第3話 第二章 群疑疑氷


その行為を教えられた。

その行為を知った。

その行為に関心は無かった。

その行為が理解出来なかった。

その行為を理解したくなかった。

その行為をしたくなかった。

その行為を見たくなかった。

その行為を身体に教えられた。

その行為を身体で知った。

その行為に関心はなかった。

その行為が頭では理解出来なかった。

その行為を心で理解したくなかった。

その行為をされてしまった。

その行為を見たばかりに。

その行為を学んだ。

その行為が身体に刻み付けられた。

その行為にしか関心がなくなった。

その行為を身体が覚えていた。

その行為を心が覚えていた。

その行為をするようになった。

その行為を求めるようになった。

その快感を覚えた。

その快感が身体に刻み付けられた。

その快感にしか関心がなくなった。

その快感を身体が求めた。

その快感が心を支配した。

その快感を忘れられない。

その快感だけを求めるようになった。

その快感に、依存した。

 「食欲の秋」とやらがあるようだ。女性が、おそらく気持ち悪い笑みを浮かべながら、地下空間の食料庫で人体を掻き分け、食品を貰い、喰らったと思われるところで、「濃厚な甘さですぅ。」と、よくわからない事を言っている。

「他人の食事シーンなんて、何が楽しいんだろう。」

 呟き、絵が動いているテレビから目をそらす。

 他人の快感な行為を見せつけられて、人は何を思うのだろうか。その快感に、同調するのだろうか。

 とりあえず、私も甘い物が食べたくなった。

 しかし、料理はしたくない。その行為が面倒くさい。まして、作ったところで甘い物が出来るとも限らない。

 黎占に作って貰う、これが最適解なのだろうが、いかんせん黎占がいない。連日どこかに出かけて帰ってこない。

 おかげで私は連日保存食を食べている。

 まぁ、しかし。保存食は作らなくて良いし、まして、味が固定されている。素晴らしい事だ。

 さて、今日は何をしようか。考えるが、何もしたく無い。

 ならば、このままここで眠っていよう。何かをする意欲が湧くまで。[newpage]


「おーい、白鋭、熔夜。補給物資、持って来たぞー。」

 夕方、玄関を開ける音と同時に声がする。

 夢久おじさんか。

 卓袱台で突っ伏していた身体を起こし、玄関へ行く。

「よ。元気にしてたか?。」

「えぇ、多分。」

「多分、か。まぁ、元気に活動してる白鋭は想像できないがな。」

「なら、訊かないで下さい。」

「ん?挨拶ってのは、こんなもんなんだぞ。」

「不毛ですね。」

「合理的なら良い、ってわけでも無いんだよ。」

「よく、わかりません。」

「だろうな。」

 撫でられる、私の頭。

「あぁ、もう!早く物資を下さい!」

「おー、怖。」

 思いっきり睨みつける。

「わーったよ。ほれ、車から降ろすから手伝ってくれ。」

「…面倒。」

「お前らの飯だろうがよぅ!」

「はい、はい。」

 嫌々物資を車から玄関に、複数回熔夜と往復して運ぶ。

「はいよ、ありがとう。今回もいつも通り2ヶ月分持って来たからな。次の分は変更があったら再来月頭には電話してくれ。」

「はーい。」

「ところで熔夜は?」

「出かけてる。」

「そうか。茶でもしばいてこうかと思ってたんだがなー。」

「…いいですよ、入れるから。お茶ぐらいなら。」

「自発的にンなこと言うなんて珍しいな。」

 居間につれて上がる。そして夢久は居間に残し、私は台所にお茶を入れに行く。

 自分でも、驚いている。家に上がらずに帰るおじさんを、私が引き止めることなんて一度も無かったのに。

 話し相手が、欲しいのだろうか。ここ数日おじぃも相変わらず帰って来なければ、黎占もいないから、退屈していたのだろうか。

 くわん、くわん、とお湯が湧き、いつも私が飲む通り、緑茶を淹れ、居間に戻る。

 TVでは蝦夷地での原子力発電所の事故についてリポートをしている。

「相変わらずだなー、このテレビ。」

 それを見て、感心している、熔夜。

「はい、お茶。」

「どうも。」

 暫く無言でTVを眺める。

「で?なんか、話があったんだろ?」

 …、話、か。

「あの、私、人を、殺しました。」

「夢久死んだのか!?」

 お茶を吹き出される。

「ちがいます!!ンなわけないでしょう!」

「じゃ、どう言う事だ。」

「いや、それが。」

「なるほど、な。」

 ただ、夜に、お腹が空いて、家に帰りたがっている子供を、殺してしまったことを話した。黎占のことは、なんとなく、伏せた。理由は、私にもよくわからない。

「それは、異端物だよ。」

「それの単語は、知ってる。」

「あぁ、自分の欲に取り憑かれ、異能を備えてしまった人間が異端者で、その欲に溺れて人であることを忘れたのが異端物だ。」

「それも、おじぃから、聞いた。」

「なら、問題はないだろう。それは、「餓鬼」と言って、お腹が空いた、と言う人の基本的欲求の食欲に溺れてしまった人間の、まして子供の成れの果てさ。それらがもうただの子供に戻ることなんてないんだ。まして、時間が経てばその執着はウロボロスの蛇のように自分すら喰らってしまう。どのみち人外として死ぬんだ。遅いか早いかの違いでしかない。」

「でも、家に帰りたい。お母さんに会いたいって言ってました。」

「…幻聴だ。」

「違う、確かに聞いた!」

「それでもな、欲に負け、人でなしに成った彼らには帰る家なんてないんだ。万が一あったとしても、帰ったところで満たされた帰巣本能の後には食欲しか残らない。親すら喰らってそれまでさ。まして、この地の話だぜ、もう30年だ。それすら超えたやつだろう。」

「でも、人だった。少なくとも私には人に見えた。」

「人に見えた、ね。だからって、どうするんだ。君は、結局その「人」の命より、自分の命を選んだんだ。今更、悔やんだ所で何が戻る。」

「それは…。」

「答えられないだろ。君は処女を切ったんだ。少なくとも「人」とやらを一人殺した。なら、さ。中途半端にその責任を取ろうとしたら、また、そいつは無駄死にだ。だからさ、選ぶんだよ。今すぐに死ぬか、死ぬまで生き続けるか、を。」

「…。」

「ところで、さ。これ、なんだ。」

「緑茶ですが?」

「何か、入れたのか?普通より甘い気がするのだが。」

「たぶん、砂糖。」

「砂糖…。」

「成功して良かった、甘い方が、美味しいでしょう?」

「なーに、飲んでんだ、お前。」

 縁側で優雅に過ごしている私にかけられる声。

「…飲み物。」

 ぶっきらぼうに答えてみる。

「…飲み物は飲み物だがな、それ、酒だろ。」

「だから、何。」

「相当酔ってるだろ!」

 怒鳴られる。短気な男です。

「うるさいですねぇ!貴方に関係なんて、ないでしょう!」

「…っとに、もったいねぇな。このご時世に、自棄酒なんて。」

「テレビで、嫌な事があったら酒だって言ってましたぁ!」

「うわぁ…タチ悪い…。んなことばっかり鵜呑みにしやがって…。」

「レーセンも一緒に飲みましょうよぉ。」

「…まぁ、良いか。まだ酔えるのかは、分からないが、悪いもんじゃねぇか。で、アテは。」

「アテ?」

「アテ。」

「ない。」

「無くて良くそこまで飲めるな…。」

「?」

「うわ、テレビで言ってなかったから知らないとか言うなよ。」

「私に、料理が、出来ると、お思いですかぁ!?」

「威張るな!」

「…んんん!?これ美味しいですね!」

 ポリポリと良い音が鳴る何かをかじる。

「漬物だな。」

「美味しいです!」

「なら良かった。」

「ところで、ここ数日どこに行っていたのですか?」

「…散歩。」

「散歩って!散歩って!」

「なんだよ。文句あんのかよ。」

「ありますよ!お陰で毎日レーションでした!」

「自分で作らないからだろう。」

「作れるわけないでしょう!!」

「…威張るなってば。お前、酔ってるだろう。」

「酔ってないです!!」

「酔ってる奴はみんなそう言う。」

「じゃぁ、酔ってます!!」

「…酷いな。」

「えへへ…。」

「…まぁ、良い。なんで、自棄酒なんてしてんだ。嫌な事があったって、引きこもりのお前に、嫌な事なんて起こりようがないだろう。」

「引きこもりの私が、家から出たから、嫌な事が、あったのですよ!!」

 あぁ、この自棄酒は、全部貴方の所為なのだ。

「あぁ、そう言う事か。そのおっさんの言う事は何も間違っちゃいないな。」

「…でも、さ。」

「ん?」

「私、人を押しのけてまで生きる、理由、ない。」

「…無くても、無意識にそれを選んだって事は、そう言う事なんだろう。本能は、生きたがってんだ。」

「…。」

「理由がないなら、探すんだよ。」

「例えば、どんな。」

「美味しいものが食べたい、とか。」

「ただそれだけ?」

「そうだよ。生きる理由なんて、生きてりゃいつか大きな理由が出来んだよ。今は無くとも、そのうち本当の理由が見つかんだから。」

「良く、分からない。」

「俺もよくわからないさ。」

「人を殺してでも、生きたい、理由…。」

「異端は、人じゃない。」

「…。」

「外見は人でもな、人から堕ちてんだ。自制心が無くなったら、それは人じゃない。動物を通り越して、モノだよ。」

「…でも、あの子は…。」

「なまじ、人の子に見えるモノが初戦だったのが、悪かったか。そうだな、わかった。」

「ふー、え?」

「良いよ、良いよ。分かったから。解決策は、分かった。この話は、持ち越しだ。今日はもう、ただ、飲もう。」

「うー。」

「乾杯。」

「かんぱい。」

 グラスをぶつける高い音がなる。

 

 翌夜、居間で転がる私に、黎占が告げる。

「ほら、白鋭、行くぞ。」

「…何処に。何故。」

「昨日約束しただろ。」

「…何を。」

 重い頭をもってして考えて、言える事はただ一つ。分からない、ただそれだけ。記憶にございません。

「お前の、後悔を、解決してやるよ。だから、ほら、お前がいつも振り回してる刀を持って、出かけるぞ。」

「…帰りたい。」

「駄目だ。」

 引きこもりを、ましてや二日酔いの奴を家から出すなんて、狂気の沙汰である。

 そもそも何処に向かってこんな夜更けに歩かされているのか。

「頭が、痛いから、帰りたい。」

「仮病を使うな。ガキじゃあんめいし。」

「吐き気も、する…。」

「…そうか。二日酔いか。」

「なに、それ。」

「自業自得の別名。」

「…はぁ。」

 よく、分からない。

「ほら、これ、目的地に着くまでに、半分は飲んどけ。」

 刀を帯刀した黎占から差し出される金属の容器。

「なに、これ。」

「良いから。」

 蓋を開け、口に入れる。

 …!、!、!

「何ですか、これ!!」

「くっ、くっ、くっ。良薬は口に苦し、って奴だ。二日酔いなんて、自業自得ならなおさらだ。ほら、飲んでおけって。効くから。」

「ほれ、着いたぞ。」

 終着は、大きなコンクリートの地面と、一つの中位の、廃墟。

「な、何ですか、ここ。」

「享楽施設。昔は刹那主義の輩が足繁く通ってたんだよ。」

「よくわかりません。」

「だろうな。」

 手でドアを押し、入る黎占に、続く。

「もう良いよ、それ、返せ。」

「はい。」

 金属の容器を、返す。

「げ。殆ど飲みきってやがる。」

「んー?」

 何を言ってるのか、よく聞こえない。

「代わりに、これをやろう。」

 錠剤か?

「嫌な顔してないで、さ。半分が優しさで出来てんだ。頭痛に効くぜ。」

 渋々、受け取り、そのまま飲み下す。

「行くぞ。」

 二重扉の先に、入る。

 同じような棚と椅子が、並ぶ。

 床に無数に転がる、小さな鉄の、玉。

「足下、注意な。」

 棚と椅子の間には、取ってと思われるもののついた、機械が。

「何、これ。」

「パチンコ台、って奴だ。」

「だから、なに?」

「凄いんだぞ、これ。体内にはいるわけでないくせにな、刹那主義を、中毒にする。」

「…食虫植物?」

「…寄生虫のが、近いかな。どっちが寄生してんだか微妙だが。共依存、とも違うか。」

「…はぁ。」

よく分からない。

「目当ては、奥だ。」

 歩みを進める。

 棚をいくつか越すと、床に散らばるものが、変わる。

「おはじき?」

「コインって言うんだ。」

「コイン。」

 一枚、拾う。

 触った感じ、何か文字が、書かれている。

「パーラー、待つ夢。」

「お、すげーな。この暗さで読めんのか。」

「えぇ、まぁ。で、これは?」

「3枚1組で、ワンチャンス。パチンコよりも面白い、スロットって奴だ。」

「スロット。」

「パチンコもスロットもな、その享楽に溺れた奴は総じて称号を貰える。」

「なんていう称号?」

「クズ野郎、だ。」

 さっきから、足下が、何故か、おぼつかない。

 突き当たりに、つくその先、暗闇の奥に、何か、いる。

「何ですか、あれ。」

「餓鬼みたいな、偶発的に生まれたものじゃないない。享楽に溺れた、異端、肉欠片だよ。」

 刀を抜く、黎占。

「何で、わざわざ、連れてくるんですか!!馬鹿!!」

「必要な事だからさ。さぁ、起きるぞ。」

 それは、絶え間なく動いている。

 その肢体で、自分を触っている。

「あぁっ、あぁっ、はぁっ!」

 蕩けるような、声を出しながら。

「あっ、は、あぁ!!あぁ!!!」

 一定周期で声は高まり、その度に周囲に強い匂いの怪液体が、飛ぶ音がする。

「な、なんなんですか、あれ!!」

 自分の身体にかからないように身を引きつつ、見ていて、何故か不愉快に、なる。

 月明かりが当たり、ソレが露わになると、尚吐き気が、強まる。

 行動の意味はわからない。けど、気持ち悪い。

「ほれ、これが、異端物だよ。」

「こ、れ、が…。」

 変形した体で、一心不乱に、自分の身体の突起や窪みを触り、嬌声を上げ、善がっている。

「あぁ、気持ちいぃ!!あぁ!!あぁ!!」

 ソレ、が声を上げる。

 これが、人だった?違う。私は、こんなじゃ、ない。違う。

「欲に溺れるって、こういう事なんだよ。コレが、異端物さ。餓鬼と欲は違えど、大罪に溺れたって意味では、何も変わらない。」

 コレが、異端。

「あぁ、欲しい!!欲しい!!一緒にイコウ!!イコウ!!ヒトツニナロウ!!」

 こちらに、触手を伸ばしながら、求めるようににじり寄ってくる。

 気持ち、悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!

抜刀し、ソレを斬りはらう。躊躇いなんて、ない。一つになんてなりたくない。

「ほら、人じゃないだろ?」

 笑いながら、黎占は言う。

 気持ち悪いから、コレを、見ていたくないから。

 躊躇いもなく、私は、よたつく足で、刀を振るい、その身体を、切り裂いた。

 何度も、何度も。

 そして、間もなく、ソレは、絶命した。

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