第25話 外食はマナーに注意


「キマッてるじゃん」


 店を出たところで改めて品評会。

 白シャツの上に無地の黒ジャケット、足にフィットしたスリムなデニム。


「ナリピーは小顔だからジャストサイズのアイテムだと平均的な背の割にスラっと見えてカッコイイよ。無地のほうが顔の怖さを逆に軽減できるし」


 とのこと。あまりよくわからない。

 ちなみに代金は親からもらいました。服を買ってくるって言ったら喜んで出してくれたよ。母親は息子のファッションを気にするものなのね。


「しかし女の子に服を選んでもらうのって悪くないな。自分じゃあ何買えばいいかわからなくて、結局何も買わずに店を出るんだよな」

「気に入ってくれた?」

「もちろん。これから外出するときは毎日着るよ」

「うれしー!」

『そうですか。毎日着ますか』


 幽霊の声が入ったのかと思った。

 周りを見渡すと、通りの反対側にあるベンチに見つけた。

 黄色いシャツにデニムズボンの喜律さんがすねた子供のように目を細めてこちらの様子を見ていた。隣にはいつもの不審者さんもいます。

 晴れた休日にふさわしくない負のオーラを醸し出す二人。

 土志田さんはともかく、喜律さんはどうして不機嫌なんだ。このデートが上手くいけばいくほど俺たちにとって都合がよくなるというのに。


「さ、次はランチだよ」


 新調した服にさっそく抱き着くリリカ。

 見せつけデートは始まったばかりだ。





「本当にここでいいのか?」


 ランチに選ばれたのは何の変哲もないファミリーレストランでした。経験豊富なリリカのことだからオシャレな洋食屋とかSNS映えのいい喫茶店にでも行くのかと思ってた。


「ご飯にはあんまりこだわりがなくてねー。それにナリピーが金欠って言ってたし」

「配慮していただきありがとうございます」


 ピーク前だったので開いているボックス席にスムーズに案内された。俺が先に座ると、リリカは俺の隣に腰を下ろした。


「向かい合った方が食べやすくないか?」

「えー? 横並びで密着した方がカップルっぽいでしょ」


 さすがひと晩にして三人の男を相手にしただけはある。この手の思考は敵わない。


「いらっしゃいませー」


 ワンテンポ遅れて入ってきたサキュバスバスターズ。

 俺たちの一つ隣のボックス席に座った。つまり俺たちの背後に二人がいる状態。店内もそこまで騒がしくないし、これならトランシーバーで通話する必要はなさそう。

 ふたりの存在に気付いたリリカはメニュー表を広げると、わざとらしく甘える声を出した。


「ねーねー。何食べるぅ?」

「えーと……どうしようかな」

「パスタ? ハンバーグ? それとも……ア・タ・シ?」


 パァンパァン! と後ろから二つの破裂音。安心してほしい。空気がパンパンに入ったおしぼりの袋を握り潰した音だ。きっと小さな子供たちが遊んでいるのだろう。


「リリカは何にする?」

「そうだなあ。迷ってるんだよねー。ハンバーグ定食かエビフライ定食か」

「じゃあ好きな方を選びなよ。俺がもう一個のほう頼むから。交換すれば両方食べられるだろ?」

「ナリピー優しい!」


 ふッ。この番条成仁、伊達に今日までダラダラ過ごしていたわけじゃない。この日のためにデートのテクニックを学んできたんだぜ。土志田さんにしっかり勘違いしてもらうためにも、完璧なデートを演出するんだ。


 店員さんを呼び「アタシはエビフライ定食ー」「じゃあ俺はハンバーグ定食で」注文確定。

 背もたれに体を預けると、後ろで店員さんを呼び止める声。


「ハンバーグ定食」「ハンバーグ定食お願いします」


 やけに食い気味な注文だな。そんなにハンバーグが好きなのか二人とも。今度喜律さんとデートするときはハンバーグを食べにいこう。きっと喜ぶだろうな。


 料理はすぐにきた。一緒に作っていたのか、俺たちと同時に後ろの席の二人にも届いた。

 タルタルたっぷりエビフライ定食。アツアツ鉄板に乗ったジューシーなハンバーグ。どちらもおいしそう。


「エビフライあげるからハンバーグちょうだい」


 さっそく交換タイム。フォークにハンバーグを一切れ刺してリリカの白米の上に乗せようとしたところ「ストップ!」とリリカに制された。


「こういう時は、こうでしょ?」


 リリカは目を閉じて、厚みのあるセクシーな唇を大きく開けて俺に向ける。

 ……そりゃあそうだよな。

 というわけで、定番のあーんタイム。

 ちらりと見えた八重歯に色っぽさを感じながらリリカの口に放り込む。瞬間、口が閉じられフォークが口の中に含まれた。とっさに抜き取ったものの、このフォークをどうしていいかわからず宙に残した。

 片やハフハフと熱を冷ましながら味わうリリカ。ようやく飲み込むと、ニコッと笑って、


「めっちゃおいしい!」


 ……おいしそうに食べる女の子っていいよね。思わず笑顔があふれます。


「微妙な味だな」「おいしいですが、じゃあ声に出してまでおいしいと言えるほどかというと難しい判断になりますね」


 辛口審査員が背後にいます。

 するとリリカは「ふーん」と小さく喉を鳴らして、


「やっぱりナリピーに食べさせてもらったからおいしさ百倍だよね。普通に食べたらここまでおいしくならないよ。ナリピーが彼氏で良かった! 大好き!」


 思ってもないのにこのセリフを臆面もなく言えるのだから恐ろしい娘だよ。たくさんの男を食っている女性というのは相応の能力を持っているんだね。感服です。

 ちなみに後ろで食べる気配が止まったんだけど、きっと熱かったから冷ましているのだろう。賢明な判断だ


「じゃあ今度はアタシの番ね」


 パッと俺の手からフォークを奪うと、そのままエビフライに差す。

 あ、まずい。このままだと間接キス……。


「はい、あーん」


 演技なんだしそこまでしなくても、という意見は口にできなかった。

 リリカは有無を言わさぬ妖艶な笑みで近づいてくる。

 仕方ない。俺は口を開けてかぶりついた。衣のサクッとした感触のあと、フォークの硬質が舌を撫でた。

 ゆっくり味わってから、ごくりと飲み込む。

 おいしかった。

 リリカの言葉を借りるわけじゃないけど、可愛い女の子に食べさせてもらう料理は通常よりもずっとおいしく感じられた。

 ……でも。喜律さんが食べさせてくれたエビフライはもっとおいしかった。それだけは確信している。


「どう? おいしかった?」

「ああ」

「よかったー! まあアタシの手作りってわけじゃないけどね」


 そうしてイチャイチャしている間も後ろからカチカチカチカチフォークで鉄板を打つ音が聞こえてきたんだけど、誰だよマナー悪いな。もっと丁寧に食べなさい。

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