11.翳り

 廃教会の前には人だかりができている。集まったのは殉教祭じゅんきょうさいそっちのけの司祭や司教に、噂をかぎつけた貴族や平民たちだった。


 プロキオンとともにミラは馬車から下りる。添え木された右足を引きずるようにして教会の前に出た。厚い雲が辺りをかげらせているが、雨の心配をしている者など誰一人いない。


「魔族を絞首刑にしろ!」

 男が叫ぶ。

「魔族を八つ裂きにしろ!」

 女が唸った。

 子どもたちは恐怖のあまり泣き喚くか、口も利けない有様だった。


 みなが廃教会を見守る中、ドアが内側から破られた。いきり立つように中から出てきたのは、体格の良い男たちだ。彼らの登場に、悲鳴とも歓声ともつかない声がわあっと波立つ。男たちは、マントにくるまれた何かを太い腕に抱えている。それを掲げると、石畳の上に投げつけた。マントの包みの中から、しっぽを痛めつけられた犬のような声が上がっる。

 物のように放り出され、地面にたたきつけられたシリウスの悲鳴だった。

 ミラは思わず目を背けたくなったが堪え、声を絞った。


「みなさま、これが魔族です。復讐のために私を襲った、恐ろしい魔族です。私を仕留めそこない、今夜には街へ出てきて子どもたちを攫うでしょう!」


 直接手を下すことのできない臆病な聴衆たちは、手に持っていた石や商売で使うためのカゴやラッパをマントに投げつける。金切り声を上げて失神する女までいた。


「殺せー!」

 誰かが叫ぶと、みな歌うように同じ言葉を口にした。


 殺せ! 殺せ! 殺せ! ……!


 しかし、実行に移そうとする者はいない。


「神よ……!」


 勇敢にも躍り出たのは一人の司教だった。震える手を伸ばし、マントを剥ぎ取ろうとする。


――その時であった。

 みるみるうちにかげりが濃くなる。朝から雲が多く、元より明るくは無かったのだが、それにしても妙だった。日没までにはまだ時間が残されているのに、夜が訪れたかのように暗くなり、季節が進んだかのように空気が冷えた。風は強まり、鳥たちは鳴きながら木々を飛びだしていく。


「太陽が……」


 太陽が食われている、しぼんでいる、隠れた、服を着た……。

 各々が天を仰ぎ、今の太陽の様相を千差万別に言い表している。しかし彼らの表情は絵を張り付けたかのように一様であった。


「ま、魔術で太陽が消されちまった……!」


 ミラはただ、喉に溜まっていたつばを飲み込んだ。


――この次の月が出ぬ日に、太陽が隠れます。


 シリウスの言った通りだった。


 月が太陽の前に躍り出たのだ。彼女は算術を使って星の動きを読み、今日のこの時間から夜が訪れることを言い当てたのだった。

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