第5話 第四章 旧態自縛


ここに居たかった

ここだけが僕の居場所だった

ここなら誰も僕を傷つけない

ここならだれも僕を否定しない

絶対に安全で安心な空間

なのに、なんで

僕は僕を傷つけるのだろう

僕は僕を否定するのだろう

絶対に安全で安心な空間ですら、これ

なら、僕はどこにいれば良いのだろう

 庭に紅葉が舞っている。

 もうそんな季節か。こんな廃墟ばかりの田舎はまだ辛うじて季節の移りが目でわかるだけマシか。都会じゃ目で見たってわからない。

 そんな、秋の庭の中、飽きもせずに刀の抜刀、素振りをしている女がいる。

「よくやるな。」

 縁側でぼやく俺を無視して続ける白鋭。もしかして、集中しすぎて聞こえないのだろうか?

「やーい、ヒキニート白髪ズボラお…。」

 目の前に、切っ先が、落ちてくる。

「どうですか?斬れました?」

「あ、あぁ、お前がキレたな。」

「え、嘘。私、服切ってます?」

「いや、そうじゃない。何も切れてないよ、視覚的な意味では。」

「なんだ…。前髪切りそろえてやろうと思ったのに…。まだまだだなぁ。」

 …この女は。毎度、毎度、一瞬で間合いwお詰めやがって。

 このレベルならもしかしたら「白き夜」にすら加われるのではないだろうか。

「手合わせしてくれない?」

「真剣でか?」

「お好きにどうぞ。合わせるから。」

「…じゃぁしない。」

「なんで。」

「勝ち目がない。」

「そんなことないって、多分。」

「そんな事があるんだよ。」

「ふーむ。」

 多分、お腹が空いている。

 最後にご飯を食べたのはいつの事だろうか。もうわからない。この感覚には慣れている。不快ではあるが、快がないから、苦にならない。

 ここは部屋。ある程度の広い部屋。天井にあるのは監視カメラが4台、5台。

 部屋の中には俺と同い年の子供が6人。どうやら、みんな、家族の元から引き離されてここに来たらしい。

「おかぁさんに会いたい…。」

 皆一様にその言葉を吐いていた。僕にはその意味がわからない。何故皆一様に、揃えたようにそう言うのだろうか。



 白鋭が、ふと口を開く。

「そう言えばさ、こないだの映画館の異端ってなんだったの?」

「ん、あぁ。アレか。聞かない方がいいと思うが。」

「…そう言われると返って気になる。」

「そうか。君がいいならいいか。自己責任だ。」

「良いですよ、自己責任で。」

「アレは、肉欠片だ。」

「へ?それってパチンコ屋にいた奴じゃ。」

「あぁ、そうだな、それも肉欠片だ。だが、詳しく言うなれば、パチンコ屋の奴は肉欠片♀だ。」

「♀。」

「そんで、映画館のが♂だ。」

「んー。んー?」

 ピンと来ていないようだ。初心な女だ。

「肉欠片がそもそも何の異端物かわかるか?」

「…群れ、とか。」

「当たらず外れず、30点。アレはな、性欲の異端だよ。」

「性欲。…性、欲!?」

「そうだ。メスの方はな、何でもかんでもその体の孔の中に入れようとする。入れたら壊れるまで出し入れを続ける。」

「…。」

 苦い顔をしている。しかし、話を聞くと言ったのは此奴だ。責任は、最後まdえ果たされないといけない。

「オスはな、自分が壊れるまでその突起で何かを突き続ける。」

「…それじゃ、さ。互いに合わせてやったら、需要と供給が成り立って平和じゃないですか?」

「そうだな。だが、問題が二つある。まずそれをすると、その場しのぎにはなるが、最終的にそこから子に当たる肉欠片が出来る。後々処理が大変だ。次にな、アレらは圧倒的に♂のが数が多いんだよ。」

「うげ。」

「もし仮にあのパチンコ屋の廃墟で肉欠片が成ってたら、来月にはあの廃墟、映画館みたくなってたぞ。」

「…何も言えないです。」

 あえて肉欠片♂に人間の♀が襲われた場合は言わなかったが、推して知るべし。

ある時、ご飯が完全にもらえなくなった。俺はいつかこんな日がくるのだろうと予想できていた。だから、そうなったところであぁやっぱりか、としか思わない。

 だが、予想できなかったものが大半だった。すると、どうなるか。

 始めは悲嘆にくれて、泣いていた。「死にたくない、死にたくない。お腹が空いた、おかぁさん。」そしてやはり母を呼ぶ。

 母親とはどんな状況でも助けてくれる万能者なのだろうか?

 暗い孔から、俺らを自分勝手に産み堕とすだけの存在では無く?


 さてと、昼メシでも作ろうか。

 何を作ろうか…と戸棚や冷蔵庫を一通り覗くも、この内容で作れそうなものは素麺か野菜炒めかレトルトかインスタントか、おにぎりか。

 食材が、ない。もう面倒だし素麺にしようか。

 10分程度で完成する昼食。それを持って、居間へ行く。

 居間には、いつも通り卓袱台にへばりつkう乾物ミサイル女。

「ほれ、飯だ。」

「ん。」

 身体を起こす。

「メニューは?」

「素麺だ。見りゃわかんだろ。」

「おー。」

 しばらく二人でぶつくさ言いながらザルの中身を片付けて行く。

「んー、お腹いっぱいです。」

「そーかい、それは良かった。そうそう、そろそろ、食材、調理いる奴は尽きるぞ。」

「そうでしたか。まぁそろそろ、来る頃でしょう、夢久おじさんが。」

「そう、か。」

 なるほど。なら、こちらも、そろそろか。

 別に、俺から争いに行ったわけじゃ無い。俺は、飢えて死ぬのならそれでもよかった。そこまで生きることを、望んでいるつもりはなかったし。

 しかし、「彼等」から俺を襲ってきた。「彼等」は空腹が耐えがたいらしい。俺は空腹は耐えられるが、痛み刺激は耐え難い。

 だから。殺した。投げて、圧して、引き裂いて、千切って。

 所詮暴力を知らない育ちのモノだ。多少の狂気でブーストがかかっていたところで、この程度なら、どうとでもなる。



 朝が来る前に、起きる。

 荷物を、まとめる…と言う程荷物も持っていないが、トランクに詰mえる。

 まだ数ヶ月しかいなかったが、割と愛着がある気がする。

 それでも、行かなければいけない。いや、だからこそ、か。

 行こう。刀は、大分迷ったが、持って行こうか。此処で埋もれるには惜しい逸品だ。

 靴を履き、靴紐を縛る。

 白鋭は、多分居間で寝ている。一度寝たら早々起きない奴だ。

 それでも音を立てないように戸を締める。

 じゃ、な。

 さて、どこに行こうか。宛はない。仕方ない。いつだって、そんなものだった。

 いつだって俺には行く所も帰る所もない。

 どこだって俺には待ち人なんて誰もいない。

 そこから過ごす、懐かしきホームレス生活。

 日が照って、日が沈んで、また明るくなって、雨が降って、曇りが続いて。

 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。

 暑くて、寒くて、暑くなって、寒くなって。

 けれど、生きた人間には何処ででも会わず。呟く言葉は誰にも届かず、唯独白。

 それでも歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて。

 雨が降ろうが、風が吹こうが、日が照ろうが、夜が来ようが。

 それを、しばらく繰り返し、あれから、数えていないので正確ではないだろうが、日の傾き加減から見て、おそらkう1ヶ月ほど経った。

 空き家に入り、食事を得、仮の寝床にする懐かしき流れ者の日々を過ごす。

 ふと、思う。「緑の地」の配達員も多分配達が終わって去った頃だろうし、そろそろ戻っても良いだろうか。って、ん?「そろそろ戻っても良いだろうか?」って。

 何処に、戻るつもrいなんだ、俺。

 はっはっは。笑える。考えてみたら、あの家から無意識に半径50キロ以内をうろちょろしてたのか。っとに、女々しい奴だ。

 長居なんかしてても、リスクしかないってのに。

 廃屋から出て朝日を見る。

「あぁ、帰ろうか。」

 口に出すと、しっくりくる。認めてはいけないが、しっくりくる、と言うことは、そういう事なのだろう。なら、もう少し、あの家にいても良いのではないだろうか。

 これでは、子供の家出みたいだ。

 結局。生き残ったのは俺だけだった。

 それはそうだろう、表はないけど、トーナメント式に戦ったようなものなのだから。

 あれだけ血みどろだった部屋は、俺一人になって2日後に、片付けられた。

 だから、ただっ広い部屋に、俺が一人。

 そんな部屋に、そんな俺に、久々の食事が与えられた。

 カレーライス、だ。

 いくら、空腹が苦じゃなくとも、目の前に出された食事に俺はがっつく。

「なんだ、俺は、生きていたかったんだ。」

 こんなに、美味しい食事は、初めてだった。



 あの武家屋敷に帰ることを決め、なんとなくゆっくり歩み続けて昼過ぎになった頃。

 廃屋…とまではいかないが、おそらく人のいないまだ漁っていないそこそこに大きい家を見つけた。

 帰るついでに、漁って行くか…。食料か、何か、面白いものがあるかもしrえない。

 玄関の戸は、閉まっていたが、持ち前のピッキングテクニックで、なんとかした。持ってて良かった、泥棒スキル。

 ん、おぉ。ラッキー。埃の積もった寝室と思われる所に、一人分ほどの食料が転がっている。それらを摘み食いsいつつ、探索を続ける。

 こんだけ広い家だ、多分まだ食料はあるだろう。

 一階を探索し終え、二階も探索する。食料を数人前発見。当分ここで食事をしよう。

 モノ的に面白いものはちょっぱったrおシアの酒瓶以外無かったが、贅沢は言わない。

 面白いものは無くとも食事さえあれば、人は生きていけるのだ。 

 毎日、毎日、具が一つだけ入ったカレーだった。それでも、毎日、毎日、何も食べられない事を知ってしまえば、苦もなく食べることができる。食べられるだけ、贅沢なのだ。

 しかし、ある時から、再び食事の配給が止まった。二日経っても、三日経っても、食事は来なかった。今度こそ、餓死させるつもりなのだろうか…胡乱な頭でそう思い出した頃。

 俺のいた部屋の鍵が開いた。入ってきたのは、赤い服を纏った職員ではなく、僕らと同じ検査衣を着たヒト達だった。

「なんとか檻を出てはみたものの、出口が無いんだ。どうせ暇だろ協力してくれ。」



 暮れ方。

 又、別の屋敷を見つける。

 玄関の戸は荒々しく破壊されていた。異端か野盗が鍵を外せず突破したのだろう。

 家の中を一周する。誰もいない。衣類を一枚拾ったものの、何もめぼしいものもない。

 しかし。何かgあ居る気配はする。

 荒れた家を、もう一周する。何かが居る気配は、勘から、確信に変わる。

 家の裏手の方に周る。蔵はある。

 蔵、ね…。

 戸は、やはり破壊されている。ここだろうな。入って見ると、地面に積もっtあガラクタの先に、階段があった。

 地下牢って、奴だろう。人でなしを、閉じ込めておくための。

 何か、羽虫の音が、凄くする。

 警戒しつつ、気配を殺して降りて行く。

 暗い中で、何かとおぞましい数の羽虫の群れが、争っている。多分この家に入った賊が、閉じ込められていた異端物に襲われているのだろう。

 自業自得である。助ける義理は、無い。が。

「今すぐ急いで上に上がれ!」

 そう怒鳴り、自分は階段の上で、纏めてマッチに火を点ける。

 勿体無いが、中にロシア産の酒瓶にボロ切れを突っ込み、火を点けた即席火炎瓶を投げ入れる。

 何かが全力で階段を駆け上がり、登りきった所で階段のドアを、荒々しく閉じる。

 今頃下は、火の海だろう。ゆっくrいしてたら巻き込まれkあねない。

「ほら、いつまでも転がってないで…って。おい、白鋭、お前こんなとこで何してやがんだ!」

「ん?その声は黎占!」

「その声は、じゃねーよ!!」

 あれから三週間ほど経った。

 出口、と思われるものは、見つけた。しかし、開かない。開け方がわからない。

 どうやら、これは。この施設は。外から鍵がかけられていたのだ。その事に早い段階で、みんな気がついたのだが。認められず、諦められず出口を探した。しかし、無いものは無いのだ。やがて、飢えて、一人死に。二人死に。

 その果てに俺が、一人残った。

 また、俺一人だ。しかし、食料は、ある気がする。

 だって、食べ物の香りが、常に漂っているのだから。


 ズタボロの白鋭を引きずって、廃屋に入る。

「あはは、ぼっろぼろ。」

「あはは、じゃねーよ。あんなトコで何やってんだ、馬鹿者。」

「いや、だって、黎占が、帰って来ないから、探しに。」

「へ!?」

「だって、黎占がいないと、せっかく夢久おじさんが持ってきた食材、料理できないから。」

「…自分で料理はしないのか?」

「した。」

「ほぅ。」

「けど失敗しましたっ!」

「胸を張るな!」

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