クラッチプレーって憧れるよね

clutchクラッチ」という単語は本来「つかむ、握る」という意味である。FPSをやっている時、或いは動画や配信上で聞ける「クラッチ」という言葉はFPSのコミュニティ内で生まれた「人数不利な状況を覆して勝利を掴むこと」という意味でのスラングとして使われている。例としては一人で三人の敵を相手に勝利した時には「1v3 clutch」と言われることが多い。


 似たような意味で「ACEエース」という一人で敵チームを全滅させた時に使用されるスラングもある。


 ただ、やはりクラッチにしろエースにしろ、どちらともやり遂げるには『どれだけ不利な状況であろうとも挫けぬ強い不屈な精神──何より自分のこれまで培ってきた経験とポテンシャルに裏付けられた強い自信』が必要なため、非常に難しいことなのだ。


 上記の二つのスラングをやってのけたプレーをクラッチプレーと呼ばれる。どちらも状況不利なラウンドの勝利を掴み取ったことという意味で使われるが、他にも試合を通しての「流れ」を掴みとったプレーという意味でも使われている。


 たかがワンプレー。されどそんなワンプレーでチーム全体の士気が上がり、それまで負け越していたラウンド数を覆す程の勢いを得て、そのままに逆転勝利してしまうこともあり得てしまう。


 特にe-sportsの試合はその『流れ』をどちらのチームが掴み取るかが重要だ。どれだけ二つのチームの間に実力差があったりしても、良い流れを掴み取ることで、選手たちのポテンシャルも引き上げられる。


 対して、相手の流れに逆らえずにその勢いを断ち切れずにずるずると負け続けて、最終的にジャイアントキリングを起こされてしまうような例は過去の大会に幾つも存在する。



 だからこそe-sportsは面白い。いつだってどんなゲームのe-sportsの大会だって覇権を握っているような名門チームを打ち倒すような……蛮勇で身の程知らずで、予定調和な出来レースを荒らすようなダークホースが現れることを皆が期待している。




 例えば、そうだ。

 長年、FPSゲーム全般で弱小だと揶揄されてきた日本のFPSシーン。ロシア、韓国、フィリピンやシンガポールなど数ある強豪や化け物が犇めいているようなアジアで、多くのFPSタイトルで負け続けてきた弱者であるそんな国のFPSシーンの中から、もし世界大会で強豪や名門チームをものともせずに旋風を巻き起こしてしまう日本チームが生まれるのだとするならば、それは誰もが望んでいたダークホースに違いない。





 ◆







 東京都内 e-sportsチーム『Tokyo Vermillions』ゲーミングハウス


「──おい。今のが何で倒せないんだよ。そこはHPが少ない俺がベイトになってお前が倒す場面だってのに……なんでお前はバカ正直に俺がキルされるのを待ってから顔を出したんだ!!」

「……すんません」


 パソコン画面には2対1でこちらが有利だったのにも関わらずに一人相手に二人ともキルされて『clutch』と表示されていた。それまで順調な試合運びのままで戦ってきたのだが、ここで敵チームに流れを引き寄せてしまうクラッチプレーをされたことで、チームの雰囲気も落ちかけていた。

 だからそこで、ハッとした。リーダーとしてここで声を荒げても意味がないと。


「……いや、ごめん。やっぱ俺のせいだ。俺が『一緒に顔を出すぞ』とか一声掛けていれば良かったな。これからは気を付ける」


 そうだ。こいつはまだこのチームに入ってから一週間も経ってない。まだこのチームのプレーに馴染めていないやつに「言われなくてもわかるだろ」と自分の都合を押し付けじゃダメだな。


「……いえ、killoさんの言ってることが正しいです。フルヘルスの自分が一声掛けるべきでした。チームに入る前のランクマッチでは出来ていたのにスクリムだと緊張してしまって」


 そう言って苦笑いするaqupocari選手に俺も少し笑い返す。


「悪い。スクリムだと妙に気が立っちゃうわ。冷静にならなきゃな」


 午前10頃。多くの社会人たちが出勤して勤務しているような時間帯に、俺たちはゲームをしている。大きなオフィスルームには何台も並んでいるデスクトップのゲーミングパソコンの前に座り、十人以上の男たちがモニターと向き合ってFPSゲームをしていた。

 だがゲームをしているからといってそこに緩い雰囲気は一切なく、切り詰めた空気が場を支配していた。


 ゲームというのは、言ってしまえば娯楽だ。時間を潰したり、ストレスを発散するための手段の一つ──そう、ただの遊びである。しかしそんなゲームという娯楽に真剣に取り組み、常人とは一線を画す時間を対価として相応以上の技術を身につけて、スポーツと同じように競技として向き合う人たちがいる。


 それが俺たち、プロゲーマーだ。e-sportsで活躍しているプロゲーマーたちの主な活動内容とすれば、国内や国外で開催される大会に優勝したりして賞金を稼ぎ、チームに貢献することで報酬を獲得する。基本的に俺たちの収入源は大会の賞金であったり、所属チームのストアに販売されているグッズやユニフォームに表記されているスポンサーからだ。また、それに加えて副業として配信をしてそこから収入を得ている人もいたりする。


 正直、副業としていた配信が多くの人が見てくれるような大手になれば、場合によるがチームから受ける報酬より稼げてしまうので、才能があるにも関わらずに早々に競技シーンから引退して、配信者に転向していく元プロゲーマーたちもいる。

 つまり、それくらいに目に見える実績と結果を残さなければ収入は少なくなってしまうのがプロゲーマーという職業の厳しいところだ。だが大きな世界大会に優勝できれば、莫大な賞金と国内だけでなく国外からのファンという目に見えない名声という名の黄金を獲得することができる。言うなれば、この職業は博打なのだ。


 あと二週間経てば、そんな世界大会への切符を掴める機会、『UCHRONIA Champions challengers in Japan』が開催される。

『UCHRONIA』はそれぞれに個性があるキャラを選択できるヒーローシューターだ。昔から海外ではスタンダードなルールである爆弾解除を主とするタクティカルFPSな側面をもちながら、アビリティなどを駆使して勝利を目指す2年前にリリースされたばかりの異色なゲームでもあった。

 現状、まだまだ注目度は低いゲームだがジワジワとプレイ人口を増やしつつある。


 その理由としてはここ五年間、国内で覇権を握ってきたバトルロワイヤルゲーム『Legend of crest』の人気が低迷してきている点にある。単純にゲーム内のコンテンツやコミュニティ自体がマンネリ化してきていることや、チーターや業者が蔓延してきていたり、的外れなアップデートを繰り返してきてしまったなど様々な要因が積み重なり、プレイ人口が低下してきてしまっている。

 PCを始め、CSなど幅広いプラットフォームで疾走感があり、爽快感があるFPSゲームができることから、まだまだ十数万人がプレイしているものの全盛期の三十万人以上がプレイしていた時のような話題性が、少なくとも国内では確実に落ちてきてしまっている。


 それと、話題性の低下を引き起こしてしまっている原因としては、配信者が軒並み『Legend of crest』をやらなくなってしまったのもあるかもしれない。日本人は海外と違って好きな配信者たちの影響を受けやすく、その配信者がプレイしているゲームをし始める傾向が強い。だから好きなゲームを長年やり続け、流行が過ぎているにも拘らずにRTAをしている人たちは日本ではかなり珍しく、そういう人を真のゲーマーと呼んでいる風潮がある。


 その点、海外の方は自分が好きなゲームを配信者がやっているのでその配信を見ている割合が多い傾向にあるのが面白いところだ。まあ、どんなゲームをやったとしてもそのカリスマと面白さから同接50,000人を優に超えてしまうような例外もいるのだが。


 ともかく、現在『UCHRONIA』は日本の配信者界隈でも流行っており、それぞれ人気配信者やVtuberたちで頻繁にカスタムゲームを催していることもあって国内からの注目度が『Legend of crest』より高い。そんな状況下で世界大会の挑戦権の一枠を競う『UCHRONIA Champions Challengers in Japan 』という期間に入る。


 これはチャンスなのだ。当然去年とは違って多くの人々がこのゲームに関心を寄せてくれているため、この機会に日本におけるFPSチームとして頂点に立つことでこれからも多くの場面で商業面でもそうなのだが、俺を含めた選手たちの知名度と選手としての価値を上げたいという望みもあった。何より、現時点で国内でも最も世界大会に近いと言われているチームだといわれている『Tokyo Vermillions』。日本を代表するチームとして期待も大きく、一種の使命というのもあった。だから今、大会に向けて韓国の準プロチームに対戦を組んでもらい、チームの完成度を高めているのだ。


 そのためにも、負けたって良い。先ずは目の前の戦いを見据えよう。


「まずは一つずつ、丁寧にやっていこう。流れはあちらさんにあるかもしれないがここで勢いを断ち切れば今度はこっちの流れになる。度肝を抜かせようぜ!」


「「「応ッ!」」」




 ………………


 …………


 ……




 あの後、なんとか流れをこちらに引き寄せて、そのまま相手の韓国の準プロチームに勝利を収めた後、チーム内でミーティングをしていた。


「……いいか、去年とは違うんだ。今年の世界大会にはより多くの関心が寄せられてる。国外だけじゃない、国内からも多くの視聴者が大会の本配信を観るんだ」


「「「……」」」


 俺だけの声と、長時間ゲームをしていることもあり、少しうるさくなっているパソコンの稼働音だけが部屋に響く。それを聞いているのはそれぞれヘッドホンやイヤホンを外してゲーミングチェアに座りながら聴いている十人ものプロゲーマーたち──これから共闘していくチームメイトたちだ。


「これから『UCHRONIA』はタクティカルFPSが流行らなかった日本に革命を起こすゲームになる……と思う。俺もみんなも『Point man』出身だからこそ分かることだと思うけど、タクティカルFPSはシンプルで硬派だ。ただ敵と撃ち合って爆弾を設置したり、解除するだけ。一見、何の変わり映えしないことを勝利するまで16ラウンドという長丁場な対戦をこなしていくゲームだ」


 ここにいる全員のFPSの経歴は元祖オンラインタクティカルFPSゲーム『Point man』から始まり、国内での人口が増えないことから泣く泣くバトルロワイヤルFPSゲームである『PABG』や『Legend of crest』など様々なFPSゲームを渡り歩いてきた。

 だが結局ここにいるのは、タクティカルFPSゲームというシンプルで硬派なあのゲームでしか味わえないヒリつく戦いを求めて、『UCHRONIA』に転向してきた生粋のFPSゲーマーたちだ。実力だって国内でもトップクラス。それだけあのゲームに熱中してきた過去があるからだ。


「……勿論、その中での洗練された駆け引きがとても楽しいことを俺たちはやり続けたから知ってる。でも正直、カジュアル層が多い日本で流行る訳がないし、実際流行らなかった。日本のFPSのコミュニティの中でも常に日陰者だったタクティカルFPSゲームというジャンルに一度見切りをつけてしまった。けど、この新生タクティカルFPSゲームの『UCHRONIA』にはカジュアル層も大いに楽しめる要素がある。撃ち合いの他にアビリティでの駆け引きを出来る様になったしそれぞれのヒーローにも魅力がある……バトルロワイヤルとヒーローシューターを掛け合わせた『Legend of crest』が良い例だ。ヒーローシューターという新たな要素を入れたタクティカルFPSの『UCHRONIA』は国内でも流行る可能性を秘めてるって思うんだよ」


 そう。俺たちはプロゲーマーである前にタクティカルFPSゲームに惚れ込んでいるゲーマーなんだ。みんなにもこのゲームの奥深さや競技性を理解してほしいし、楽しくプレイしてほしい。自分達の名声も大事なのだが、やっぱり楽しさも一緒に共有したいというゲーマーとしての本質もそこにはあった。


「俺たちは今、日本のタクティカルFPS界もそうだがFPS界全体の期待を一身に背負ってる。それだけの実績と実力が備わってるのが今の『Tokyo Vermilions』なんだ。俺たちが近日から始まる国内大会を優勝し、アジア大会や世界大会に出場して……一勝でも良い。世界を相手に戦えることを証明できれば多くの人たちが新しいタクティカルFPSゲームである『UCHRONIA』をプレイしてくれる。その結果、競技シーンもどんどん盛り上がって俺たちを超える競合チームが現れるかもしれない──そのためにも先ずは俺たちが勝ち続けなくちゃならないんだ」


「「「──!」」」


 ここが転換期なんだ。『UCHRONIA』は……いや、日本のFPSが変わるのは。そのためにも俺たちはこれから生まれてくる才能たちの礎になる義務がある。日本に比べて隣国である韓国は多くのFPSゲームのタイトルを始め、MOBAというタイトルなど多くの競技シーンで栄光を手にしてきている。過去の多くの大会の場面で韓国というアジアの雄が立ちはだかってきて、その度に日本チームは負け続けている。


「……まずはアジアでも代表する競技シーンだと日本が誇るタクティカルFPSを興したい。みんな協力してくれるか」


 もう負け続けるのも、それを側から見続けるのも飽き飽きだ。


 格闘ゲームのプロシーン以外はe-sports後進国なんて言われるのも嫌だ。


 日本の競技シーンは伸び代しかない。まだまだ、眠っている才能に溢れている。それを俺たちが世界大会で活躍している姿を見せつけて呼び起こしたい。


 そんな自分の言葉に呼応してチームメイトたちは笑顔になって、声を張り上げた。


「リーダーはやっぱ口が上手いねぇ! 当たり前っすよ!」


「なんかめっちゃノッてきましたよ! やってやります!」


「はは! アジア最強になるのは良いがまだ気が早いんだよ! まずは予選だぜ。そのためにも俺たちのライバルチームである『Razy Dolphins』を倒してからだな」


「そのあとはアジア一位を取らなくちゃいけないあらな。なんてったって立ちはだかる相手はあの韓国最強の『 K1 e-sports』だ」


「世界取るにはアジア最強を超えねえとな!」


「……もしアジアで勝てたら次は世界ってことで、ラスボスはあの北米最強の『Telence gaming』。このメンバーなら勝てる気がしないでもない」


「いやいや! お前それは流石に大きく出過ぎだろ。あいつらの『UCHRONIA』部門、最強の『Point man』部門のアカデミーチームをそのまま入れ替えたって話らしいぞ?」


「それこそ燃えるだろうが。長らく最強のFPSチームって言われてるチームの部門と直接ではないにしろやり合える訳なんだから──」



「──おい見ろよ……これ」


 と、みんなで謎のテンションで昂っているとこのチームのエースであるZinジンが一人スマホを片手に、珍しく感情の起伏が薄い顔に驚きの感情を覗かせていた。


「どうした? Zin。珍しく動揺してるけどって……配信者同接ランキング? 何でそんなもんみてんだ」


「……ちょっとツブヤイッターでトレンドとか見漁ってたら【ゲームのジャンル:トレンド】の方に先ず日本のSNSで見ない『Point man』って単語が表示されててな。気になって調べてたらここに行き着いた……そしたらほら、ここ見てみろ」


「「「……!」」」


「日本語で【Point manします】……これ日本人、だよな?」


 Zinが指差すところに明らかに日本語タイトルで『Point man』の配信をしている。


 ただ、まだあのゲームをしている日本人がいること自体には驚きはない。昔からFPSゲームを齧っている人であれば珍しくない。ほんっとぉに少人数だが。


 しかし、驚くべきことは日本人が『Point man』の配信をしていて2000人もの同接を保っていることだ。そう、「日本人が配信しているのに」だ。普通、日本人の配信には日本人しか集まらない。何故なら多くの国家で使用されている英語圏の配信と違って、配信で日本語を使う国は言わずもがな日本しかないからだ。


 しかもただでさえ『Point man』という、日本のゲーマーからすれば古代のオーパーツのようなゲームをプレイしている。今時の日本のゲーマーたちからすれば名前も知らないような人も多いし、知ってはいても閉鎖的でアングラなイメージでやらない人が大多数を占めるあの元祖オンラインFPSゲームをプレイしていても人が集まるわけがない。なのにこの日本人配信者は同接を2000人程度集めてしまっているのだ。


「……どういう、ことだ」



 あれほど騒いでいたゲーミングハウスに静寂が訪れる。主に、皆が驚愕しているからではあるが。


「……」


 スマホを手に持つZinは引き寄せられるようにその配信をタップする。


 その配信者の名前は──H1taka。しかもランクはPoint man Elite。


 このゲーミングハウスにいる誰もが、過去にプレイしていたPoint manの最高ランク。そのランクを維持する難しさをよく知っていた。





 ◆






 ──Patrols Win! 



「あ、Aceだ」


〈WTF! H1taka上手すぎだろ〉

〈あのgalenadが言ってたけど確かにマジで参考になる〉

〈なんかエイムもマジで強いんだけど……力でねじ伏せて取ったAceじゃなくて、ほんとに敵チームの動きを読んで取ったAceって感じだった〉

〈堅実なプレイングで安心して見てられるな。まあ、英語はちょっと下手だけどそこがまた良いな彼は〉

〈HAHA! 確かにな〉

〈lol〉

〈LMAO〉


「ま、まぁ……ここにいる誰よりも日本語が得意だし?」


〈H1taka……それは当たり前や〉

〈こいつおもろい。アホというかポンコツだ!〉

〈Point man引くほど上手いけど会話が下手くそなの笑った〉








 日本屈指の名門チーム『Tokyo Vermilions』のリーダーであるkiloはこの配信を見た時のことを、後にこう語った。



「マジで上手かったのはそうなんだけど……配信には英語とか中国語とかロシア語が入り混じってて、日本語が一切見当たらなかったのがなんか怖かった」

 


 若い才能が、この日のうちに日本のFPSシーンに周知されることになった。

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