怪盗Mと狙われた宝石
予告状編
M県M市にある
そこの建物の二階に町田探偵事務所はある。一階は喫茶店……ではなく、トレーニングジムが入っている。町田探偵にとっては最高の環境にあるといってもいい。萌花ちゃんは、仕事の途中ですぐに階下へ遊びに行こうとする町田探偵の首根っこをいつも捕まえているのだ。
「この椅子に座ってさ……」
書類が散乱している簡素な事務机の向こう、キャスターはついてはいるが安っぽい椅子に座っている町田探偵が呟いた。相変わらずのタンクトップに短パンという格好である。
はいはい、どうせいつものジムに行きたい発言ですよね、と萌花ちゃんは町田探偵の方へ顔も向けずに、せっせと部屋の真ん中に置かれているソファーとテーブルの間の掃除をしている。それにめげずに、彼は続けた。
「このボタンを押すと、床に穴が開くんだ。そして、そのまま下に降りると、ちょうどベンチプレスの場所につながっているんだよ! なんと階段を降りなくてもジムに直行してトレーニングができる! っていうアイデアを考えたんだけど、どうかな?」
萌花ちゃんは無言で掃除をしながら、そろそろ約束の時間だなと時計を見た。時刻は午後四時になろうとしていた。そして、はぁと息を一つ吐いてから、町田探偵の方を向いた。
「町田さん、私は今、何を考えているでしょうか?」
「うーん……『町田さん、馬鹿言ってないで仕事してください!』……かな?」
ピンポーン。
ちょうどいいタイミングでインターホンのチャイムが鳴った。
マッチョマッチョマッチョ
「こんなものが 美術館に届いたんですよ!」
ソファに座っている雄三警部が、テーブルの前に怪しげな手紙を差し出した。町田探偵は反対側のソファからそれに手を伸ばす。そこには、パソコンで打たれた文字でこう書かれてあった。
「明日午前0時に、M美術館に展示されているコーラル・ザ・ファイアを頂きに参ります。怪盗Mより」
「なんと!」町田探偵が驚いた。
「はい……まさかあの怪盗Mから予告状が届くとは」雄三警部も信じられないと言った表情だった。
「どうぞ」萌花ちゃんがテーブルの上にコーヒーを二つ置く。「あ、ありがとう」萌花ちゃんのことが大好きでたまらない雄三警部は、嬉しくていただいたコーヒーを一気飲みした。
「萌花ちゃん、おかわり!」
「え、もうですか?」
「だって、萌花ちゃんの淹れるコーヒーが僕は好きで……」少し照れて、そしてさりげなく「好きで」の部分にアクセントを入れながら雄三警部が言ったが、同じく照れたのは萌花ちゃんではなくて町田探偵だった。
「雄三警部、そのコーヒーは私が淹れたんだ! 喜んでもらえて嬉しいよ!」
「えっ……」
雄三警部は裸エプロン姿のムキムキマッチョが、先の細いドリップ・ケトルを斜めに傾けて、一滴一滴抽出している姿を思い浮かべてしまい、表情が一気に暗くなった。
「町田さんの淹れるコーヒーはとっても美味しいんですよ! マッチョですけど、これだけは取り柄なんです!」
「こらこら……マッチョですけどは余計だろ!」
ツッコむところが違う……と雄三警部は苦笑いしていた。しかし、萌花ちゃんが笑顔でおかわりを持ってきてくれたことが、彼にとって唯一の救いだった。
「それで、美術館は――」町田探偵の問いに、
「はい、今緊急警備態勢を整え、夕方九時過ぎには全員現場に到着するものと思われます」と雄三警部が答える。
「ふむ」
町田探偵はそう言って少し考え込んだ。
美術館に怪盗が宝石を狙いにくる……宝石の名前は「コーラル・ザ・ファイア」……どこかで読んだことあるような話なんだけど、何だったかしら? と萌花ちゃんも何かが心に引っかかっているようだった。
「それにしても気になるのは……」町田探偵はいつになく真剣な表情で、再び手紙を手に取り内容を確認した。
「怪盗Mって、マッチョのMなんだろうか、マッスルのMだろうか。それとも……筋肉のMだろうか」
筋肉にMなんて入っていないじゃありませんか……って、ツッコんだら負けよ! 萌花ちゃんはくだらないマッスル・ジョークにツッコまないよう必死に耐えていた。
しばらくの間、空白の時間が流れる。
せっかくのマッスル・ジョークが不発に終わった町田探偵は心なしかしょぼんとしていたが、そもそもマッスル・ジョークに気づきもしなかった雄三警部がその沈黙を破る。
「町田探偵もよろしければ、怪盗Mを逮捕するためにご協力願えませんか。あ、もちろん萌花ちゃんも一緒に!」
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