第6話 第五章 換骨分別 


私はあの雨の日から方々を彷徨った。

 行くあてなんてない。

 帰る場所もない。

 しかし、死ぬ事も出来ず、老いる事もない。

 死ねないなら、彼の場所に行けるわけでもない。

 ない、ない、ない。

 ないない尽くしだ。

 でも仕方ない。

 これが罰。

 私が犯した罪の罰。

 あぁ、猫の入った箱なんて、開けるんじゃなかった。

 明方よりも多分前。

 居間でいつも通り、テレビを流して転がっていると、足音が聞こえた。

 この家に今いるのは、私と、黎占だけ。

 ならばこの足音は黎占のだ。

 また、何処かに行くのだろう。黎占はいつも、私に何も言わずにふらっと出かけて行く。まぁ、ただの、同居人なのだから、仕方のないことではあるが。

「浮浪人…。」

 布団で微睡みながら、胡乱な頭で思う。

黎占が出かけてから、多分3日は経った。黎占は出かけたら、帰って来るのがいつかわからない。だから、どうなのだ、と言う話ではあるが。

 いや、料理が食えなくなるのは大いに問題なのだが。

 軽快な、電子音が、なる。

 夢久おじさんか。黎占は、自分の家ではないくせにチャイムなんて、鳴らさない。

 布団から、這い出る。名残惜しげに、布団は私を引き止めるが、食料を貰えないと困るのだ。

 靴を履き、戸を開ける。

「よぅ、白鋭。」

「こんにちは、叔父様。」

「毎度おなじみ、補給物資、持ってきた。」

「どうも。」

 早速二人で、物資を台所に運ぶ。

 程なくそれも終わり、

「お茶でも、如何ですか?」

「…自分で入れていいなら、頂こうか。」

「良いですけど、なら、ついでですし、私のも入れてください。」

「勝手に調理道具、使うぞ。」

「どうぞ。」

 彼を台所に残して、私は居間に。

 付けっ放しのテレビから聞こえる何かの番組の音。

「ここ数日…遺体が消え…墓暴きの仕業ではなく…被災者の、火葬前の遺体を…。」

 つまらなそうな、ニュース。

 私には、関係ない。

「両組織が話し合い、「遺体隠し」とこの異端物を呼称する事が決まりました。」

 お茶菓子、なんだろう…。

「ほれ、入ったぞ、茶。」

「あぁ、どうも。」

 卓袱台に盆に乗った急須と湯呑みを起き、座る。

「入れてください。」

「ん、あぁ。」

 コポポ、と湯呑みに注がれるお茶。

 熱くて、持てない。置いたまま直に湯呑みに口をつけるも、熱い。

「ガキ。」

「五月蝿い。」

 暫し、沈黙。

「熔夜は?」

「まだ、帰ってこない。」

「そうか…。」

「ここまで、長い旅は、初めてですね。」

「…あぁ。」

 湯呑みは、まだ、熱い。

「お前さん、熔夜が居ないのに、あの食材どうするんだ。毎日料理型化学兵器食べてるのか?身体壊すぞ?」

 えっと、刀はどこに置いたっけな。

「何を言っているか理解できないのですが、食材は黎占が調理していますので、ご心配なく。」

「誰だそれ。」

「…さぁ。私もよくは知らないのですが。口の悪い浮浪者の男なのは確かです。」

「………。」

 沈痛な無言。

「熔夜は、知っているのか。」

「おじいが居なくなってから来たから知らない…いや、でも、おじいの知人で、おじいの今回の行き先知ってるって、言ってた気もする。」

「行き先、聞いたか?」

「…今の、今まで、その事を、忘れておりました故。」

「…熔夜、良い孫を持ったな…。」

「…えへへ。」

 そんなに褒められても、困る。



「さてと、帰る、な。」

「んー、ありがとうございました。」

 立ち上がり、帰る様子だ。

 玄関まで送る。

「あぁ、旅先でくたばってるといけねぇから、熔夜の行き先、こっちでも調べてみるな。」

「あ、はい。ありがたいです。」

「それから、黎占って奴、次は俺が来る時家にいろって伝えといてくれ。どんな奴か見てやりたい。」

「…ん、了解。」

「じゃ、またな。」

「はい、また。」

 目が醒める。

 窓を開ける。虫の音が響く。

 もう夜か。

 顔を洗い、歯を磨き、庭に出る。

 涼しい。流石にもう、暑いわけがない。

 草履を履き、立てかけてある刀を持つ。

 いつも目が醒めるたびに行う訓練を行い、飽きたところで、空腹に気がつく。

 台所へ行き適当にレーションを手にして居間に行く。

 それから、眠くなるまで、静止画の自治放送を眺めていた。


 居間で目を覚ます。

 酷い態勢で寝た様で、体の節々が痛い。今は今日なのか明日なのかわからない。

 けれどそんなのは、些細な問題なのでどうでも良いが。

 また、習慣に課されている刀の一人稽古を行う。

 只々無心に。一心不乱に。果たして心があるのかないのか。そもそも、心なんて、要るのだろうか。

「100」

 回数を、呟き、止める。

 ご飯にしよう。

 食糧庫を漁り、ふと思案。

 …、…、作って、みよう、か、な。

 適当に手当たり次第の野菜を切り、とりあえず、炒めてみる。

 味付けも塩とか胡椒とかで、いいでしょう。

 …多分これ、胡椒だよね。量もざっくりで行こう、うん。

 十数分後、炒め物でも失敗しようがあることを私は知る。



 静止画の自治放送の音楽で目を醒ます。雨の音がする。

 雨が降っているのなら、洗面はよいか。

 刀を手にとり、庭に出る。

 雨で身体に張り付き纏わりつく衣類。やや動きにくいが、死にはしない。気にせず稽古を行う。

 汗なのか雨なのか、体が水浸しになった頃、稽古をやめる。それから、風呂に入り、酒を飲んで寝る事とした。

 そんな一人きりの生活を、明けても暮れても過ごす。

 淡々と淡々と越える日々。

 そこになんの感慨もない。そこになんの成果も得られない。その事にすらなんの感慨もない。

「うお、居間で寝るなよ。寝るなら自分の部屋に行きなさい。一応女の子だろ?」

 軽口で、目を覚ます。帰ってきたのだろうか。

「おぉい、白鋭。」

 今度ははっきりと声を認識する。

 なんだ、夢久おじさんか。「なんだ」?「なんだ」ってなんだ。

「珍しいですね、もう配給の時期でしたっけ?」

「いんや。偶々近くに用事があったから寄ったんだ。」

「あぁ、そう。」

「お前いつもここで寝てんのか?」

「…時々は。」

そう、多分。

「若いんだからもっと時間を有効に使ったらどうだ?」

「時間を有効に使うって、どうやって?」

「出かけるとか。」

「私が?一人で?」

 そもそも出かけるのが時間の有効活用なのだろうか?

「一人じゃ不満か?」

「…いえ。でも何処に。」

「都会の方のは買い物とかだろうな。」

「この過疎地に、都会の話を引き合いに出さないでください。」

「なら、過疎地らしく、廃墟の見学とか。」

「私に見学なんて、良い皮肉ですね。」

「そうそう捻るなって。」

「大きなお世話です。」

 酒が飲みたくなった。

「南の方に、昔の大型ショッピングセンターの跡地があってな。多分未だになんらかの品物は残っているだろう。どうだ、そこでショッピング気分に浸るのは。」

「それって只の廃墟泥棒じゃ…。」

「この先300メートル先を、右です。」

 手元の端末から、機械的な音声が聞こえる。

 結局、あの後、家から出るのを渋りまくったものの、押し切られる形でナビゲーション端末を渡され、家を追い出されたのだった。

「私の家なのに…。」

 ぶつくさと文句を吐きながら、腰に刀を差し、右手にナビゲーション端末を持ち、肩からは水筒をさげながら足だけは動かし続ける。

 一応ショッピングセンター廃墟について一周して帰れば夢久も満足するだろう。

 それにしても、

「社会見学だから。」

 と、水筒を持ってけといつまでも私を子供扱いするのはいい加減やめてほしい。私はもう大人なのだ、さげさせるなら、お酒にして欲しい。


1時間ほど歩いた後。


「到着いたしました。」

 ナビゲーション端末は行軍の終わりを告げる。

 さて、何処から見て歩こうか。

 建ち並ぶ店々を、何屋かわからないがとりあえず二、三軒おきに腹いせにドアを蹴破りながら物色する。

 欲しいものなんて、あるわけもなく、数軒巡り終え、床に座りながら水筒の水を煽っている頃。

「しまった…。」

 嫌な予感が。

 多分、これは、異端の、気配。盛大にドアを開けまくったせいで大きな音を聞かれ、勘付かれたのだろう。

「ア、ァ、アァ…。」

 錆び付いた声が、聞こえる。足を引きずりながらも、無理矢理足を運ぶ音が聞こえる。その数、3っつ。

 …面倒ですが、自業自得か。

 これ以上増えなきゃいいのですが。

 黒い、塊が、3つ。店の前に現れる。

 抜刀し、正眼に構える。

 先手必勝。この距離なら3歩で行けそうだ。

 一歩、私は刀を振り上げる。

 二歩、勢いに任せて、突っ込む。

 三歩、振り下ろすだけ…のところで、足を着く直前、足元から生えて、私の足に絡みつく何か。

 構うものか、一刀で黒い塊の一つを斬り伏せる。

 次、横薙ぎに二つ目を切り上げる。

 足を前に出せれば、三つ目も斬れるが、足元の何かが足を取り、もう一歩が踏み出せない。

 三つ目は諦め、足に絡みつくナニカを斬りはらい、後退する。

 …なんか、増えてないですか?黒い塊が、大きいの一つと、その半分のサイズが、四つ。

「反則…。」

 脱出策を練る。

 裏口、あるか?全部斬り伏せて飛び出せるか?分裂するのに?触手的な何かに捕らえられなければ行けるか?

 逡巡するも、答えは無し。

「もう、いいや。」

 出たとこ勝負に掛けようとしたその時。五つの黒塊が、横から流れてきた激しい炎に焼かれる。

「む、流石「枯僕」、良く燃えるね。」

 女の声。こんな所にまだ人が居たのか。

「原因は、君か。」

 刀を、構える。この女が味方とは、「人」とは、限らない。

「それ、捨てた方がいいよ。」

 無視。

「助けて頂き、ありがとうございます。」

 あれだけの炎を出せるような重火器を持っているようには思えない。

「…お礼言ってる割に、殺気丸出し。」

「貴女は、人間、ですか?」

 面倒なので、単刀直入に問う。

「…ふ。っはは。」

 女が笑う。

「酷い質問。なんて、酷い。」

 狂ったように笑い続ける。

「…あー、うん。人じゃ、ない。多分、生れつき。」

 やはり、異端者か。

「大人しく、去って下さい。」

「嫌だよ。まず君が其れを捨てて。私は暫くここで探し物があるんだ。今の君がここに居る限り「枯僕」が集まってくる。一々処理するのって、面倒なんだ。」

 …あの黒いのは刀に反応するのか。まぁ、どっちにしても、コレを捨てると異端に出くわした際に戦うすべがない。それはそれで死に至るのだ。

「なら、力で押し切るしか、ないか。」

 そうでしょうね。

 私も無言で同意する。

「あぁ、どうしようかな。殺すのもまだ不味いし。」

 女が恐らく刀を抜く。

「この刀は、普通の刀。」

 意味不明な呟き。

 今だ。

 間合いを詰め、横薙ぎ、袈裟懸け。

 簡単に受け流されるが、それで良い。こんなのは、ブラフだ。

 思いっきり胴を蹴る。

「っつぁ!」

 女がよろめく。そのまま間合いを詰め、異端を挿し穿つ。

 しかし、恐らく胸部を貫くはずだった刃は、布の服に弾かれ、私はバランスを崩す。

 そのまま足払いをかけられた、地面に倒れ、馬乗りにされる。

 一瞬の出来事に、頭が追いつかない。

 鉄鋼の胸当てでも胸部に入れていたのだろうか?

「よし、私の勝ちぃ。」

「なんて、硬い胸…。」

「んなわけあるか!!」

 怒鳴られながら、引き構えた刀を、突き立てられる。

 しかし、喉を狙われたかと思いきや、何故か肩。

 水筒の紐だけを切り、水筒を掴まれる。

 そのまま私の拘束を解き、外に出て行き、

「飛んでけ。」

 水筒を蹴り飛ばし、何処かにやる。

「へ、水筒?」

「ん?お気に入りかなんか?でもごめんね、あれあると危険だったから。」

 曰く、「枯僕」は水分に寄ってくるらしい。特に、目に見える水分に。そして、ひたすら只々目に見える水分を飲み続けるらしい。その欲求は、渇きは、自分の許容量を超えるほど水分を飲んでも満たされることはないというのに。

「えっと、すいませんでした。」

「あはは、私の説明不足だったし、申し訳ない。」

 互いに謝る。悪い人じゃなさそう。

「てっきり異端かと思ったんですが、普通の人だったんですね。」

「ん、いや、違うよ。私は、異端。しかも、多分異端物かな。」

「異端なんですか!?」

 無言で、頷く。

「異端者は生きていれば遅かれ早かれ異端物に堕ちちゃうけど、まぁ私の場合、自業自得かな。」

 どっから感じても人なのに、異端物…。

 そもそも、異端者と異端物、なんて、境界が、定義が、曖昧なのだろうか。

「貴女は?こんなところに何をしに来たの?」

「…なんなんでしょうかねぇ…。」

 私にも、わからない。誰か教えて欲しいものである。

「私は、ね。探し物がここら辺にあるって、表示されたから。探しに。」

「探し物?」

「そ、探し物。ナイフなんだけどね。」

「どんな?」

「形まではわからないかなぁ…。」

「そんな物をどうやって探せと。」

「えっと、そのナイフ異端具でね、「異端破り」の力が付加されてんだけど。」

 …そもそも、詳しく聞いたところで、私は探し物に適さない。まぁでも、会話を紡ぐってこう言うこと。

「知らないですね。」

「多分、蔵にあると思うんだけど、異端具が沢山ある、蔵。」

「それも、さっぱり。」

「んー、残念。」

「力になれなくて申し訳ないです。」

「いや、いいの。このコンパスで大体の方角は分かるから。ちょっと、楽をしようと思っただけ。」

「そうですか。」

 さて、そろそろ、帰ろうか…。って。って。って。

「端末、落とした…。」

「端末?」

 戦闘のどさくさで吹っ飛ばしたのだろう。壊れてなきゃいいが。そもそも、見つかるか。

「すいません、一緒に探して下さい。アレがないと、帰れない。」

「貴女もしかして方向音痴?」

「いや、それ以前の、ね…。」

「ま、いっか。ついでだし。探してあげましょう。」

 彼女は、恐らく異端具を手に取る。そのまま辺りをうろちょろし。

「あった。多分これでしょう?」

「あ、多分、そうです、ありがとうございます。」

 そうそうまだ喋る端末は転がっていないでしょう。なら多分それだ。

「貴女まで、多分、って。自分のでしょう?」

「すいません…。」

 乾いた笑いと共に謝罪する。

 すると、彼女に顎を親指と人差し指で掬い上げられる。

 そのままマジマジと見つめられ、

「なるほど、そう言うことね。なら、仕方ない。」

 と納得される。

 手に持った端末にそそのかされるままに、きっと家路につくこと、30分。

「どうしてついてくるのでしょうか?」

「いやさ、コンパスがこっちって。」

 先ほどの女性が、何故かついてくる。

「…まぁ、袖すり合うも、ですか。」

「そう言うこと。」

 そのまま無言で暫し歩く。気不味い。

 多分この人はここいらの人間では無い。

 偶には内地をおそらく知る人間と話すのも悪くは無いのでは無いか。

「あの、異端についてどう思いますか?」

「どう思うとは。」

「生きている価値があると思いますか?」

「…無いね。なんの生産性も無いし。生きてても害悪を撒き散らだけだし。」

 断言される。

「けどさ、生きてて価値のあるモノってある?食べ物なんて大体殺されてからその意義を得られるでしょう?」

「…ん。」

「大体命なんて物はそもそも価値がないからね。価値を付けるのは簡単な人には簡単だけど。それを押し付けるのは問題外かな。」

「例えば?」

「健常者だから生きている価値があるとか。健常者だろうが異端だろうが、他の生き物、果ては地球から言わせりゃ害虫でしかない。そのくせ我が物顔で闊歩して、支配した気になって、愚かの極みなんだよ。そんな愚か者人類とそれに由来する物以外あり得ない。だから、みんな死んでしまうのが私は一番いいと思う。それが地球の正しい姿だ。」

 そんな、途方も無い雑談をしながら歩いて30分。

「ここっぽい。」

「ここ、私の家ですが。」

「そうなの!?」

 考えてみたら、確かに蔵あった。

「上がって行きます?」

「ん、そうする。」

 引き戸を開け、帰った事を宣言するも、なんの返事もない。

「夢久おじさんは帰りましたか…。黎占は帰ってないし…。」

「って事は誰かいるの?」

「多分、誰もいない。」

「ーーーーっつ、あー。エライモン飲まされたわ。」

 苦しそうな声をだす彼女。

 結構甘くしたつもりなのに、まだ苦かったのだろうか、私が淹れたお茶は。

「おかわりは?」

「お断り。」

 キッパリと断言をされる。酷い…。

「さて、そろそろ本題行きますかねー。」

 庭に出る彼女。

「これが問題の蔵ね。」

「でも鍵は無いですよ?」

 扉には何重もの錠前。

「壊すのは?」

「おじいの事だからトラップが作動すると思う。」

「まぁそれくらい私は大丈夫だろうけど、ナイフが効力無くすとかだったら嫌だしなー。」

 懐を探り、何かを探る彼女。

「これでダメだったら壊そうかなぁ…。」

 壊すのも諦めていないらしい。どっちにしたっておじいが帰ってきたら怒られそうですが、実の所私もこの蔵の中身が気になっていたりする。

 幾度も金属が床に落ちる音がし、

「うん、開いたね。」

 解錠が宣言される。

 ドアを開け、躊躇なく中に踏み込んでいく。私も当然それに続く。

 蔵の中は、物で一杯だった。まぁ蔵なら当然か。

「ここっぽい。」

 そう言いながら、棚の一つでゴソゴソする彼女。

「あぁ、多分これ。」

 望みのものを見つけたのか、何か----ナイフを手に取る。

「これ、持って行っていいの?」

「ダメって言っても持ってきますよね?」

「そりゃ、まぁ。」

「なら好きにしてください。」

「ありがと。」

「にしてもなんでこんなとこに異端具が一個だけ入ってんですか?」

「一個だけ…?そっか、貴女もしかしてそういう事にも鈍感なのね…。」

「馬鹿にしてます?」

「いや、人なんだなーって。感心感心。えっとね、この蔵、異端具を蒐集した蔵みたい。流石に私には一個一個何の力があるかまでは現状わからないけど。」

「はぁ…。」

 おじいロクなもん集めてなかったのか。

「ま、とりあえず出ましょうか。」

 二人で外に出ようとする。

「あれ、ここって自動ドア?」

 来た時に開けたままにしたドアが閉まっていた様子。

「開かないし。」

 ドアを引き、蹴りを入れている様子だが、ビクともしない。

 しばらく彼女は沈黙し、

「わかった。そういう事。ケチだなぁ…。」

「どういう事?」

「んー、多分この蔵自体が異端具だわ。条件を満たさなきゃ出れないみたい。」

「難儀ですね。」

 流石おじい。性格が悪い。

「そうでもないよ。殊、私に限っては。」

 そう言って再び懐から何かを出す。

「私用じゃなかったけど、まぁ良いでしょう。」

 ボソリと言い

「この眼鏡は見えないものが見える。」

 宣言をし、おそらく普通の物でない眼鏡をかける。

「ははぁ、なるほど。対価が必要なのね。思ってたより簡単簡単。私が見合った何かを失えば済むのね。ね、手、出して。」

 求められ、それに従う。

「これ、あげるわ。ここに来る時のコンパス。欲しい物に導いてくれるから。」

「ん、はぁ。どうも。」

 こんなのでここから出られるのだろうか。私の疑問とは裏腹に、先程までビクともしなかった戸が、嘘のようにに開く。

「さー、出れた出れた。」

 伸びをする彼女。

「さてと、用も済んだし、私はもう行くね。」

「もう行っちゃうんですか?」

「流石に人の家でこれ試すのもね。それに、どうせ一人で死ぬしかないなら、末期の景色はせめて、最高の景色の中で死にたくない?」

「末期の、景色…。」

 彼女は訳のわからない事を言う。と言うか基本的に訳がわからないことしか言わない。訳のわからない人なのだから仕方ないか。

「…あ、そっか。ごめん、忘れてた。じゃあこれは貴女への御礼にするわ。」

 そう言って、私に彼女は箱を押し付けて来る。

「これは?」

「貴女が目を背けるのを辞めたくなったら開けなさい。」

 やはり、訳のわからない。

「そう言えば、貴女、名前は?」

「白鋭。」

「そ、白鋭、色々ありがとね。また縁があれば。」

「あ、はい。また。あ、貴女の名前は?」

「私?名前はもう無いかな。今は皆、皮肉を込めてんだか知らないけど、称号で呼ぶの。」

「その、称号、は?」

「それは------。」

10

 そして、彼女は「異端殺し」のナイフを持って去って行った。

 残ったのは、私一人。

「…ご飯、食べよう。」

 台所に行き、レーションを齧る。

 何なのだろう。前は、この味に疑問なんて持たなかったのに。

 なのに。私はこの変化の無い味に、疑問を持っている。

 懐に入れた、コンパスが、動く音がする。

 …私の欲しいもの。

 それは----。

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