第5話 人形の姫
悪魔を狩る天使の如き麗しい姿から、ユストゥスは目が離せなかった。
「……まさか。この子
黒髪の少女は祈りを捧げるように刃先を天に向けた。
濃密に練り上げられた魔力が
少女は天を割るが如く、真っ直ぐに
異界との強制接続が断たれ、穴はひとつふたつと元のただの見えぬ
「こんなに、美しい魔術があるのか」
そして、なんという目だと感嘆する。彼女は、悪魔の出現を止めんがために
大規模な魔術を使ったせいか、黒髪の少女は息が上がったようすで白い頬を
(姫様か。確かに、王族と言われても不思議ではない美しさだ)
ユストゥスはあらためて少女の神秘的な容姿に息を呑むが、とにかく聞きたいことばかりだった。
屋上で女生徒相手に戦っていた理由。
本当に学生なのか、そもそも何ものなのか。
「
また逃げ出されてはかなわないとユストゥスが一歩だけ近寄り問いかけた。少女は黙ってユストゥスをじっと
急に強い視線でしっかりと捉えられたユストゥスは束の間たじろぐ。色なき風が少女の口元の布を
そこから
「……大きくなった」
十代半ばの少女が大の男にいう
(リ……ア――?)
懐かしい声だった。
――ずっと、ずっと再び聞きたいと願っていた澄んだ声が、凍らせていたユストゥスの心を揺さぶる。
(そんなはずはない、彼女はもういない。絶対に助からない方法で殺された)
ユストゥスは激しく混乱していた。
繊細な目鼻立ち、
天使のように美しい、知らない顔だ。
(本当に死んだのか? 遺体は見ていない。どれほど探しても見つからなかった)
あり得ないと頭から否定していた可能性が今、目の前に
目の前に立つのは高度な魔術に
「あなたと、この国は狙われている」
深い
「――わたしはもういない。だが、あなたを守る。自動的に」
細く白い指が優雅に宙を舞い、ふわりと少女の身体は講堂の屋根から離れる。
ユストゥスは慌てて声を発した。
「待て! 待ってくれ! 君は――」
高難易度魔術――《空間転移》。しかも、その無詠唱高速実行。ユストゥスは自身以外にそれができる人間を一人だけ知っていた。
「君なんだろう……? リ……」
呼ぼうとした名は、思いがけず
「欲しいものなど、この世界にもうないと思っていた」
ユストゥスの胸の中で驚きが続けざまに爆発し、眠っていた欲望を
深く碧い瞳には焦がれるような熱を
「……俺から逃げるなど――絶対に許さない」
ユストゥスは声に
✣✣–––––––––––––––––––––––––––––✣✣
その王は、
人形が善き目的で造られることはない。
なぜならば、その誕生は常に他の生命への蹂躙行為を前提とするからだ。
そして、その主な用途もまた――
他の生命、その血肉と魂を捏ねて造られる人造生命体にして、錬金術の天才のみがなしうる悪魔の芸術品。一般には、存在そのものが
幼いユストゥスの前に現れたのは、その一体だった。
人形は、子育てなどしない。
しかし、感情を持たぬ彼女だけがユストゥスに手を差し伸べ、献身的に守り育てた。
ユストゥスは彼女のことを忘れない。
――壊れてしまった玩具のように、殺され捨てられた
人形が処刑された夜、ユストゥスの故郷は崩壊した。
《悪魔の一撃》と呼ばれる、時空の歪みによる重力波が発生し城塞を襲ったのだ。あたかも巨大な手が
一夜にして多数の犠牲者を生んだこの魔力災害は、稀にみる甚大災害として記憶されている。
災害が起きたのは、メルノード王国の南の辺境ランペール領。
ユストゥスは、その地の辺境伯の
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