憧れの人から褒められたら誰だって泣くよね
「……なんかすげー伸びてるな。このクリップ」
海外の名門チームに所属しているプロゲーマーと偶然出会い、共闘したあのマッチから翌日の朝。俺は何の気も無しに、適当に編集して某SNSにスナイパーライフルで五人抜きしてACEを取ったクリップを投稿したのだが、それが既に二万再生されていた。
いいねも2000を超えており、拡散も約500回もされているようだった。
ここまでこのクリップが伸びている要因はやはり昨日、ランクマッチを回していた最中に出会ったある一人の匿名の海外のプレイヤーだろう。その人は最終的に34K12Dというチームを牽引する圧倒的な戦績を残していた。
……まあ、そんな戦績を出すのも当然だろう。俺が昨日に出会った匿名の海外プレイヤーの正体はe-sports界でも世界的に有名な名門チームTelence Gamingに所属しているプロゲーマーだったのだ。しかも、長らくチームに所属している看板──エース格の立ち位置にいるTG galenad本人となればプロゲーマーといえども話は違ってくる。
元祖オンラインFPSゲームと名高い『Point man』の歴史は長く、リリースされたのは22年前で初めて公式で世界大会が開催されたのは翌年の2001年のことだった。リリース当初は北米での広まりが早く、その影響か当時の参加チームも北米を拠点としているチームが多かった。
その中にはあのTelence Gamingの名前もあった。
第一回大会から第三回大会まで三連覇を果たしたTelence Gamingは名実ともに最強のFPSチームの名をほしいままにした。そして世界的にも『Point man』は爆発的な普及を見せ始めていた2005年から、アジアや南米、欧米などの地域からのチーム参加も受け付けて以来は大会も毎年行われるたびに例年を超える盛り上がりを見せて、本格的にそのゲーム人気に拍車をかけていった。
競争相手が増えたことでTelence Gaming一強の時代は終わりを告げるのかと言ったらそうでもなく、去年行われた二十回目の世界大会でも優勝し、三連覇を果たし、また歴代で合計11回目の世界大会優勝を果たしたプロゲーミングチームとしてまたその名声を上げた。
普通に考えて今まで二十回世界大会に参加してきて優勝を逃したのが九回だけとかイカれている。どんだけ強いんだろうかTelence Gamingというプロゲーミングチームは。正直ドン引きするレベルである。
しかも特にぶっ飛んでいるのが、予選から世界的にも強豪や名門だと有名なプロゲーミングチームたちが世界大会に出れる二枠を争いあって魔境とされているNA地域の予選大会。毎年のように世界大会が始まって以来から魔境である地域の予選から毎年のように落ちたことがなく、今までずっと世界大会皆勤賞って意味がわからない。
余りにもこのチームが最強すぎて毎回予選一位を掻っ攫っていくので、他のNA地域の名門や強豪とされているチームも残り一枠である予選二位を争っている始末である。
……と、話してきた訳だがそんなメンバー全員が他のチームであればエース級のTelence Gamingでも特に人気で実力も抜きん出ている大エース。正にFPS界に生きるレジェンドこと──TG galenadと俺は奇跡的にマッチングしちゃったのだ。しかも彼だと思わずに気楽に話して、自慢してしまうがそんなレジェンドの目の前で見せつけるようにACEを取ったのである。
その一部始終は昨日の彼の配信のアーカイブにもしっかり残っており、実際に俺と彼が話しているところを見ると、彼からの質問に普段から聞き慣れすぎた正に自分の声がチーム内VCから聞こえてくる。今思うとgalenadって気付いてないとはいえ、俺すごい生意気だな。
「マジかよ……」
先ずgalenad本人に会えたのもめちゃくちゃ嬉しいのだが、その前にこうして自分の憧れていたプレイヤーと話せていたことに有頂天であった。
こうして自分があげたクリップがここまで伸びるのは実感が湧かなかったのだが、よくよく考えてみるとあのレジェンドであるgalenadから視聴者が経由されていると考えれば、自分からしたら異常なこの再生回数もいいね数も納得出来てしまう。
送られてきたコメントを見ると
Sheeeeeesh!
という日本語でなんとなく訳すと「マジでやばい!」みたいなスラングが何個も羅列していたり
So good!
Excellent!
Let’s F◯cking goooo!
Yoooooooo!
Duuuuuuuude!
……と、もはやその場の勢いとノリで書き込んでるような人たちが多くいた。
もちろん、こういうぽっと出の無名なプレイヤーは反響はあるが、同時にFPSという若干閉鎖的なコミュニティでは反感を買いやすいのも事実としてあった。
galenad本人と話せて、さらに彼の前で印象的なプレーを見せることができた俺への嫉妬かはわからないが、批判的なコメントも多く送られてきている。最近アジア圏でチーターやそれを売りに来る業者たちが横行しまくっているためか、俺がアジア人だからとそのチーターたちと一括りにするようなコメントだったり、単純な人種差別的なコメントも結構あった。
……でも俺はそんなのどうでも良くなるほど、やっぱりあのレジェンドと一緒にゲームできたことがとても嬉しく思えて仕方がなかった。
スマホの画面に映る某SNSに寄せられたコメントを尻目に感慨深く溢してしまう。
「日本人の誰もやってこなかったゲームをコツコツとやってきてよかったなぁ……」
そう。この六年間空き時間に困ったら取り敢えずプレイし続けて、なにかと生活の一部にもなっていたこのゲーム。周りの人もネットでもあまりやっている人を見かけないようなFPSゲームをやり続けてここまで嬉しさが込み上げる事なんてなかった。
プレイしている時は楽しい。しかし、パソコンの電源を切ると同時に漠然とした孤独感が湧き上がってくるのだ。日本人のプレイヤーそれほどまでに居ない。出会ったこともアジアサーバーでも三回くらいしかないのだ。
そんなゲームを極めたって誰も振り向かない。
多分、現状で『Pointman』が国内で一番上手いプレイヤーは俺だろう。エイムや立ち回りも絶対負けるつもりはない。
だが俺はそのことがとても寂しく思えてならなかった。やっている人口が少ないコンテンツで日本一位になったとしても嬉しくない。
言うなれば、俺はいつからかゲーム本来の誰かとやる楽しさが薄れてきて、今日まで惰性でプレイしていた節があるかもしれない。
どうせ誰も俺のプレイを見てくれない。誰も褒めてくれやしないと。
でもそうではなかった。何も俺のことを理解してくれるのは日本人だけじゃなかったのだ。海外の人たちがこうして俺のプレイに注目して賞賛し、批評してくれることに一種の感動を覚えていた。
そして俺の心をこうして突き動かしたのは他でもない、俺をこのゲームに出合わせてくれたきっかけのプレイヤーでもあり、今も憧れるレジェンドでもあったのだ。
彼の目に留まった。それだけでも嬉しいのに、関われたことがなによりも俺の心を躍動させたのだ。
「……ん?」
自室でスマホを片手に感傷に浸っていると、見知らぬ海外の人からだろうか。某SNSにDMが飛んできた。
スパムの可能性もあったがそんなことはなく、彼は英語で「ナイスエースだったよ兄弟。これは感謝のプレゼントだ」という一言を添えて、昨日のgalenadがやっていた配信が終わる間際に放った彼の一言 が丁寧にクリップされた動画が送られてきていた。俺は少し緊張しながら開くと、憧れている彼の声が部屋に響く
「──!」
《今日回してきたランクマッチの中で一番安心して観戦画面を観れたのはH1takaかな。やっぱ彼はね……なんというか試合を通して良く考えて丁寧にプレーしていたよね。正直、観ていて声が出たよ。とにかくプリエイムやクリアリングが綺麗なんだ。あんなに綺麗なエイムは見たことないし、必ず1v1は勝ってた印象だった。それに味方を必ずカバーできる位置にいたり、俺と射線をクロス組める位置にさりげなく移動してくれてた場面も三回くらいあったよ。とにかく、今俺の配信を観てる視聴者たちでもしPoint manが上手くなりたいなら彼を参考にすべきだと思ったよ。それくらいに彼はこのゲームのマップを研究してると思うし、実際100pingくらいあったのにあの強さを維持できるのは彼がとても努力してきた証拠だと思うよ──》
やっぱり、彼はレジェンドなのだ。
《今、チャット欄観ていると皆が彼がアジア人だってこと引き合いに出して不満そうにしてるけど、そんなことを引き合いに出してる時点でナンセンスだ。たしかに最近はアジア地域のチーター問題は大きな問題になってるけど、そのことが彼の素晴らしいプレイにどう関係するっていうんだよ。アメリカ人である俺はgalenadというプレイヤーであって白人ていう概念自体ではないし、日本人としての彼はH1takaであってアジア人っていう概念自体じゃない。人種にゲームの上手い下手は無いし、もちろん人種にこのゲームをプレイ出来る資格があるとかないとかの話なんて論外も論外だ。彼は皆と同じこのゲームに向き合ってるプレイヤーの一人なんだ。人種というフィルターにかけて見るんじゃなくて彼個人の振る舞いやプレイヤーとしてのプレイで良いか悪いかを批評してほしい。今みんながやっていることは批判でも批評でもなく、ただの人種差別だよ》
──そして俺が最も憧れるプロゲーマーであり、尊敬する人間でもあるのだ。
◆ ◆ ◆
一方その頃、2022年の5月中旬。日本のゲームニュースに珍しく『Point man』について新しいニュースが取り上げられた。
その内容というのが、「世界的に有名な超名門プロゲーミングチームTelence Gamingに所属しているエースgalenadが偶然マッチングした日本人プレイヤーをベタ褒め!!」という記事だった。
Telence Gamingといえば、今や『Point man』に始まり、各方面のジャンルのメジャーなゲームの部門毎にチームが設立されており、多くの大会で優勝や優秀な成績を残している超名門チームだが、そんなチームに所属しているスター選手であるgalenadが「とにかく、今俺の配信を観てる視聴者たちでもしPoint manが上手くなりたいなら彼を参考にすべきだと思ったよ」と褒めている動画が一気に日本のFPS業界を中心に反響を呼んでいる……といった内容だった。
それを観た多くの日本人が思った感想としては……誰? という感想を抱いていた。
ただ、FPSを日頃からかじっている一定層の日本人コミュニティだけは大盛り上がりを見せていた。格闘ゲームなどの個人競技的な側面が強いゲームでは日本は他国の追随を許さないほど多くのタイトルを手にしてきたが、こと団体競技……特にFPSというジャンルについては世界大会に出るたびに大敗し、苦渋を味わされ続けてきたのだ。こと、タクティカルFPSゲームにおいてはほとんどの大会で最下位だった。
しかしそんな落ち目なFPS界に希望の光が差し込もうとしていた。
生きる伝説とまで言われているFPS界の雄、galenadと実際にマッチングして、日頃から世界の第一線で戦い続けていて数々の名選手のプレイを経験してきた彼からあそこまで褒め称えられる日本人プレイヤーは前代未聞もいいところだったのだ。
FPSゲーマーたちはこぞってその謎の日本人プレイヤーの名前を探し、ついに「H1taka」という名前にたどり着いた人たちが、レジェンドに参考にすべきだと言わせしめるほどのプレイヤーなのかを確認しようと配信に行こうとしたのだが、肝心の配信自体はやっていなかったためアーカイブもなかった。
唯一彼のプレイが観れる場所が、本人のアカウントで某SNSに投稿されている試合のハイライトのみだった。しかし、そんなクリップという短い時間のプレイだけでも、FPSをやっていた人なら見た瞬間に分かってしまう。
なんて堅実で海外の選手に劣らない強いプレイングなんだ。
決して、海外の名門チームの選手たちと見劣りしないハイライトだった。国内では先ずいないであろう早すぎる反応速度と正確なエイムに加えて、立ち回りに迷いがなく、常に最適解を導いていた。そしてなんといってもクリップの中で垣間見える海外のプレイヤーと円滑に意思疎通できている英語力も日本人からしたら魅力的だった。
日本にとんでもないものが現れたと、日本のFPSゲーマーたちやファンたち、それにプロゲーミングチームまでもが彼がこれまで上げてきたクリップをひたすら見漁った。そのどれもが度肝を抜くプレイだったことは言うまでもないだろう。
そして六月初旬。こんな噂が流れ始める。
あの「H1taka」が配信するという噂が。
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