第27話 リリカの異変
そんな感じで見せつけデートは順調に進んだ。バスターズ二人の機嫌が悪化の一途をたどっている点を除けば完璧といっていい。
そして二十時。
夕食を終えた俺とリリカは駅前公園にやってきた。
街灯に照らされたベンチに座る。正面の大通りには流星のように流れる車のフロントライト、建物の上方には繁華街の光がぼやけて見える。広い平地を駆け抜ける夜風は肌寒い。自然と体を寄せ合う。
夜の公園はロマンチックだ。
デートの終わりにはうってつけの場所だと思った。
今日はこのまま解散の流れ。
「ホントはこのままホテルに行きたいムードだけど、それだとチコチーが乱入してくるんでしょ?」
「血相を変えて突撃するだろうな。サキュバス誅殺って叫びながら」
「またの機会にしますか」
リリカは背もたれに体を預け、グーッと伸びをした。
ちなみに今はトランシーバーを切っているので後ろの噴水に隠れている二人には聞こえていない。
「そんな機会は来ないよ。俺は喜律さん一筋だ」
「堅すぎー。セフレだしよくない? もうちょっと貞操観念緩めたらどうよ」
「……リリカと一緒にいると訳が分からなくなる」
プラトニックな喜律さん、サキュバスみたいなリリカ、でも実際は逆。喜律さんがサキュバスで、リリカが普通の人間。
どうしてこんなことになったのか。
「帰りますか。ホテルに行けないとなると他にやることないし」
リリカはぴょんとジャンプして立ちあがる。俺も一緒に立とうとしたら手で頭を押さえられた。
「アタシだけ先に帰るよ。ナリピーにはこのあと話し合わないといけない相手がいるでしょ」
今日のデートを受けて土志田さんが俺たちにどのような印象を抱いたのか。確かめなければならない。リリカとはここで解散。
「今日は協力してくれてありがとう。嫌な役割だったと思うけど」
リリカには感謝しかない。サキュバスという不名誉な濡れ衣を着せられ、貴重な休日を使って好きでもない男とデート。それを嫌な顔一つせず引き受けてくれた。頭が上がらない。
「別にー。ナリピーとデートできて楽しかったよ」
「これからもこんなふうに協力してもらえるか?」
申し訳なさそうに尋ねると「もちろん!」明るい笑顔。本当にリリカはサバサバと前向き。悩みなんてないんじゃないかとうらやましくなる。
「じゃーねー」
リリカは回れ右をして駅に向かって歩き始めた。
しかし一歩進んだところで「あっ」と声を出して、またくるりと振り返った。
何故か俺は、この一連の所作を『わざとらしい』と感じた。
「そーだ。プレゼント用意してたんだった」
リリカは胸の前で窮屈そうに手を合わせてから、ピンクのポシェットを漁って透明の瓶を取り出した。消しゴムほどの大きさの長方形の小瓶。
「なにそれ?」
「香水。仄かに甘い香りがするの。アタシこの匂い大好き! 手ぇ出して」
相槌を打つ間もなく手を引っ張られた。強い力。ネイルが皮膚に刺さる。
「ちょ! 痛いって!」
「ご、ごめん。でもいい匂いだから」
構わず手のひらに三回吹き付けられた。
ちょっと強引じゃないかと思いながら、両手でのばしてから首元にぬる。
「どうかな? 自分じゃあよくわからないんだけど」
「嗅いであげる」
そう言うと、俺の膝の上に飛び乗った。そして鼻を首に押し付けてくる。
「おい! 近すぎだって!」
柔らかい太ももで両足をホールドし、両手で体に抱き着く彼女。傍から見れば行為をしていると勘違いするだろう。そんな体勢。
でも、それどころじゃない。
「……くすぐったいって」
ドラキュラが首の頸動脈の位置を探るように、豚がフォアグラの位置を探るように、リリカの鼻が首元を舐め回す。鼻息がかかるたびにビクッと体が反応する。
「はぁはぁ……めっちゃいいよコレ。ヨダレが止まらなくなるくらい」
甘い声は震えていた。
「り、リリカ?」
おかしい。絶対おかしい。発情した猫のようだ。
なんとかして突き放そうとするんだけど、密着しているせいか、まったく動かせない。逆に甘いシャンプーの香り、柔らかい体の重量感を浴びて俺までクラクラしてきた。
このままでは理性が……。
「料理に匂いって大事だと思わない?」
首を撫でる動きがピタッと止まった。
全身を包んでいた温もりが離れ、寒さから鳥肌が立つ。
「肉食系女子にとって草食系男子は食べ物なの。どうせならおいしく食べたいでしょ? だから味付けしてみましたー」
赤面する俺を見下ろしているのは、少年をからかう意地悪なお姉さんのように小悪魔チックな笑みを浮かべる見慣れたリリカだった。
「ま、今日はダメみたいだけど、いつか食べさせてねー。ピュアな草食動物ちゃん」
赤面の由来が怒りに変わる。
「か、からかったな!」
「さあ? ひっかかる純朴君が悪くない?」
俺が立ち上がるより先にリリカは素早い初速で走り去る。意外と足が速い。見る見るうちにその影が小さくなっていくので、追うのを諦めた。
「でもその香水は本当に良い匂いだから、ちゃんと毎日つけなよー」
公園の出口に差し掛かったところで振り返り、手を大きく振る彼女。
その声はいつもの軽い調子だったが、ちょうど彼女の周りに街灯がなかったせいで表情までは読み取れなかった。
俺はいつの間にか握らされていた香水の小瓶を、ポケットにしまった。
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