第26話 世の中、音声だけだと別の意味に捉えられてしまうことがある
「お次はプリクラー」
先週訪れたゲームセンター。その一階にあるプリクラコーナーにやってきた。
「ナリピーはやったことある?」
「近づいたことすらないな。恋人どころか友達もいなかったから」
「キリっちゃんとは?」
「……まだです」
するとリリカは謎にテンションの高い声で、
「じゃあプリクラ童貞はアタシのものなんだ! ラッキー!」
俺の腕から離れると、スキップで筐体に入っていった。
『プリクラ童貞とかべつにどうでもいいですけどね』
トランシーバーから氷のように冷めた声。寒暖差で耳キーンなったわ。
今日の喜律さんはやけにテンションが低い。どうしたんだろう。見せつけデートは順調だと思うんだけど。いったい何が不満なのか。
「はやくー」
立ち止まって思案していたら垂れ幕から顔を出すリリカに急かされた。
そうだな。今は喜律さんの心配をしている場合じゃない。カップルらしく振舞わないと。喜律さんを守るために。
「まずはここに入れて」
真っ白な撮影ルームに入ると、リリカが硬貨の投入口を指さした。このときリリカが素人AVの導入シーンのような色っぽい声を出したのだが、その意図が分からなかったのでスルーすることにした。
「ここに入れればいいんだな」
プリクラ師匠の指示通り投入。
「ちょっと。もっと奥に入れないと感じ取れないよ」
おっと。硬貨が投入口に引っかかってしまった。
「悪い」
押し込んだらちゃんと入りました。
「それにしても、思ったより狭いんだな」
プリクラってもうちょっとスペースあるのかと思ってた。ふたりだけでも体が当たってしまう。外から見たら結構デカいように見えるんだけどな。
「けっこうきついでしょー」
「ああキツキツだ」
「こっから先は私がリードするね」
勝手を知るリリカが正面の液晶パネルに表示されるボタンを押していく。
あっという間に撮影モード。
緊張した俺は直立して固まっていると、
「動いていいよ」
え? と思って画面を見ると、なんとそこには『最新モード! 動くプリクラ! 略してウゴプリ』と書かれている。へえ。そんな機能もあるんだ。
よくわからないのでとりあえずラジオ体操みたいに体を動かしてみた。
「ちょっと! 激しすぎ!」
「わ、悪い! 動き過ぎたか」
「ゆっくりしないと感じ取れないの」
本当だ。画面上に自分たちの姿が表示されているのだけど、止まっていたときは顔認識機能によって顔が四角で囲われていたのに、激しく動くとそれが消えてしまっていた。
「気を付けて。敏感だから」
「もっと滑らかに動かないとな」
今度は振り子のように一定間隔でゆらゆら揺れてみた。おもしろがったリリカが俺の前に立って動きをマネてくる。タイミングがぴったりと重なり、画面上にはリリカの頭の上に俺の頭が乗っている構図に。
「ははっ! アタシたち相性良いみたい」
「気持ちいいな」
一体感のある動きって見ているだけで心地いいよね。
そうこうしていると撮影タイム。
機体から、さん、にー、いち、という声のあと、パシャリ。シャッター音がして撮影終了。
画面に印刷中の文字が出る。
三十秒ほど待っていると液晶パネルの下側にある受け取り口から写真が出てきた。その数八枚。
「はぁはぁ……すごーい。たくさん出たね」
「ふう……そうだな」
動いたせいで少しだけ汗が出た。まあでも楽しかったな。
ちなみに写真は静止画だった。シートの右下にコードが記載されていたので、おそらくそれを公式アプリで入力したら動画バージョンが手に入るのだろう。
こうして初めてのプリクラ体験終了。
外に出ると、リリカは「ちょっとトイレ」と駆け出した。
残された俺は近くのベンチに腰を下ろす。
すると背後から人の気配を感じた。振り返ると、そこには、
「お・た・の・し・み・でしたね!」
般若が立っていた。
「喜律さん! どうしたのそんな怖い顔して!」
仁王立ちで眼をかっぴらいて俺を見下ろしていたのは慈愛の天使・矢走喜律だった。窓を割られた雷親父だってここまで鬼の表情にはならない!
「どどどどうしたの?」
「ありえません! いくら仕切りがあるとはいえ、公衆の場であのような……ふしだらな行為に及ぶなんて!」
顔を真っ赤にしながら怒っている。
「ふしだら? いったい何の話をしているんだ? さっぱりわからない」
「………………」
無言で睨み続けていた喜律さんはやがてため息をつくと、プイッとそっぽを向いて、ドンドンと足音を鳴らしながら去ってしまった。
「どうしちゃったんだ……」
あんな表情初めて見た。というか怒っている喜律さん自体初めて見た。
あの喜律さんを怒らせるなんて、いったい何があったのだろうか? プリクラ童貞をリリカに奪われたのがそんなに嫌だったのか? まさかね。
「ははっ。あと一歩で突入するところだったよ」
遅れて現れた土志田さん。
「まさかラブホに盗聴器を仕掛けたかのようなエロ音声を聞かされるとは思わなかった。危うくトランシーバーを地面に叩きつけるところだったよ」
「意味が分からない」
「次から気を付けたまえ。イチャイチャにも限度があるからね」
一方的に言い放つと、彼女もまた喜律さんと同様足音を鳴らして去っていった。
……プリクラ撮っただけなんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます