第8話 第七章 苦心混淆 前編


私は兵器として作られた。

だけど、私は先生と出会い、兵器から、人に近づいた。

そして、先生は死んだ。

先生が死んだ事に泣ける自分がいて、私はもう兵器ではなくなっていた事を知った。

けれど。

兵器ではなくなったからと言って、人になれたわけではない。

暫く世界を彷徨った中途半端な私は、やがて終の地に辿り着いた。

終の地で見た終の夢は、酷く懐かしい味がした。

だから。

末期の夢は、かつての私が幸せだったと、教えてくれた。

「お前、なんだそのガキは。」

「拾った。」

「元の場所に戻して来い。」

「もう遅い。」

 俺が熔夜の家を酒を持って任務外に訪ねた時、その子はいた。

 熔夜から離れようとしない、見たところ痩せこけた虚ろな目の3歳ほどの少女だった。

「またお前は。何年か前だって、赤狐を拾って飼ってて死んだ時後悔してた癖に、まだ懲りないのかよ。」

「別に、後悔はしたけど、一緒に暮らしてた事には後悔してないし、懲りてもない。」

「あー、そうかい。で?その子は何処でどう拐かして来たんだ?」

「拐かして来た…のかな。」

「本当か!?」

「雌型の異端物に連れられてて、な。多分、異端者が子供を産んで、この地獄のような環境だ、生かす為に異端物に成ったんだろう。この子を守る為に凶行を行なっててな。しかも外敵から守る事だけを核に異端化したみたいで肝心のこの子はネグレクトだ。過保護からのネグレクト、とんだ矛盾だったよ。」

「で?その子はどうするんだ。どっかの組織に引き渡すか?」

「…いや、僕が育てる。」

「お前な、其れ異端の子だぞ?遅かれ早かれ異端化しちまうのは明白だ。しかも生育歴に迄間違い無く疵がある。とっとと引き渡さないと、えらい事になるぞ。」

「最終的に異端物に成り果てるようなら、僕が引導を渡す。だが、それまでは僕が責任を持って育てる。それがあの異端物からこの子を奪った責任だし、何より、この子は生まれさせられたんだ。この子自体には罪はないんだ。」

「また詭弁を。」

「良いんだよ、詭弁で。詭弁の一つにでもしがみつかなきゃ、人間なんて生きていけない。」

 頑として俺の言葉は受け入れないらしい。ヘラヘラしていて、物腰は柔らかい癖に頑固だからなぁ…。親友の言葉ぐらい聞き入れてほしいものだ。

 しかし、子供というものは、いや、自分より弱者は頭を撫でたくなるもので。痩せた女児の頭を撫でようと手を伸ばすが、女児は熔夜の陰に隠れてしまう。

「なんだ、怖いのか?この荒くれ者が。」

「誰が荒くれ者だ物乞い師が。」

 お互い良い歳こいて、罵倒し合う。

「ところでこのガキ、名前は?」

「あぁ、多分ビャクエイだろうな。その名の書いてあった物品がそこいらに転がってた。まぁ字迄は分からんから、当て字で良いだろう。」

「当て字かよ。適当だな。」

「[僻影]とか、どうだろう。影を避ける意味で。」

「書き順多すぎないか?…そうだな、もう単純に[白鋭]で良くないか?」

「おぉ、良いなそれで。」

 深く考えずに返答を戴く。

「…そうか。まぁお前が良いなら。」

 当のビャクエイは、特段興味なさげに座っている。そらこの歳で漢字なんて分からないから当然か。

 刀で打ち合いながら、会話をする。

「…なぁ。この子は、もしかして…。」

「あぁ、多分そうだろうな。あれだけの生育歴があるんだ、体に身体的なり精神的な不調が現れてもおかしくはないだろう。」

「だが、どうするんだ?」

「どうもしない。この体に適応して生きる術を教えるだけさ。」

 話しながらでも、隙がない。今迄俺が戦って来た中で、恐らく一番強い。

「君の太刀筋は相変わらず、気持ち悪いな。」

「大きなお世話だ。」

 それでもそう簡単には、打ちのめされたりはしない。これでも、緑の地の諜報部だ。荒事には慣れている。

「君に勝てる奴は早々いないだろう。」

「だと、良いがなっ!!」

 一瞬、熔夜隙が出来た気がした。だから、そこに打ち込む。が、やはり誘っていただけの様であっさり躱され、返し技が来る。

 迷わずそれを払い、引く。

「ここまでにしようか。今日も決着がつかないな。」

「あぁ、疲れたよ。」

 かれこれ30分ほど打ち合いをし、両者疲労困憊にて引き分けで合意する。いつものことだ。お互いもう若くないのだ。

 ふと見ると、縁側には、白鋭がいた。虚ろな目で座っているが、刀に興味があるのだろうか。

 元々の、生育歴に難があったせいもあり、白鋭は喋ることはあまりなかったが、それでも歳を重ねて行くうちに、ある程度は普通の子供の様に話す様には成った。熔夜の教育の賜物なのは、言うまでもない。

 そして、任務でこの家に訪れ、酒を飲みにこの家を訪れ、数年過ぎたある日。

「むきゅうおじさん、わたしとてあわせしてください。」

 白鋭から、そんな事を、頼まれた。

「…刀、使えるのか?」

 俺が困った顔で熔夜に問うと、彼は笑いながら

「あぁ、一応こんなご時世だ。自分の身は自分で守れなきゃいけないだろうからな、最低限は教えているんだ。」

 なんて言う。

「しゃーねーな。いっちょ揉んでやりますか。」

 そうして3人で庭に出て、俺と白鋭は地稽古を始める。

「良いよ。かかってこいよ。」

 俺が構えつつ、誘うと、斬りかかってくる白鋭。年齢、その障害の割に、しっかりと体重乗った一撃が来る。

「お、やるな。」

 そして、数度いなし、峰で一撃を叩き込む。

「参りました。」

 半べそをかきながら降参される。痛かったのだろう。

 そして、稽古を終える。

「思ってたより、やるな。」

「それはそうでしょう。僕が教えているんだから。白鋭、どうだった?」

「…つよい。おじいと、ちがう。」

 熔夜の服の裾を掴み、涙を拭いつつ呟く。

「だろうな。こいつの太刀筋は気持ち悪いだろう。」

「きもち、わるい。」

「余計な言葉を、吹き込むな。」

「むきゅう、おじさん、きもちわるい。」

「おい!!」

 そんなこんなで、そこから数年を過ごした。

 偶然にも、訪ねた時に、彼がいない事は数回しかなかったが、彼は時折、小さな白鋭を連れ遠出をしていた。

 その遠出と言うのは、一応俺の本当の任務に関わっていた。

 彼は遠出の度に、異端具の回収をしていた。代々それが家業の家であり、彼はそれを続けていたのだ。恐らく白鋭を見つけたのはその際だろう。

 その彼が、彼等一族が集めた異端具を貯めている蔵、その蔵を見守る事が私の本当の任務だ。

 この蔵が、不正に開かれる事はないか。熔夜を殺してまで蔵の中身を奪われる事はないか。そして、熔夜が、異端具を、誤った使い方をしないか。

 このいずれかの自体が起きた時、俺は、其れを止めなくてはいけない。どんな手段を、使ってでも。例え、命を奪ってでも。

 読んだだけで素因があるものは異端化してしまう本のような危険物さえあるのだ、間違った者が間違った使い方で異端具を扱えば、異端災害が、起きかねない。

 だから、其れが、俺の、緑の地から下された指令だった。

「ところで、熔夜は?」

「出かけてる。」

 それは、8月の事だった。いつもの様に、隔月で生活物資を届け、蔵の状態を確認しに来た時のことだ。

 白鋭に呼び止められ、彼女とお茶を酌み交わすことになった。こんな事は、今までなく、外交的になった彼女に対し、やや驚いていた。

 居間で、白鋭がお茶を入れてくるのを待っている間、テレビを眺める。

「このテレビはな、未来だろうが、過去だろうが、時間に関係ないものを映すんだ。」

 過去に熔夜が自慢していたのを思い出す。俺にそんな事を言えば、本部に報告しなければいけない事を知っているはずなのに、彼はこのテレビを手に入れた事を自慢してきた。

 あぁ、本当に子供っぽいやつだった。新しく手に入れた玩具がそんなに嬉しかったのだろう。

 しかし、そんな事を本部に報告すれば、いくら穏健を謳っている我らが組織でも、未来が映ると知れば奪いに来る可能性も否めない。だから、俺はあえてこの件は報告しなかった。まぁ本部に報告をあえてしない事は、熔夜と関わる上ではよくあると言えばあったのであるが。

 ツマミを掴み、チャンネルを回す。

 砂嵐の画面が映り、あえて暫く、そのままそれを眺める。

 すると、よくよく耳を澄ませると、途切れ途切れの組織共通の異端情報が流れてくる。

「…厄災…蝦夷…んにゅ…んごう…ふめ…。」恐らく異端厄災が蝦夷に侵入したのだろう。何番目の奴かは未確認だが、との放送だ。多分。

 尤も、これが10年前だか100年後だかのいつの放送かは分からないが。

 …肝心の情報も、いつか分からないなんて、これはガラクタでは無いのだろうか。[newpage]


 白鋭は、異端物を殺した事を、悩んでいた。弱小の異端が結界が貼ってあるこの家に寄り付いた事にも驚きだが、白鋭がそれを処理した事も割と驚きだ。

 熔夜は一体何の意図でそんな事をさせたのだろうか。

 いずれ彼女は一人暮らしになるのだ、だから早めに処女を切らせたのだろうか。それならばまぁ理解できる。しかし、彼にしてはいささか乱暴すぎないだろうか?

 にしたって、熔夜はあの子を優しく育て過ぎたようだ。今時異端を殺して命の重さを感じるなんて、普通の何も知らない人間すぎる。

 異端物だろうが異端者だろうが、人じゃないのだ。何も産めず、壊す事しか出来ない奴らなんて、生かしておく価値もない。一応俺も異端との共存を謳う緑の地には属しているが、異端に関われば関わる程赤き砂だの白き夜の奴らの思想が正しい事を感じてしまう。

 異端には救いはない。薬物である程度進行は抑える事は出来るが、抑えたところで遅かれ早かれ人でなしになってしまう。なら、被害を出す前に、駆逐してしまうのが、お互いのためだろう。そんな事も思い至れないような生きたがりの人でなしは、尚更居ない方が良いんだ。

 二ヶ月後。

 再び熔夜の家を訪れたが、熔夜は居なかった。ここまで長い不在は初めてだ。嫌な予感しかしない。

 幸い蔵は開けられた形跡はないので、まだ大きな問題でないのだけは救いだが。

 それにしても、熔夜が居ないくせに、最近加工前の食品の注文が増えた事には驚きだ。

 何故、って、料理で養父を殺しかけるほどの腕の持ち主の白鋭しか居ないのに増えているからだ。なんぼなんでも自分の毒で死ぬ生き物はいないと思われるが、それ以前にあの子が単独で上達するのは困難な筈だ。

 俺の知らない、誰かが、あの家にいる。

 当然この疑いに行き着く。さらに言えば、ここらに異端に関わらない真っ当な人間はもう居ない。だから、その知らない誰かは間違いなく異端に関わるものだ。そして俺が知らないという事は、少なくとも緑の地の者でもない。

 ならば、排除対象だ。

 恐らく蔵の中身は知らないだろうが、そこは問題ではない。

 どっちにしたっていずれ、脅威になるのだ。

 蝦夷地にある緑の地の観測所に、熔夜を見なかったか、方々連絡を取った。しかし、どの返答も否だった。

 ならば、推理されるのは、熔夜は観測所に至る迄の範囲内に居ること。

 熔夜は観測所に経由せず範囲外に出た事。

 しかし、後者は、そうするメリットが薄い。特別知られたくない異端具を見つけたならありえるが、家に帰らないのが不自然だ。

 だから、虱潰しに、範囲内を探した。しかし、居ない。粗方範囲内は探した筈だ。後は、盲点、まだ探して居ない場所が、範囲内に、一つある。

 そこに行くか。


「若いんだから、もっと時間を有効に使ったらどうだ?」

 家で炬燵と同化して居た白鋭に、家を出るように勧めた。

 渋々だが、彼女は出かける事に従った。やや心配ではあるが、情報端末を渡しておけば、大丈夫だろう。

 彼女を見送り、取り敢えずテレビをつけ、緑の地の回線に合わせる。

「…のやく…は、の6のすう…ねんね…してい…15に…けつば…なった4…隠し…。」

 ノイズが多く、聞き取りにくいが…。

 6の数字。恐らくこれは厄災の数。15…に増える、という事なのだろうか?

 しかし、やはりこれもいつの話をしているのか分からない。役立たずだ。

 今の俺には、関係がない。

 次、か。

 歩む度に軋む音を立てる廊下を歩き、襖の前へ。

 此処らは光が入らず、暗い。

 目的は、熔夜の部屋。

 襖を開け、中に入る。鉄の、臭いが、感じられる。しかし、雨戸を閉めきっており、真っ暗の部屋の中は何も確認できない。

 ペンライトで照らしながら、窓を開けて、雨戸を開ける。

 埃が舞う室内。部屋の中には、変わったものは、何もない。普通の和室に、綺麗に布団が敷いてあるだけ。

 …熔夜は、万年床なんてする性格ではない。変なところでアイツは几帳面だった。

 そもそも出かける奴が、布団を敷いて行くか?

 敷布団を、裏返す。

 錆びた鉄の匂いが、微かに強くなる。畳には、中範囲に赤黒い跡。敷布団の裏も、赤黒く、汚染が、ある。

 答えは、わかった。多分、これで正解だろう。

「熔夜…、馬鹿野郎…っ!!」

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