第3話
とよ——
少なくと天才ではない……と、私はそう思ってる。
テストも学期末の成績も学年一位。
運動神経も良くて、体育祭のようなイベントでは重要視される存在。
でも、彼女はいつも一人だった。
……それは、毎日毎日たくさんの習い事をしていたから。
習い事の時間までいつも図書室で勉強をしていて。
習い事が終われば毎日夜道を走っていた。
私がそれを知ったのは、たまたま屋上で泣いている彼女を見てしまったから。
あの時、授業をサボりたくなった私は階段を上っていた。
階段を登りきって、屋上に出る扉の前。その狭い場所が先生に見つかりにくくて、それでいて休み時間になった時にはさりげなくクラスに戻りやすいと知っていたから。
屋上に出る扉は、普段は鍵がかかってる。
でも、あの時だけは、先生が閉め忘れたのか鍵がかかっていなかった。
それに気づいた私は「屋上に出ちゃえばもっとバレないんじゃない?」と考え、扉を開いた。
びゅうと吹く風で髪が崩れる感覚を味わいながら外に出れば、見慣れた街の見慣れない姿が一望できる。
その光景に目を奪われ、何歩か歩いたその時、すすり泣くような声が聞こえた。
「もう……いや……」
堪えるように。
それでいて、吐き出すように。
聞き馴染みがあるはずなのに、初めて聞いたその声に私は引き寄せられるように歩いていった。
お淑やかで、艶のある黒い長髪。
私の色落ちしたような薄い茶髪とは全く違う。丁寧に手入れをされた黒髪が風に吹かれ、乱れるのも気にしないで。
豊栄 千香は泣いていた。
いつもであれば気にしないはずだった。
どうせ彼氏にでも振られたんだろうなって考えて、面倒くさいって屋上から出ていくはずだったのに。
「どうしたの?」
私は……声をかけてしまったのだ。
「……え?」
霞むような声を漏らして私の存在に気が付いた彼女は、すぐに涙を拭いて佇まいを正そうとする。
けれど、赤くはれた目元は隠せないし、頬の濡れた涙の痕も消えていない。
その姿がどうも印象的で、私の彼女への印象からはかけ離れていて。
「何かあったの?」
私は、そう問いかけてしまった……それが始まり。
でも、それを後悔したことはない。
声をかけたことが切っ掛けで、とよといっぱい話をした。
お互いの悩みを話して、お互いの願いを話しして。
そうして、私たちは友達になった。
学年一の秀才と学年最底辺の女子生徒が、お互いにお互いを求めるようになった。
だから——
私はとよが好きだ。
彼女だけが、私にとっての『本物』だと思えたから。
「今日も図書室に行くの?」
「うん」
いつも通り、手紙の返事を図書室の隅——いつもの場所の本に隠して。
その翌日に、私は返事を回収しに図書室へ向かう。
友人と話すのはただの口実だった。
上っ面な話をして、取り繕うように笑って、図書室の隅の定位置に私は寄りかかる。
ちょうど手を降ろした高さに置かれている分厚い本。
誰の興味も引かないで、誰にも手を取られることはない私たちのポスト。
さすがに今日はまだないかな? と、半ば残念に思いながら、見なくても分かるようになってしまった最後から三ページ目に挟んであるはずの手紙を探す。
すると、確かに感じる本とは違う紙の手触りに、私は無意識に笑みを浮かべてしまった。
「どしたの?」
「ちょっと思い出しちゃって」
適当に言い訳をして、手紙を制服の袖に隠す。
そして私は、手紙の内容を想像しながら偽物の会話に混じった。
夜に開けた手紙には——
『もう止めましょう』
そう、一言だけ書かれていた。
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