待機編
午後10時を回った。
ここは、美術館の最上階の展示室。
雄三警部をはじめとする他の警察の面々が既に部屋の中で警戒態勢に当たっている中に、萌花ちゃんと町田探偵がようやくやってきた。萌花ちゃんはいつも通りのちゃんとしたパンツスーツ。町田探偵はいつもと同じ……ではないロングTシャツに長ジャージ姿というものだった。
「ど、どうしたんですか、町田探偵。その姿は……」
「ん? 夜寝るときはいつもこの格好さ。たとえマッチョでも四六時中タンクトップでいるわけではないよ!」
「そ、そうなんですか」
――つまり、町田さん……ここで寝るつもりなんですね……。萌花ちゃんはまさかとは思っていたが、道中ずっと町田探偵の服装については言及しなかったのであった。
ゴホンと一つ咳払いをして、町田探偵が雄三警部に尋ねる。
「で、狙われている宝石というのは……」
「あっ、ああ。これです!」
部屋の中央にある展示ケースに「コーラル・ザ・ファイア」が飾ってあった。ピンク色をした握り拳ほどの大きさの宝石だった。
「ガラスケースに入っているし、ケースには厳重に鍵もかかっているし……いくら怪盗Mでも盗み出すのは無理なんじゃないでしょうか」萌花ちゃんが狙われている宝石を見ながら言った。
「不可能を可能にするのが怪盗Mってやつさ!」
町田探偵がまるで怪盗の肩を持つかのように言うが、実際彼は怪盗Mに会ったことはない。というか、先ほど初めて聞いた名前だった。神出鬼没、狙われたら最後。彼に盗めないものは何もないといわれている魔法使いのような怪盗と言われているが、それを先ほどスマホで調べて初めて知った。
「そうさ、だからこの部屋への進入路は全て警察で押さえてある」
雄三警部が二人の会話に入ってくる。ああ、夜に会う萌花ちゃんも可愛いなぁと思いながら。
「例えば、天井に穴を開けてロープで降りてくるとかね」
「町田さん、それ、この間見たスパイ映画のやつですよね」
「えっ、萌花ちゃん、町田探偵と映画見たの?」
あと数時間で怪盗がやってくるというのにこの緊張感のなさ。周りを警備している警察官たちも呆れ返っている中、一人の老人が展示室へやってきた。
この美術館のオーナー、
「雄三警部、今回はどうぞよろしくお願いします」
「お任せください、警察の威信にかけても、宝石を守り抜いて見せますよ。なぁみんな!」
「はい!」
警察官たちの息の合った、短く、鋭い声が部屋中に響く。気合が入っているなぁ、と萌花ちゃんは感心した。これなら私たちの出る幕はないんじゃないか……。と思っていた。
「ところで、この方々はどなたで……?」
露狩さんがマッチョとかわいこちゃんを見る。それには雄三警部が答えた。
「いつの事件のお手伝いをしてもらっている、探偵の町田さんと助手の萌花ちゃんです。今回、怪盗Mが相手ということですから、お願いして来ていただきました」
「そうでしたか……どうぞ今日はよろしくお願いします」
頭を下げる露狩オーナーに対して、萌花ちゃんが「いえいえ、こちらこそ突然お邪魔してすみません」と挨拶をする。
――もう、こういうのって普通、町田さんが言うもんじゃないの! 萌花ちゃんがそう思っていたら、町田探偵が突然口を開いた。
「雄三警部、警察官たちを全員外へ! 早く!」
え、え? 突然何を言い出すの町田さん! 萌花ちゃんと露狩さんは目を丸くした。しかし、町田探偵のいうことだから……と、雄三警部はわけもわからないまま、警備している警察官全員を部屋から出し、施錠した。
ものの数分の出来事だった。
今、展示室にいるのは、町田探偵、萌花ちゃん、雄三警部、露狩さんの四人だけ。部屋の中はしーんとして、空調の音しか聞こえない。沈黙を破ったのはオーナーの露狩さんだった。
「ま、町田探偵……これはいったいどういう――」
町田探偵が得意げに答える。
「実は、怪盗Mは……今外に出て行ってもらった警察官に変装していたんです。警察官が中にいるということは、つまり怪盗Mを部屋に入れていることと同じ。出て行ってもらえば、もう盗み出すことは不可能というわけなんです!」
「おお! 決め台詞も言わずにビシッと決めた!」
雄三警部が驚きながらも拍手をする。露狩さんもうれしそうだったが、一人だけ頭を抱えている人物がいた。萌花ちゃんである。
「それ、小説のネタをそのままパクってるじゃないですか……しかも警察官に化けているっていうこと自体が、怪盗が準備したネタだし! あの小説では怪盗は探偵に化けていたじゃないですか!」
と久しぶりに、全力でツッコんだ。すると、部屋の雰囲気が一気におかしくなった。
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