。それが仕事らしかった。

 魔族にしては普通の仕事だと思ったが、まったくそうではないらしかった。

 やはりむちゃくちゃだった。

 ここに来てマディは自分がとんでもないやつの下僕になって、とんでもない境遇に陥っているのだと実感した。

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