完敗編

 狙った獲物は逃さない。彼に盗めない物は何もない。そんな怪盗Mが予告状に記された日に、姿を見せなかった。「せっかく探偵事務所に忍び込んだものの、プロテインが一つも無い状態でおろおろしている怪盗Mを見てみたかったのに!」普段は眠っているはずの時間帯――深夜12時まで珍しく起きて見張っていた町田探偵と萌花ちゃんは拍子抜けしたまま、翌朝を迎えた。


「もしかして予告状の日付が間違っていたんですかね?」と言う萌花ちゃんに対し、「いや,そんなはずはないよ。ほら」と、町田探偵は封筒から予告状を取り出して確認する。

 確かに、昨日届いて「本日、いただきに参上する」と書かれてあった。


 ――本日、というのが何か引っかかるのよね……と萌花ちゃんが頭の中でしばらく考えてみたが、特別何かいいひらめきが生まれたわけではなかった。


「とりあえず、雄三警部に連絡してみよう。もしかしたら警察署に保管してあるプロテインが盗み出されているかもしれない!」


 町田探偵が慌てて、スマホを取り出し電話をかける。


「――はい、雄三です。どうしたんですか、こんな朝っぱらから」

「おい、そっちの様子はどうだ?」

「そっちの様子? ええ、いいところですよ伊豆は」

「伊豆?」


 どうも話がかみ合わないことに、町田探偵は眉をしかめる。


「まあいい、プロテインは無事なのか?」

「は? プロテイン? 何のことです?」

「昨日、怪盗Mの予告状が届いたってことで、うちに来てもらったよな?」

「え? 僕は昨日からお休みをもらって、友達と旅行中ですよ」


 あ! 萌花ちゃんはスマホから漏れて聞こえてくる雄三警部の声を聞いて全てを理解した。町田探偵もがっくりと肩を落として、雄三警部に適当に返事をすると、通話を終了した。


「やられた……」

「あまりにも見事でしたね」


 今回ばかりはさすがの萌花ちゃんも白旗を揚げた。しかし、思い返せば怪しい点がなかったわけではないのだ。


 例えば、コーヒーを出されてもおとなしく口を付けただけだった。――いつもなら大げさにリアクションして一気飲みしておかわり! とか言うのに。「筋肉はいつもパンプ・アップ!」なんていう町田探偵のかっこいい決め台詞(いや、全然かっこよくないけど)を突然叫んだのも、普段の雄三警部からしたら考えられないことだ。そこらへんの違和感に気づけなかったことが今回の敗因だった。


 怪盗Mは雄三警部に変装して、何食わぬ顔で町田探偵事務所にやってきた。そして「怪盗Mからプロテインを守るため」という名目で、事務所にあるプロテインを全て持ちだしたのだった。当然、警察署にプロテインは運び込まれたりはしていないのだ。


「今回は怪盗Mにやられたなぁ……」

「怪盗っていうか、ただのプロテイン泥棒ですよ」

「ハバネロ味だけでも返してくれないかなぁ」

「何言ってるんですか! そんなくそまずいプロテイン、誰が好むっていうんですか!」

「ひどい、萌花くん! あれは限定商品なんだぞ!」

「知りませんって」


 後日、「こんなにクソ不味いプロテインは初めて飲んだ。申し訳ないが君に返却することにするよ」という怪盗Mの手紙と共に、ハバネロ味のプロテインが事務所の机の上に乗っていたことは、その日偶然(それともその日を狙ったのかは定かではないが)お休みだった萌花ちゃんには秘密なのである。


 <怪盗Mのリベンジ・マッチ 完>

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