第5話




「どうして……?」


「分かるに決まってるじゃん」


 私は平常心を保つように努めて、とよの元へ歩いていく。


「学校一の天才が夜の学校に忍び込むなんてやるじゃん?」


「私は天才なんかじゃ——」


「知ってるよ、冗談……で? どうやって屋上に出たの?」


「……鍵の場所は知ってたんです。だから普通に職員室で拝借しました」


「へぇ……それ、私にも教えてよ。こんど合鍵作っとくから」


「さすがにそれはダメですよ」


 クスリと笑みをこぼして、とよが私の方へ振り返る。


 笑みを最後に沈黙が落ちて、カツカツと歩く私の靴音と風の音だけが響いていた。

 一歩、二歩と……私が近づいていくたびに、街の明かりが逆光となって陰に隠れていた彼女の顔が明らかになる。


 とよは泣いていた。あの時と同じように。


「……やっぱり駄目ですね。私はいつも大事なところで勇気が出ない」


「とよ……」


「もう、嫌になったんです。でも、いざ前にすると勇気が出なくて……」


「とよ!」


 フェンスの外へ目を向ける彼女に、私は叫んだ。


「帰ろう? 私がいるじゃん。私はとよを見てるよ? ずっと見てるよ……? だからさ、帰ろうよ……帰って寝てさ……私とまたお話しよう?」


「…………手紙がバレたんです」


「え?」


「だから、もう無理ですよ……あの人はもう許さない。たぶん、習い事が増えると思います。そうしたらもう手紙を書く時間なんてもう無くなる……だから……無理なんですよ」


「…………」


 とよの声は震えていた。


 外を見て、悲しそうに、辛そうに、でも淡々と。

 そう話そうとして、でも無理で、その悲しさが出てしまって震えていた。


 そう感じた……だから——


「止めないでよっ!!!」


 私ももう、堪えることが出来なかった。


「止めるなんて言わないでよ! 私はっ! 私はとよにだけはそれを言われたくなかった! 辛いなら相談してよ! 隠さないでよ! 私に話してよ!」


 みっともなく涙を流して。

 私はとよの手を取った。


「……私に出来ることなんて無いかもしれない! でも! 私はとよを見てる! 抱きしめられる! 辛かったねって言えるの!? 私じゃダメだったの!? 答えてよ!」


 手紙は、私の救いだったから。

 とよと私は正反対かもしれない。

 でも、正反対でも同じ気持ちを持っていた。

 正反対でも同じ願いがあった。


 だから、とても悲しかったのだ。

 とよが……私を頼ってくれなかったことが。


「……ダメじゃないです。でも、もう耐えられない……!」


 とよも涙を流していた。


「ただ見てもらえれば良かった。頑張ったって言ってもらえるだけで良かったんです。でも……無理だった。無理だったんですよ……!」


「とよ……」


「あの人は変わらない! あの人が嫌いなのに……嫌なのに……私はどんどんあの人に近づいていく……! 顔を合わすたびに嫌悪感が……私が嫌いになっていくんです……」


 普段温厚なとよの叫び。

 私の目を睨みつけて、辛さを吐き出すように告げられた彼女の吐露は、私に一つの決心をさせた。


「なら逃げようよ」


「なん……?」


「私ももう無理だよ。とよがいないなんてもう無理……」


 握っていたとよの手をしっかりと握り直して。


「だから、二人で逃げよう?」


 怪訝そうなとよの表情を置き去りにして。

 私は彼女を連れて駆け出した。

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