第29話 図星
「もしかして……君は朝久場君と付き合っていないんじゃないか?」
夜の公園。夜風が騒ぐ中、土志田さんの視線は俺の心の裏側を捉えていた。
「…………」
図星のど真ん中を突き刺す一撃に絶句した。自然な返答を捻りだそうとしたけど、声が出なかった。
土志田さんは返答がないことがわかると、薄ら笑いを浮かべて続ける。
「今日の感想はただ一つ。違和感のあるカップル」
「……そうかな」
「そうだよ。おかしいんだよ。サキュバスに魅入られた童貞っていうのはもっと視野が狭くて感情的で妄信的で、とにかくエモーショナル。指が触れ合うだけで目がハート形になるし、かっこいいところを見せるために無謀なことにもチャレンジしがち。今まで多くのサキュバス童貞カップルを見てきた私だからわかるんだ」
しかし、と灰色の瞳で俺を覗き込む。
「今日の君にはそれを感じなかった」
「……」
「全然楽しそうじゃなかった。いや、楽しそうだったけど、男女の交際というよりは友人と遊びに行った時のような感じだね」
言われるまでもなくその通りだと思う。今日のデートと喜律さんとのデートはまるで別次元。あの日、喜律さんと共闘したクレーンゲームのような心を揺らす熱中は一度も感じなかった。リリカとの間接キスよりも喜律さんと重ねたてのほうが体が火照った。
その事実をズバッと言い当てられた。
土志田さんは俺の胸中の内側を見ている。完全に見透かされている。
「だから本当は朝久場君と付き合っていないんじゃないか?」
再び同じ質問。今度は語尾を上げて、答えを迫るような問い方。
「答えて、くれるね?」
表情は見慣れた薄ら笑い。なのに、凄まじい迫力で俺の本音を絞り出そうとしてくる。
喉元まできた真実を何とか飲み込んだ。
「……勘違いじゃないか? リリカは俺の恋人だ」
喜律さんを守るため。その一心で言葉を振り絞った。
風がやんだ。
土志田さんはようやく俺から視線を外し、小さく息を吐いた。
「そうか。それならよかった。いやね、今日の様子を見て違和感があったからカマをかけてみたんだ。問い詰めたらぽろっと新事実が漏れ出るかも、と思ってね。でも杞憂に終わったみたいだ。これなら本命が朝久場であることに変わりない」
凌ぎ切ったのか。胸に手を当てて安堵した。
「ただ、朝久場のサキュバス率が少し低下した。九十パーセントくらいかな。デートの内容次第では今日中にひっ捕らえてやろうかと思っていたが、もう少し様子を見ようと思う。サキュバス第二候補の出現を考慮してね」
そう総括してこの話は終わった。
結局この日のデートは喜律さんを悲しませて土志田さんに疑念を抱かれただけ。いったい誰が得をしたんだろうと嘆きたくなるほどの凄惨たる結果だよ。
「君の家はすぐそこだろ?」
土志田さんが公園の出口を見た。
「護衛はここまでで大丈夫だね」
「なんで俺の家を知っているのかは知らないが、送り届けてくれてありがとう」
「護衛対象の情報を把握するのはSPの基本。まっすぐ帰りたまえよ」
別れ際、置き所に困った手をふとポケットに突っ込むと、固いものに指が当たった。
「そうだ。忘れてた」
トランシーバー。借りたままだった。
返却しようとしたら断られた。
「まだ持っておいた方がいい。朝久場は私が徹底マークするから問題ないんだけど、万が一サキュバスが別人だった場合、私が駆け付けることができないかもしれない。だから不測の事態に備えてもうしばらく預けておく。身の危険を感じたら遠慮なく通信してくれ」
そうして土志田さんは夜の闇に消えていった。
ぼーっと立ち尽くしていた俺は我に返ると、握りしめていたトランシーバーをポケットに戻す。香水のガラス瓶とぶつかって乾いた音を鳴らした。
今日はやけに空気が乾いている。
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