第4話 第三章 一意消沈
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その行為が、快感の極みだった。
1
「激増、パラサイトチルドレン!」
ブラウン管の中で繰り広げられる、引き篭もりとその家族の愛憎に満ちた胸温まるホームドラマ。
「うわー、見にくいなー。見にくくって醜い。」
テレビから聞こえてくる中々暴力的な音と声。
「あぁ、ホント、醜いな。」
「こういう風にはなりたくないですねー。こう成っては人はお終いですね。」
「…そうだな。」
何故か、渋い声を出す黎占さん。
「なぁ、ここの家ってさ、お前よくレーションだのゼリーだの食ってるけど、一体何処で手に入れてきてんだ?」
「んー、業者のおじさんが持ってくるけど。二月に一回。」
「…業者?なんの?」
「さぁ…。大元は「緑の地」って名前らしいけど。」
「み、「緑の地」!?まぁ、あそこなら慈善事業やっててもおかしくは無いが…。」
偉く驚いている。
「んー。」
「お前、「緑の地」も知らないのか。」
「あんまり…。」
だって興味ないし。
「「赤き砂は?」」
ちらっと夢久おじさんに聞いたことがある気がする。
「関わるなって。」
「…「白き夜」は。」
「なに、それ。」
聞いたこともない。
無言で非難されている気配がビシビシ伝わってくる。
「無知。」
「別に、知らなくても生きてこれたし、これからも、」
これからも、生きていくのだろうか。いや、生きていたいだろうか。
「…まぁ、だが、知っといて損、って事はそうそう無いよ。個人情報以外は。」
「そう。」
曰く、「緑の地」は異端との共存を目指して活動している慈善組織らしい。しかし、慈善事業をしていると名目上言うため、当然黒い噂が絶えない。善人なんてそんなもんだろう。「赤き砂」は異端の完全討滅を目標に活動しているが、毒を持って毒を制す方針らしく、非人道的な事も上等で討滅者に異端者や人工的に作られた異端物を仕立て上げるらしい。この二つの組織は時と場合によって協力し合ったり、争ったりしていたらしい。しかし、結局のところ至る目標が違うため、協力し合ったところで、ミッション終了後には即争い合うらしいが。
「組織ってロクなもんじゃ無いね。」
「まぁ、組織ってのは何事も一枚岩じゃないからな。大きくても小さくても、それは一緒だ。」
そして、「白き夜」。この組織はただ異端の討滅だけを考えているため、異端どころか異端に関わるものを悉く皆殺しにする。恐ろしい事に、異端の討滅者を一切使わないが、その性能は異端を凌駕している奴だけらしい。今の世から異端が絶滅しないのは単にこいつらの数が当然少ないから、とも揶揄されるらしい。
「それって、数が少なくて良かったの?」
「どうだろうな。異端なんていない方が良いのだろうが、異端がなまじ人の形をしているから、殺す事に倫理的背徳を感じる奴も大勢いるし、異端を利用して稼いでる所も沢山あるからな。全滅したらそれで生きてる奴まで全滅してしまう。ここまで異端が増えた世じゃ、相手を滅ぼしてしまったら、人類自体絶滅してしまうだろう、って説もある。」
「ふーん…。よくわからない。」
「そうかい、話した俺が馬鹿だった。」
「そうですか。」
「まぁ、いいよ。物のついで。「6つの厄災」って知ってるか?」
「それぐらいは、知ってる。人参、玉ねぎ、だい。」
「それはメジャーな野菜。酷いな、君の頭。」
冗談の通じない男だ。まぁ実際あまり知らないのではあるが。
曰く、6度起こった異端による災害、厄災をまとめて「6つの厄災」というらしい。
1「枯れた街」
2「業火の後」
3「再生型壊疽」
4「遺体隠し」
5「不自由落下」
6「清濁の青」
数が増えるほど最近で、災害の規模で言ったら3が過去最悪で国一つ滅ぼして、一番しょぼいのは4らしい。なんでも4は実害は無いのに人としての倫理観に触ってしまい、ここまで祭り上げられてしまったらしい。
どれも異端が原因で起こり、その異端物なり異端者はこの世に存在しているらしい。尤も、隔離幽閉されたり、姿を見せなかったりはする様ではあるが。そのせいで半ば都市伝説化しているらしい。
「「清濁の青」ぐらいならちょっと聞いたことがある気がしますが。」
「そら、先月俺と話したからだろう。そもそも地元民として知らなきゃ終わってるだろう。」
「清濁の青」とは、年数はよく覚えてないが数年前にこの蝦夷地で発生した第六の厄災。
この以前ユキセイ市だった土地が丸ごと異界化し、中に居た市民の過半数が異端物化した。それも、通常異界化した場合全員ほぼ同一種の異端物となるのに、各々が違う異端物となってしまった。成った結果種族が被ったのは居たが、要は各々の欲望の果てに行き着かせたのだ。その結果ユキセイ市は壊滅、ユキセイ市の処理を手間取っている間に蝦夷地の各地に誕生した異端物供は広がり、蝦夷そのものが異端が蔓延る地となってしまった。政府曰く、「放射能で突然変異した怪物が出る」との事だ。
「お前、「清濁の青」の異端能力知ってるか?」
「いや、知りません。」
聞きかじっただけの奴が知るわけもなかろう。
「曰く、欲望の成就らしい。要は願い事を叶えるらしい。」
「何というか、ロマンティックですね。」
「ほんと、酷い冗談だよな。」
2
目が、醒める。
朝…なのだろうか、この時間は。
時計なんて、あまり興味がないから、稀にしか確認しない。
まぁ、良い。寝巻から、いつもの和服に着替える。
そう言えばおじぃ、まだ帰って来ないのか…。今回は随分遠出しているのですね。まぁ、いつもの事ですが。
よし、着替え終わり。洗面所に行き、顔を洗う。
さて、居間に行き、そのまま居間の窓から下駄を履き外に出る。
んー、日の出、か。空気が澄んでます。珍しく早起きできるものですね。
軽く準備体操をし、愛刀を抜く。
そして、いつもの様に、祖父に教えられた素振りのメニューをただ淡々とこなす。
「よくもまぁ、飽きずに毎日やるこった。家事もそれぐらいマメにしてくれりゃ良いものの、な。」
一歩、踏み込む。
「お、おい、わかった。話し合おう。」
切っ先を喉に突きつけられて焦る黎占。
まぁ、冗談は置いといて。
「手合わせ、お願いします。」
「へ?」
「おじぃがいないから、腕が鈍りそうで。黎占も剣術士でしょ?」
「俺が刀持ってたのはあっただけの偶々なんだけど…。」
「まぁ、いいから、いいから。」
「…弱い。」
十度打ち合いをして、十勝。
「いや、お前が強すぎるんだよ。そもそも、俺の基本武器は刀じゃないし。」
「じゃあ、何?」
「爪…いや、若い頃は銃がメインだった。」
「ならそっち使ってればいいのに。」
「このご時世にこの土地だ。弾なんて組織に所属しなかったら手に入らないだろう。」
「そうなの?」
「そうなの。」
「ふーん。」
「お前こそ、なんだ、その強さは。」
「んー、おじぃに稽古つけられてて。他に口出すことなんてあんまりないのに、これだけは頑としてやれって言うから。」
「はぁ。」
「いつ何時人にしろ異端にしろ攻め入られた時に、自分の身は自分で守れないと、自分の家だって守れないって。」
「人にしろ、異端にしろ…。」
「まぁ、いいや。お腹すいたので何か作ってください。」
「…もうこんな時間だしな。腹も空くか。わかったよ。」
「こんな時間?」
「今20時だぞ。」
「げ。」
朝じゃないのですか。
3
夕食後、面倒くさい皿洗いの後、居間に戻ると珍しく黎占が、居間のテレビを見ていた。
「何を見ているのですか?」
「楽園から追い出されるタイトルの映画。」
「映画?」
「ほんと、無知だよな。」
「おじぃに習ってないことは、知らない。」
「いや、人それぞれか。それに、この土地だもんな。仕方ないか。野暮なこと言った、すまん。」
「いえ。」
暫く、二人で映画を眺める。
男と女が、事あるごとに身体を裸で重ねている。だが、眺めていても不思議と不快感はない。何故だろうか。男と女に汚い物は感じられないからだろうか。その感情が、見たこともないぐらい楽しそうで、見たこともないくらい悲しそうで。
「お前、さ。お爺さんがいなくて、寂しいか?」
「…いえ。おじぃは元々家を長期にあける癖があるので、どうせ今回もその内帰るでしょう。…そもそも、寂しい、って、何。」
「寂しい、が分からないか。分からないなら、それで良い。寂しいなんて感情は、人を最も異端に近づける毒なんだから。」
また無言で映画を眺める。
そして、画面に文字の羅列が下から上に流れていく。
「映画ってのはな、映画館ってとこで流されててな。大きい画面で今のが写されるんだ。音も立体的で、よりその映画の世界に近づけるんだ。」
「…映画館って大きいのでしょうか?」
「あぁ。大きいな。なんせスクリーン自体が並々ならないからな。」
「…ちょっと気になります。」
「気になるのか。」
「その世界に近づけるのなら、私にも今の女の幸福そうな悦びの意味が分かりそうだから。」[newpage]
「確か、この辺に…。おぉ、あったあった。」
映画館だった場所に行くために、深夜に黎占に連れ出される。
黎占はボロい車のドアを開ける。
「多分この鍵、かなぁ…。」
懐から出したジャラジャラと音を立てる鍵束から、鍵を挿す。
幾度か試行錯誤をするが、間も無くエンジンがかかる。
「いいよ、あってた。後ろ、乗れよ。」
「久々に乗る。」
「そうか。」
走り出す車。
「車、運転出来るのですね。」
「免許は無いんだがな。」
「げ。」
「白鋭は出来ないのか?」
「…んー、私が運転したら、100メートルおきに人を轢殺するか自殺する自信がある。」
「100メートルおきに人なんか、もういないだろう。」
「そだね。」
今にも止まりそうな音を響かせながら、闇の中を進む車。
「ねぇ。」
「ん?」
「黎占は、どう思うのですか?」
「何が。」
「異端と、人の関係。」
「あー…。共存は、出来ないだろうな。」
「何故?」
「理由はどうあれ、欲に負けた結果が異端だからな。自制がいつか無くなる。そうなったら共存者も手を離さない限り滅びるだろう。」
「それでも、共存したいって言うなら?」
「それは勝手だ。だがな、共存したいならお互いにお互い同士で全てを完結させて、徹頭徹尾他人に迷惑かけないこったな。それが出来ないくせに、他人にまで迷惑をかけて共存を強いるのは間違っているよ。」
そんな感じで、暫く、散発的に会話をする事15分。
「着いた。」
「おぉ。」
目の前にはおそらく広大な建物。
車を降りてそちら側に歩き出す。
「そっちじゃ無い。」
「案内してよ。」
「はい、はい、こっちだ。」
広大な建物の横、まぁ大きい建物。
半開きの自動ドアを通り、中に入る。
壁に飾られている絵達。大体が大きな人の顔。
「当時やってたやつだな。」
「ふーん…。」
なるほど。同じと思われる絵のチラシが床に散らばっている。なんとなく、拾う。
「ここが、ポップコーン売り場だな。」
「なに、それ。」
「映像見ながら食べるんだよ。」
「なんで?」
「そう言う文化だから。理由までは知るか。ほら、行くぞ。」
なにやら台で挟まれた狭い所を通り、厚い扉を潜る。
「スクリーンだよ。」
「スクリーン。」
椅子の多い廊下を通り、スクリーンとやらに触る。
「ペラペラ…。」
「そら、な。映写するだけだからな。」
「うちのテレビより大きくて薄い…。」
「お前んとこのが古すぎるだけだ。」
「む。」
なんとなく、中央あたりの椅子に座る。
「こうしてたんですねー。」
「あぁ。」
なるほど。座り心地は良くはない。悪くもないが。
「これがいくつもあるのですか?」
「あぁ。多少構造は違うけどな。」
「他も、見たい。」
「いいけど、さ。…まぁ、なんとかなるだろ。」
「ん?」
適当に、四つ先のスクリーンに入る。
「すごい運だな、お前。」
「へ?」
中に入った所。
何か、音がする。まるで、走った後のように、荒い、息。
息。こっちに向かって、駆けてくる足音。咄嗟に右に避ける。壁に、刺さる、それ。
「な、な、な、何!?」
「異端物だな。」
淡々と答える。
壁に刺さったそれは、前後に激しく動いている。
肌色の人の下半身の様な物体がビチビチと動きながら壁に刺さっている、なんとも異常な光景である。
「居るなら居るって言ってよ!!」
「いや、まさか一番気配の濃い部屋に入るとは思わなんだ。」
「この、役立たず!穀潰し!」
「お前にだけは言われとう無いわ!!」
…ん?
「気配、の、一番、濃い…?」
荒い息が、激しく、聞こえてくる。
「モンスターハウスだな。」
ベタベタベタと生きの良い音を響かせながらいくつもの何かが駆けて来る。
躊躇わずに抜刀。
広くて狭い室内を、二手に分かれて走る。
「あぁ、これで多少は淘汰出来るはずだ。」
角を曲がる度に、壁に刺さり、前後運動をしだす。
折り返して、入り口迄お互いにたどり着く。
「斬ったら、いける!?」
「硬いぞ、半端なく。」
「なら、36計!」
この部屋を出て、ドアを閉める。
「ふぅ…。」
一息、つく。が、間も無く、ドアに当たり、貫通される。そして件の元気の良い前後運動。
「ほら!!行くぞ!!」
手を掴まれ、黎占に引っ張られる。
「ちょ!!」
「いいから!!」
引きずられるように、走る。
3、2、1。
そして、台裏に押し倒される。後、台にかかる謎の液体。激しい異臭。
「これ、かかると粘着性が強くて動けなくなるから、な。」
「なる、ほど。」
「動けなくなった時に、他の個体が来てみろ。即あの愉快なピストン運動の餌食だぞ。」
「…どうしよう。」
「36計。」
「はい。」
そうですね。
立ち上がり、駆け出す。
「先行っとけ!!」
黎占は何やらポップコーンカウンターに寄っている。
私は言われた通り、出口へ走る。
スクリーンのドアを破られ、飛び出して来る、怪生物。
「早く!!」
「応!」
二人で自動ドアを潜る。
「これ閉めろ!」
「でも、」
「良いから!!」
言われた通り自動ドアを手動で閉める。
「追いつかれますよ!?」
「多分、大丈夫だ!」
閉めた自動ドアにぶち当たる、突起塊。
貫通…しない?
「ドアに、ゴム貼った。」
「へ?」
「あいつら、ゴムに当たると攻撃力が下がんだよ。」
「なんで?」
「なんで。」
しみじみ述べる黎占。
あぁ、意味が、わからない。
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