第2話 第一章 軽佻苦闘


気がついたら、知らない場所にいた。

ここは、どこなのかわからない。

お腹が空いた。

家に帰れば、この飢えは満たされるのだろうか

でも、なんで「家」に帰れば満たされるのか。

「家」は食べ物の名前なのか。

お腹が、空いた。

「家」と同時に浮かぶ単語は「お父さん」と「お母さん」。

でもそれって、何。

それも、「家」と同じで、この渇きを、癒せるのだろうか。

「家」と「お父さん」と「お母さん」。

それが、僕を構成していたものなのは確かだ。

なら、いいよね。

僕を構成するって、字面で見たら、何も変わらないんだから。



「あっついなー。」

 今日は、日差しが強い。居間から外を眺めながら言う。

「そう?」

「たぶん、そう。」

「そうですか。」

 白鋭は興味が無いようで、居間のテレビの「蝦夷地、原子力事故から3年」とやらのドキュメンタリーを見ている。

「これ、「清濁の青」か?」

「んー?」

 問うまでもなく、そりゃそうか。この蝦夷で、外人軍基地が秘密裏に原子力実験してて立ち入り禁止、なんて出来事はそれ以外にはない。と、は言うものの、そんな事自体無いのだが。

 「清濁の青」と呼ばれる厄災があったのだが、一般には一応異端は知られていない。知られてはいけない。なので、原子力事故ということになっている。これならば厄災現場全域を立ち入り禁止にもできるし、丁度良いのだろう。

 尤も、異端の事自体は知られなかったが、放射能汚染の突然変異の噂自体は流れてしまっているが。

 にしても、3年…?

「黎占。」

 唐突に名を呼ばれる。

「ん?」

「かき氷、食べたい。」

 俺がイメージだけで暑い、などと言うから、数日前に俺が教えてしまったかき氷を、食べたくなったのだろう。

「えー…。めんどくさい…。」

「えー…。作ってください。」

「…しゃーねーなぁ。作ってやるから、洗濯物干せ。」

「えー、めんどくさい…。」

 渋い顔をする、料理ができない女。

「そう、か。かき氷はいらないのだな。」

「ぐ…、わかりましたよ…。」

 交渉、成立。

 俺がこの家に寄り付く様になって、早半月経つ。

「おじぃの知り合いなんでしょう?なら、おじぃが帰ってくるまで、ここでゆっくりしていったら?」

 あの日、その一言で、俺はここに寄り付くことになった。

 別に行き着く果ては近くとも、行き場のない俺には救いだった。この周囲に人が住まなくなって久しいこの地は、俺が住めそうな廃墟、ある程度の食糧はあるものの、そういった所にいると心が荒むばかりか、夜な夜な不意に異端物に襲われる危険性があり、おちおち寝てもいられないのだ。

 それに、この娘、白鋭は只でさえ危険な奴に見えるのに、まして見た感じ年頃の男でもある俺に対してわかっているんだかいないんだか、特に何も言って来ず、大変居心地が良い。まぁ、家事料理が壊滅的に出来ず、まして本人にやる気が全くないのは問題なのだが。しかも、教えても、教えても一向に上達する気配が無い。辛うじて出来る形にまで持って来れたのは不幸中の幸いか、但し、料理以外なのだが。

「なぁ、白鋭。庭にあるあの蔵って、なんなんだ?」

 前から気になっていたことを、テレビの壮年期の男の失踪事件のニュースを観ながらかき氷を食べている白鋭に訊いてみる。

「あぁ、おじぃの蔵。あそこはなんかよくわからないおじぃの集めたものがあって、ナイフだの銃だのも入ってるから危ないから入るなって言われてる。」

「へぇ…。」

 なんだ、武器庫か。気にはなるが、別に武器しか入っていないなら急いて中を見ることもない。

「それより、さ。」

「ん?」

ざー、ざー、ざー

「外。」

「タ、ト?」

「いや、そと。」

「そ、と。」

「雨。」

「雨…だから?。」

「洗濯物。」

「あー。はいはい。安心して下さい!」

 片付けたそぶりは無かったが。

「やっぱ、面倒だから、洗濯機回したけど干してないから!……わぁ!!なにすんの!?」

 宙を舞う、卓袱台。


 廊下にしわくちゃになった洗濯物を干した後、

「…水になってる。」

 苦い顔をしている、白鋭。

「そら氷なんだから溶けるだろう。」

 縁側で煙草をふかしながら、横目でそれを眺める。

「むぅ…。」

「それに限らずな、劣化しない物なんてないだろ?それがちょっと早かっただけだ。」

「新しいの、作ってくださいよ。」

「嫌だ。」

「何故。」

「まぁ、横着してた罰か。」

「…厳しい。」

「自業自得だ、馬鹿。」

 ずずず、と残った水分を吸い出す白髪女。ここだけ見ると老人が茶を啜っているように見えなくもない。

 そう言えば、かき氷と言うものは、色が違うだけで、味は全て同一らしい。しかし、色の差異こそが味を差異にさせるらしい。その事を、不意に思い出し、述べてしまう。

「じゃぁさ、これって色が付いてないのが本来の味なのかな。」

「そうなるな。それか、もっと手っ取り早いのがな。」

「ん?」

「目を閉じて食べるんだよ。手っ取り早い。」

「…なるほど。ところで、反省したから、もう一回作って下さいよ。次はメロン味で。」

「嫌だ。反省が目に見えない。」

「見えないですか!?どう見たってしてるでしょう!!」

「何をだ。」

「黎占なんて放っといて、かき氷が来たら即食べる、という事です。」

 …馬鹿だ。この女、馬鹿だ。

「わかった。お前が反省しているのはわかった。よーく伝わった。だから特別にその反省を活かすのだぞ?」

「もちろん。」

 小さい胸を張る馬鹿女。

「あぁ、ならば今から作って来てやるよ。特別にな。」

 煙草を揉み消し、立ち上がる。因果応報、自業自得と言うものを、体でわかって頂くとしようか。



 また、別の日。

「お前、さ。街の方とか、行かないのか?」

 縁側で、煙草をふかしながら、枠の上に横に腰をかけるこの姿勢は、気に入っていた。

「うん。」

 大して白鋭は、居間で座布団を抱き、丸まっている。

「なんで。」

「…?むしろ何故行く必要があるのでしょうか?」

 どちらも自分の感性は当然だ、と。疑わずに。

「周りがどうなっているか、とか気にならないのか?」

「なりませんね。」

「凄いな。」

「何が?」

「いや、引きこもり具合が。」

「外のことなんて、知らない方がいい。だって、私の世界はこの家だけ。それ以外に行くわけでもないのに、知ってどうなるのさ。おじぃがいて、偶に夢久おじさんが来て、ただそれだけで、十分。他に、何もいらない。外の事も、おじぃと夢久おじさんが教えてくれるので十分。」

「欲が、無いというか、良くないと言うか。」

「否定される筋合いはない。」

「そうか…。」

確かに、間違えたことは言ってはいない。ただ、間違っていないから正解か、と言えば、全然違う。



 その夜。

 俺が客間で寝ていると、おかしな気配を、感じた。悪意がないのに、悪果をもたらす、あの気配。…これは、異端、か。この屋敷には、まだ遠い。しかし、近い。

「かかる火の粉、になる前に、払っておくか。」

 起き上がり、ジィさんの部屋からくすねてきていた刀を持つ。流石に素手は、まだキツい。試しに、刀を抜く。中々、逸品なものなのだろう。異端具ではないが。こんな場所で異端具を装備しないで暮らしていたのだ、大層な使い手だったのだろう。

 納刀し、ギシギシ言う暗い廊下を鳴らさないように歩く。まだ遠いし、あの引きこもり女には言わなくて良いだろう。俺一人で十分だと。

 玄関で靴を履いていると、背部から

「お出かけですか?」

 と、声がかかる。

「ん、あぁ。起こしたか?すまない。」

「何を持っているの…?」

「俺がこの家に来る前にどっかで刀を無くしてな、ジィさんのを借りてんだ。」

「そう…。」

「…お前も、来るか?」

「うぅん。ここに、いる。」

「そうか。気を付けろよ。」

「何に?」

「いや、この程度なら、多分大丈夫だ。」

 俺は、立ち上がり、家を出る。

 今日は、三日月か。煙草を咥え、火を灯す。

 外は、久々に歩く。相変わらず、人はいない。廃墟だらけだ。

 夜風が、気持ち良い。

 静かに朽ちて行く、街。

 数少ない住人も、もしかしたら数人いるのだろうが、あと十年も生き残れたら立派だろう。

 屋敷から400m程離れた辺り、白い「ピン」と呼ばれた巨大なオブジェのある建物の駐車場に構える。

 ひび割れたアスファルトがあるだけで、障害物は点在している廃車だけ。悪くない選択だろう。

 煙草を落とし、踏み躙る。それから、抜刀する。

 中々手に入らない刀を獲物にするのは久々だが、多分使いこなせるだろう。

 鞘は、地面に置く。抜刀術は、そこまで得意ではないのだ。

「さて、来るなら、来いよ。お兄さんが、相手してやるよ。」

「ア、アキィ、キュィィィッ!!!」

 車の陰から飛びかかって来る黒い影。

「よっ!」

 横に一閃し、そのまま縦にも一閃する。

 血が弾け、十字に切れた肉片が地に落ちる。

「なんだ、餓鬼か。」

 にしても、この刀、恐ろしいくらい切れる。まるで相手が豆腐か何かのようだ。

「これなら、いけるか。」

 しかし、気配が、消えない。

 どうやら餓鬼の集団だったらしい。

 こいつらが群れることなんて、あまり聞いたことが無いのだが。まぁ、この忌み土地だ。なんだってありえるだろう。

「はっ。者を物に、ってか。」

 吐き捨てるように言い、そう結論づける。

「いいよ、遊んでやるよ。」

気配の続く方に、俺は駆け出した。



「あー、疲れた。流石にしんどい。」

 切った数は、25、ぐらいか。そこらに広がる死体の破片。

 口元を、拭う。全身、ひどい血で汚れている。

「さて、眠くなってきたし、帰るか。」

 刀を鞘にしまい、ふらふらと、歩き出す。

 そう遠くまで追いかけたつもりはないのに結構、あるんだな。

 くっ、足が、恐らく疲れであまり思い通りに動かない。酔っ払っているみたいだ。

 もう、いいか。

 少し、ここで、休もう、kぁ。

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「……センッ!」

 声が、する。

「黎占!!!」

 おー、なんだ。家から出れんじゃん。

「起きてよっ!!!!」

「…ん、ぁ。」

 バチン!!

 バチン!!!!

「って、おい!!!!!」

 顔面が、全力で二発ビンタを食らう。

「良かった、です…生きてたんだ。」

「死ぬとこだったわ!!今!!!」

 この、クソヒッキーめ…。

「帰りましょうか。」

「ん、あぁ。疲れからか、足が、うまく、動かなくてな。」

「わかりました。」

 そう言って、転がってる俺の後ろ襟を掴み、引き摺り出す。

 締まる首。熱い背中。

「あ!!か、はっ!あ!」

「ん?」

 奇声に気がつき、止まる白鋭。

「死ぬだろうがっ!!!」

「へ?」

 手が離され、

「ごっ。」

 頭を打つ。

 わかった。コイツは、俺にとどめをさしに来…って、様子が、変だ。

「…子供?」

 白鋭が呟く。

「子供…って。」

 こんな時間に。まして、こんな場所に。

「…、あっ!」

 意味に気がつき、立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

 一体の、餓鬼が。そこに。朦朧としていて気がつかなかった。

「白鋭…!」

 刀を、渡す。

 辛うじて、刀を受け取るが、刃を抜かない。

「…え、あ。だって、子供だよ!?」

「違う。それは、もう人じゃ無い、物だ!異端の、異端物だ!!」

「でもっ!帰りたいって、家に帰りたいって!おかぁさんに会いたいって!!お腹が空いたから、家に帰りたいって!!」

 なんだ?何を言っているのだ?

 白鋭に飛びかかって来る、餓鬼。

 なんとか、刀を抜かずにいなしているが、斬る事は決してしようとしていない。

「はぁっ、はぁっ。…。」

 思考の乱れもあり、呼吸が、乱れている。

「カ、ヒィ、キィィィィィッ!!」

 声を上げて、飛びかかる、餓鬼。

今度は流石に捌き切れなかった様子で、右腕を裂かれる。

「つっ!!」

「殺さなきゃ、お前が、殺されるぞ!!!」

「でも、でもっ!!」

 痛みで、覚悟がやや決まったか、ようやく抜刀する。

 また、一撃が来る。すんでのところで、受け流す。

「命を選ぶんだ。」

「…命を、選ぶ。」

「アレは、人の命を喰らうモノだ。今にしたって、人の命2つと、モノの命1つ。今殺さなきゃ、1つが今後もっと喰らうぞ。だから、命を比べて、選ぶんだっ!!」

「わ、私は。」

「死にたいのかっ!!」

「…っ!!」

 白鋭が、構える。

 飛びかかってきた、餓鬼の片腕を飛ばし、両脚を捥ぐ。そして、地に堕ちたそれの前に立つ。

 殺す覚悟は、まだか。

「中途半端に、するなっ!選んだんだ、最後までやれっ!選んだやつの責任をっ、とれよっ!!」

「あ、あぁ!!あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 白鋭は、震えるその手で、餓鬼の頭を刺す。

 これで、終わり。

 彼女は、膝をつく。

 泣いているのか。

「私は、人を、殺したの…?」

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