第6話
それから、二人で歩いた。
歩いて、歩いて、日が昇ってからは電車とバスを乗り継いで。
名前も知らない。帰り道も分からない。そんな状態になっても進み続けて。
私はとよと、冬の海岸に辿り着いた。
「冷たいね」
「そうですね」
二人で波を感じながら、ただひたすらに空を見上げる。
歩き続けて熱くなった足を冷やしてくれる波が心地よくて。
大切な人と一緒に海にいる状況がおかしくも心地よくて。
他に人がいない、二人だけの空間が何よりも心地いい。
「もうそろそろ上がりませんか さすがに風邪をひいてしまいます」
「そうだね」
頷いて、海から上がる。
素足に砂を張り付けながら歩き、座り込めば、柔らかい砂浜が受け止めてくれた。
「はぁぁぁぁ……さすがに疲れたぁ……!」
「あっ、そんな寝そべると砂がっ!」
「いいって、いいってぇ……気持ちいいよぉ……」
「そうですか……」
しょうがないなぁとでも言いそうな苦笑を横目に、私は真っ直ぐに空を見上げる。
まだ早朝のせいか青空は澄み渡っていて、日の光を浴びた雲が白と灰の色合いを生み出していた。
「…………」
「…………」
「ねぇ?」
「なんですか?」
とよの横顔を見れば、それに気づいた彼女が目を合わす。
じっと視線を重ねている間、聞こえてくるのは波と潮風の音。
私は、数回の波の音を聞き終えた後に口を開いた。
「とよさ……うち、来ない?」
「どういうことですか?」
とよがちょこんと小さな頭を傾けさせる。
「ほら、うちお母さんが全然帰ってこないじゃん。だからさ、とよがうちに来てくれたら毎日が楽しいかなって」
言っていて恥ずかしくなってっしまい、目を逸らしてしまう。
自覚できるほどの頬の熱さは冬の空気では冷ますことが出来ないらしい。わたしは「なんて! 言ってて恥ずいなぁ!」と頬を扇ぐ。
それでいて、とよの答えが気になって覗き見るように視線を送れば、彼女はどこか悩むように海を見ていた。
そして——
「嬉しいです」
淡々と、それでいて嬉しそうに頬を染めて呟いた。
その顔を見て、私は目を丸くしてしまう。
いつも見るとよの表情は無表情。もしくは泣き顔だったから。
不意に微笑んでくれる笑みもあるけれど、それも隠れての笑み。二人きりで、さらにはこんなに嬉しそうにする彼女の表情は初めて見た。
「とよってさ……」
「なんです?」
「嬉しい時とか悲しい時に限って、声に抑揚が無くなるよね」
「どういうことです?」
「なんか感情を抑えようとしてるからなのかな、なんか必死に感情を出さないようにしてるみたいで可愛いというか」
「……っ、ちが……」
「けっこう分かりやすいよ? とよって?」
「っ————!!!」
ニヤリと笑いかければ、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせた。
そう、それでいいの。
だってこれは、わたしはちゃんと見てるって意思表示なんだから。
「…………」
俯いて、じっと黙り込む彼女。
その赤くなった横顔を、私はずっと微笑みながら見つめていた。
やがて、日が少し高くなり、眩しいくらいになった頃。
「私……もう少し頑張ってみようと思います」
顔を上げたとよは、往復する波を見てそう告げた。
「そっか」
「だから、鈴の家にはいけません」
「うん」
「もう少し頑張って、頑張って……私一人でも生きていけるようになろうと思います」
「……うん」
とよの言葉に、おもわず目線が下がってしまう。
一人……一人ととよは言った。
それは、すこし
奥歯が鳴る音が聞こえる。
……そうだよね。それが普通だよね。
胸の奥に秘めていた醜い感情に蓋が出来ない。
鼻の奥がツンと痛んで、喉の奥が震えてしまう。
その時だった。
「だから——」
頭の上から落ちてきた声。
同時に、自身の頭がなにか温かいものに包まれていることに気が付いた。
「……だから、今度は私が迎えに行きます。昨日、鈴が迎えに来てくれたみたいに」
「……っ!?」
弾かれたように顔を上げれば、すぐ目の前に彼女の笑顔があって。
「これが私の覚悟です。いまはこれが限界ですけど……いずれは」
元々近かった顔がさらに近くに寄ってきて。
「——あ」
私の頬に
「…………」
「さて、帰りましょうか」
茫然とする私に笑みを残し、とよは腰を上げて歩き出す。
私は我に返ると、彼女の後を追いかけた。
そして——
……途中まではいいよね?
私はとよに追いつくと手を彼女の手と絡めて、握った。
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