記念すべき初配信なのに日本人がいない件


「──……えっ?」


 思わず、と言ったところだろうか。すっかり暗くなった夜の七時の自室にそんな疑念と驚きに溢れた声が響いた。


 普段から独り言は溢している方ではあるが、これほどまではっきりと声に漏らしたことはないと思う。ただ、眼前のモニターに映る配信画面を見れば意図せず声に出してしまうことも納得出来てしまうだろう。


 ──同時接続者数1067人


 モニターに映る数字に驚きを隠せない。


「開始1分でせ、1000人? ……ど、どういうこと?」


 完全に予想外であった。確かに直近に投稿したあのクリップ──『Point man』のトッププレイヤーの一人であるgalenadとマッチした試合でACEを取ったクリップは多くの人からの反響があり現在は五万再生もされており、所謂バズっている最中ではあるが……それにしても底辺ですらないぺーぺーの初配信に人が来すぎではないだろうか。


「あ、え……ていうことは今1000人に見られてるってことだよな……やばくね。やばいよこれ」


 学校の文化祭やら卒業式を遥かに超える人数に見られているという事実が、配信を始めておいて今更ながら心に重くのしかかる。大勢でいるより、二人か三人が限度でどちらかというと一人でいる方が好きな俺にとって、この大勢の注目を浴びている体験は新鮮を優に超えた試練であった。


 ちなみに自分が配信をしているプラットフォームは国内外でゲーム配信に適していると噂の『Qwitch』と呼ばれる海外の配信サイトだ。少し前までは赤い再生ボタンがトレードマークの某動画投稿サイトで配信するのが主流だったのだが、今や多くの配信者しかり、Vtuberしかりこの海外で運営されている『Qwitch』でゲーム配信するのが主流となっているそうだ。

 理由としては諸説あるが、『Qwitch』の方が回線や画質も安定している他、視聴者が集まりやすく収益化のハードルも某動画投稿サイトに比べて低いなど、他にも様々なサービスの恩恵を受けられるためだと言われている。


 ちなみに自分がこの『Qwitch』を選んだ理由はゲーム配信に特化しているから配信しやすそう(小並感)なのと自分より上手い『Point man』のプレイヤーが配信しているのを常日頃から見るために愛用していたサイトだからという理由もあった。


 始める前は50人集まればいい方だろうと思っていた。最近は同接が一万人突破している配信者が増えて来たことにより、インフレ……に近い現象が起こっている。昔、全盛期を迎えていた某コメントが画面を流れる大手配信サイトの基準として1000人に見られれば超大手とされていた。しかし、今や1000人でさえも大手と中堅の間になってしまっている。その背景としてスマホやPCの普及で相対的にインターネットが普及し、また配信サイトが身近になって来ているという点で人口が倍増し視聴者の母数が増えたからであった。


 だが初配信にして1000人集めている俺はなんなんだろうか。まあ一番の要因としては海外産FPS『Point man』を始めるきっかけとなった憧れのプレイヤーであるgalenadと奇跡的にマッチングして、認知してもらえたことで一気に注目を集めてしまったからだと思うが。海外での彼の異名はAIM GODだ。盛りすぎてないかその異名と思うが、一回彼のプレイ映像を見ればAIMの神様だなんて言われている理由が身に沁みてわかることだろう。文字通り世界中にファンがいるスーパースター。そんな彼からお墨付きをもらってしまったらしい。


 でもまあ、だからこそ1000人集まってるのか。


 改めて考えてみると納得してしまうgalenadの知名度とファンの膨大さに感慨耽っていると




〈H1taka。来てやったぞ〉



〈最近のgalenadの配信で噂の日本人を見に来たぜ〉


〈うわ。Point manの待機画面のテキストが日本語化されてる。どの配信に行っても英語かロシア語か中国語のテキストしか見ないのに……めちゃくちゃ見慣れないわ〉


〈マジで珍しいな。ほんとに日本人がPoint manの待機画面開いてる……〉






 そんな俺を他所に、まるで既に知り合いみたいな雰囲気の英語圏のチャットが流れ始める。相変わらず日本語はないようだった。ちょっと悲しい。






〈H1takaマイク入ってる? 声聞こえないんだけど〉


〈いや、この配信のために新調して来たイヤホンだと確かに彼の声は聞こえてる。ただずっと”あ……えぇ? え? ”みたいな困惑してるよ〉


〈多分galenadからのレイドでもないのに初配信に1000人視聴者が即座に集まって来たから驚いてんじゃないの〉


〈ちっ、そういうことならワイプ見たかったわ。今のH1takaの顔絶対面白いのにワイプないのつらいわ〉


〈ИзМосквы.H1taka Здравствуйте! 〉


〈来自香港 期待交货〉






 しかし、こうしてチャット欄が俺のことを中心に話題が広がっているの見るととても嬉しい気持ちが溢れて来た。


 そんな人がたくさん来て感銘を受けている自分を他所にチャットはどんどんと流れていく。チャットの流れ的に「お前驚きすぎやろ」みたいなコメントが続く。なんとか返してあげたいのだが、未だ1000人を前にして喋るのには少し心の準備が必要だった。


 と、そんな感じで英語のチャットは読めるのだが、せっかくロシア語で打ってくれたチャットを読めないのに申し訳ない気持ちになる。


「……!」


 そんな時に役立つ翻訳サイト。無言でさっきのロシア語のチャットである「Из Москвы.H1taka Здравствуйте!」をそのまま翻訳にかけると、どうやらモスクワから見てくれているロシア人がこんにちは! と挨拶してくれているらしい。


 そこで少々焦っていた俺は反射的に挨拶は返さなきゃと思って、突然──


「ズド、ラースト……ヴィチェ!」


 ──と、緊張のあまり完璧に上擦りながらボリュームを間違えて叫んでしまった。噂の日本人のPoint manプレイヤーの初配信で初っ端発した言葉がまさかのカタコトなロシア語の挨拶という突拍子もない出来事に、配信にいる1000人の視聴者たちは大いに湧き立った。







〈H1takaがしゃべったぁぁ!〉


〈いきなり喋ったと思ったらロシア語かよぉ! 〉


〈うっさ! 発音ひっどwww〉


〈lol. てか焦ってたとしても英語の方が馴染み深い日本人の口からロシア語の挨拶って出てくるもんなのか?? 〉


〈何言ってんだ。それはH1takaだからさ。日本人の括りに彼を入れちゃいけないんだよ〉


〈Ты звучишь сексуальнее, чем думаешь!〉


〈lol〉


〈lol〉


〈AHAHAHAHAHA〉






「あ、あぁ……」


 多分、ワイプを繋げてたら今の俺の姿でもっと配信自体は盛り上がっていただろう。何せ今の俺は分かりやすく"やってしまった……"と言った感じで両手で頭を抱えているのだから。


 通常、初配信では先ず挨拶して、軽い自己紹介を済ませた後に質問に答えたりとかゲームを始めたりするものだろう。


 今まさにチャット欄が色んな意味で盛り上がっているのも、海外の方でも初配信では軽い自己紹介などのデモンストレーションを挟むのが常識なのに、俺はそれらのセオリーを色々とすっ飛ばしてズドラーストヴィチェをしてしまったわけだ。


「は、ハロー……」


 もう俺に残された道はここからはフィーリングでやる道以外ないのだろう。所謂、なるようになれ、である。






〈先ずは気を取り直してハローから入るか。良かった。正常だった〉


〈さっきのロシア語は聞かなかったことにしよう〉


〈さっきのを無かったことにしようとしてるぞこのエセロシア人〉


〈俺もうH1takaがどういう人間か大体わかった気がするわw〉


〈日本人ってシャイで分かりにくい印象あったけどH1takaはくっそわかりやすいの笑える〉


〈過去のクリップとか漁ってみると怖いくらいに正確なエイムと冷静な立ち回りしてるのにここまでのH1takaのポンコツ加減のギャップがすごすぎて風邪吐きそう〉


〈ちなみにチャットにいるロシア人が総じて初手ロシア語挨拶をしたH1takaのことが好きになってる模様〉


〈俺フランス人だけどもし最初の方にフランス語で挨拶送ってればボンジュールって言ってくれたのかな……〉


〈↑大いにあるぞ。恐らくH1takaはPoint man以外の場面では脊髄反射で言動するタイプの人間だと思う〉


〈なんかずっとビクビクしてるから小動物みてえだ〉


〈H1takaの配信はこれから女性の割合も増えそうだな。30歳以上のママから人気出そうだぞ〉


〈↑世話しがいありそう〉






「す、好き勝手言わないでくれ……中には結構悩んでるやつもあるのが嫌なんだよなぁ。俺そんなに分かりやすい?」


 分かりやすい性格だとは昔から言われて来た。さらに小動物みたいに周りを逐一観察しているのもそうだ。たった数分程度マイクに向かって喋っただけでここまで看破されるとは思わなかった。どれだけ俺は分かりやすい人間なんだろうか。






〈分かりやすい。驚くほどに〉


〈まあ……うん。分かりやすい、かな〉


〈おいおいH1taka。こういう時は逆に考えようぜ。それだけ親しみやすい人間なんだよ〉






「親しみやすい、か……」






〈悪く言えばポンコツ〉


〈あ〉


〈あー……〉


〈おい!〉


〈事実は時に人を傷つけるんだぞ!〉






「泣いた!」


 配信開始して数分でもう結構な人にポンコツ認定されてるの悲しいよ。そりゃまあ……それまで喋んなかったのに焦りまくった結果突然ロシア語を叫ぶ日本人なんてポンコツ認定されても仕方ないとは思うけど。


「……はぁ。とりあえず、色々な質問はまた後日にしてゲームします」






[えー。質問したかったんだが]


[まあH1takaのプレイを見たいのは事実]






「質問はゲーム中にも出来るから。俺が言ってんのは雑談配信? 的なやつはまた後日っていう感じ」






〈要するにゲームに関する質問とか軽い質問とかなら答えるわけか〉


〈あーそういうことね。それならH1takaの事とか日本の事とかはその後日に詳しく聞こっと〉






「……よし。なんとかやれそうだ」


 距離感が妙に近い海外の視聴者たちのノリや雰囲気のおかげで先ほどまでの緊張も和らいできた。多少は失礼だが、そういう面では感謝しなければ。


 とりあえずいつも通りにプレイして、配信していこう。




 ◆



「──じゃあみんな。おやすみ」


 今日の『Point man』の戦績は5W-0Lで全勝だった。てっきり配信の影響で緊張して本調子は出ないのかなと思いきや、どうやら自分の場合は人に見られている方が更に感覚が研ぎ澄まされるようだ。AIM自体はガバったところはあったにせよいつも通りといった感じで、立ち回りの部分ではより堅固なものになった感じだった。


 気分良く終われることができてよかったと思っている。





〈ああそうか。日本じゃ夜なのか〉


〈H1takaの配信予想以上に面白かったわ。また来るよ〉


〈おやすみー〉


〈やっぱめちゃくちゃ上手かったわ〉


〈[TG galenad]初配信おめでとう。これからも期待してるよ兄弟〉





「みんなーありがとぉー……………………ってえぇ!? galenad!?」





〈え、今更気付いたのか?〉


〈やっぱ驚き方おもしれえからワイプつけてほしぃー〉


〈ちなみにgalenad自体は最初からいたぞ〉


〈反応してたやつもいたのに気づかなかったのか……〉





「え、あ。ホントに!? つまり、最初からいた…………ってことは」





〈[TG galenad]ズドラーストヴィチェ!〉


〈安心して! ちゃんと聞かれてるよ!〉





「もうやだぁぁあ!」


 憧れてる人に醜態を晒した俺氏、無事憤死。






 そんなこんなで2時間にも及ぶ初配信は同接が最初から最後まで1000人を切る事なく終了した。


 そして当の本人である俺はというとさっきまで気分よかったのに憧れてる人に配信開始当初の醜態の一部始終を見られていたことによって、すごく落ち込んでいる。泣きたいとすら思っている。


「……でも、まあ」



 ──配信、楽しかったなぁ……




 今までは配信は観る側で満足していた。配信者が面白い事言っている時に笑って、ファインプレーを見た時には感嘆して、普通のプレイヤーには出来ない凄技を披露された時には興奮しながらコメントを打ってチャット欄を彩る……それで満足していたのだ。そして見ていた配信に触発されて自分もゲームをプレイするのだ。配信者と同じようにファインプレーをしたり、時には凄技だってしてみたりするのだが……それには決定的に違うことがあった。それは視聴者の存在だった。


 今日配信してみてわかったのだ。自分がいつもしている何気ないプレイでさえも、視聴者たちは反応してくれる。上手いとかすごいだとかの賞賛も有れば、時にはnoobやtrollなんて批判まで十人十色だ。しかし、俺としては反応してくれるだけでとても嬉しいのだ。今自分がしているゲームの映像を1000人もの世界中の人間が見ていてくれているというのは、一人じゃないような気がしてとても気が楽になった。


 今までは一人だった。独りだったのだ。


「……なんか。ホントに配信してよかった」


 あんまり実感がこもってない言い方だが、満足感がすごいのは確かだった。


「明日、また配信してみようかな」


 自分の配信チャンネルのアーカイブ欄に先ほどまでの配信がアーカイブされたものがあった。今日はこれを見返しながら、寝よう。そうしよう。


 そう決めて、俺は気分良く部屋の扉を開けて入浴を済ませた。









 翌朝。某SNSの自分のアカウントのDMにこんなのが送られてきた。


《ズドラーストヴィチェ! 俺の配信ではこれを常用していくぞ!》



 galenadの配信で見事にネタ扱いしたあと、丁寧に俺の初配信での出来事を解説してくれやがった。そのおかげで益々H1takaポンコツ説が広まってしまった。


 更に、なんとその後にEDMにのせてひたすらに俺とgalenadの二人が交互にズドラーストヴィチェする狂った海外memeが誕生してバズってしまったのはまた別の話である。

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